最後の客は、高齢女性だった。
 最初の若い女性と同じ午後1時45分頃にカフェに来店し、お約束のように同じ窓際の席に座る。若い女性とスーツ姿の男性と同じ側の椅子に腰かけている。
 彼女が手に持っていたのは、アイスコーヒーだった。
 枕崎さんが以前言っていたとおり、樹脂製の透明なカップに入っていたから僕にも分かる。

「さて一哉君、何歳くらいだと思う?」
 枕崎さんが意気揚々と女性の年齢をメッセージで尋ねてくるが、60代なのか70代なのか80代なのか全く分からない。
「こないだの高齢男性と同じくらいと思ってたらダメですかね」
 投げやりに回答する。
 とりあえず高校生の自分から見たら祖母くらいの年齢であることが分かってればそれで十分なんじゃないかと、中間テストの結果があまり振るわず、気分の上がらない僕は心の中で独りごちる。
「まぁそれでもいいんだけど!もう、どうしたのよ。これまでのやる気は」
「テスト結果がよくなかったんですよ」
 無駄に枕崎さんから責められることだけは避けたかったので、正直に伝える。
「あらそうだったのね。でもそれはそれ、これはこれよ。終わったことは切り替える!」
 責められはしなかったが、叱咤激励を受けたことで余計に気が滅入ってしまった。

 アイスコーヒーをストローで飲む高齢女性の横顔を見ながら、ぼんやりとした既視感を覚える。
 あれ、この人の顔、どこかで見たことあるような・・・?
 ハッとした。

 最初の若い女性に顔立ちがそっくりじゃないか!

 いや、最初の女性だけではない。よく考えるとこの女性、前回のスーツ姿の男性とも顔立ちが似ている気がする。
 さらにこの間、枕崎さんと、最初の女性、高齢男性そして前回の男性に関して、それぞれの目鼻立ちが整っているというような話をしたことも思い出した。
 まさかこの人たち、全員家族か?

「このおばあさんも、若いときかなりの美人だったんじゃないかしらって思っちゃうくらい上品な顔立ちよねぇ」
「あれ、でも、何か見覚えのある感じがする・・・なんでだろう?」
 枕崎さんが立て続けにメッセージを寄こしていたけど、そのときの僕には彼女のメッセージに返答する精神的な余裕がなかった。

 頭の中でパズルのピースがかちりかちりと嵌まりはじめるのを止められない。
 周囲の音が遠くなり、無音の中で思考が無意識に高速で整理されていく。

 そうするとおそらく・・・。
 高齢女性の視線の先を慎重に追いながら、僕も窓の外を見やった。

 彼女がこれまでの3人とはまるで違ったのは、わき目も振らず一心に窓の外を見ていたことだ。
 視線の先にあるのは、ビルの1階にあるダンススタジオだった。
 このダンススタジオは、僕らのいるカフェと同じように、歩道に面している部分が一面ガラス張りになっていて、スタジオ内の人がどんなダンスを踊っているのか、ビルの外からも見えるようになっている。

 僕はどうしても確証が欲しくて、場所からダンススタジオの名前を割り出し、急いでダンススタジオのホームページをスマホで検索する。
 当たれ、当たれ・・・と半ば祈りながら、次々とリンクをタップしていく。
 午後2時から3時の間のダンスレッスンの内容は・・・予想どおり、キッズ向けだった。
 これで確信した。

 スマホでメモアプリを開き、素早くスクロールしながら、これまでの4人の装飾品を確認する。
 結婚指輪を身に着けていたのは、高齢女性とスーツ姿の男性だけだった。

「枕崎さん、概ね事情が分かりました。真実を確認します。僕に何とか、このカフェの店員役ができるように協力してもらえませんか?」
 メッセージではなく、小声で直接目の前の枕崎さんに話しかける。
「えっ、分かったのぉ!?」
 叫び声を小声で発する枕崎さんをさすがだと思った。
「カフェの制服って一瞬だけ貸してもらえたりしませんかね?」
「うー、分かんないけど、ちょっと聞いてくる!」
 バタバタと立ち上がり、「STAFF ONLY」と書かれた扉の向こうに枕崎さんは消えて行った。