さらに一週間後の件の客三人目は、スーツ姿の男性だった。
 日曜日なのに仕事なのか、大変だな・・・と思いながら、外見を観察する。スーツのジャケット、ワイシャツそしてスラックスのどれにもしわがなく、サイズ的に着られている感もなく、パソコンを開いてタイピングをする袖口から一瞬だけ見えたカフスボタンとネクタイを挟んでいるタイピンがお揃いであることから、相当に洗練された佇まいを醸し出している。少し白髪が混じり始めた髪と、左手薬指には結婚指輪が見えた。
「30代半ばから40代前半でしょうか。おしゃれな人ですね。結婚しているようです」
「同意。身だしなみへの意識から見て、この人絶対モテるし、そのことに自覚がある気がする。ドリンクは、ホットのカフェラテ(シロップあり)ね」
「僕と食の好みが合いそうです」
 まさしく同じドリンクを飲みながら、枕崎さんとメッセージをやりとりする。

「この人、私の好みではないけど、結構なイケメンじゃない?」
 ふと気づいたかのように、枕崎さんがメッセージを送ってきた。
「僕もそう思います。今思い返すと、最初の女性も結構整った顔立ちの方だったような気がします」
「そうね、最初の女性も確かに可愛い感じよりも綺麗な人って感じだった。今日の男性みたいに目元が印象的だったかも」
 枕崎さんと僕は、他人の外見、特に顔面についての評価を繰り広げた。我ながら失礼な行為だと思うが、誰かに聞かれる心配のない文字でのやりとりなので許される範囲だろうか。
 最初の女性と今回の男性は二人とも、一見クールに見えるが、よく見ると黒目がちで人懐っこそうな瞳が人目を惹きつける。
「僕、この男性結構好みですね。すごく好きかもしれません」
「えっ、一哉君たらいきなり恋バナぶっこんでくるなんて。今度詳しく話しましょ!」
 一般的な印象を答えたつもりが、枕崎さんが恋愛話と勘違いして勢い込んでくる。「違います、一般的な印象論の話です」と訂正したら、目の前で分かりやすくがっかりした顔をされた。

 今回の男性は、最初の女性と同じ午後1時45分頃にやってきて、結果的にそこから午後3時30分頃まで、断続的に窓の外を眺めていた。断続的というのは、その間にパソコンを打ちながら仕事をしているからだ。
 さらに気になるのが、今回の彼は、窓の外に視線を向ける際に恐る恐るそうっと覗くかのような行動をしていることだった。枕崎さんと言い合ったような、おしゃれでモテるイケメン男性がする行為とは到底思えず、違和感を覚える。

 やはり窓の外に何かありそうだ。

 僕も窓の外を眺める。
 とは言っても、見える景色は無限に広がっている。このカフェは、もともと外に面している部分が一面ガラス張りなのだ。そのため、カフェ店内から見える範囲が広い。カフェ目の前の歩道、片側一車線の車道、車道を挟んだ向かいの歩道、その歩道沿いに並んで立っているビル群。
 今回の彼の視線の先を注意深く観察する。彼の目が捉えている景色の、ここからの距離感を把握するためだった。しかし、覗きのような視線の向け方なので、一回一回の窓の外を見る時間が短く、なかなか定めきれない。
 繰り返し視線の先を確認して、ようやくカフェ目の前の歩道の可能性を消した。それでもまだ可能性は三つも残っている。

 午後3時前に、今回の男性も甘いアイスドリンク(定番のキャラメルを使用したメニューだった)を購入し、やはりこれまでの二人と同じように目の前の席にそれを置いた。
 そして、午後3時30分頃、パソコンを片付けたあと、彼は目の前に置いていた甘いドリンクカップを手に持ち、泣きそうな表情でそのドリンクをしばらく見つめてから、ダストボックスにそっとそれを押し込んでカフェから出て行った。

「イケメンの泣きそうな顔、そそるわね」
 だいぶお門違いの感想を漏らして、枕崎さんがこちらを見た。もちろん、文字のやりとりではない。
「それはギャップ萌えですか?そういう意味では今回の男性は確かに違和感だらけですね」
 僕は一部だけ同意した。

 まずは確実に意味のありそうな、窓の外の景色を限定したかった。残り三つの可能性を頭に思い浮かべる。
 それとともに、前回と前々回のときに取ったメモを見返し、三人分のメモを一瞥する。
 窓の外を見始める時間は、早くて午後1時45分から遅くて午後3時30分まで。
 三人とも一度きりというわけではなく、繰り返し景色を見ていたことからすると、その時間帯の中で繰り返し見たいものがキーポイントになる。
 そうなると・・・その時点で、僕は車道の可能性を消した。
 三人の外を眺めるタイミングの違いから、常に車が流れている車道で同じ車を見たいものとすることは無理があると感じたからだ。
 同じ視点から、車道を挟んだ向かいの歩道の可能性も一旦消しておくことにする。
 景色は一つに絞られた。
 向かいの歩道沿いにあるビル群だ。
 
 ビル群はずらりと歩道沿いに並んでいたが、あの席に座って窓の外をぱっと見たときに目に入るビルは限られていた。
 さらに、若い女性とスーツ姿の男性が座る席と、利き目が左目の高齢男性が座る席の両方から見えやすいビルは、①ビルの一階にコンビニ、その二階にクリニックが入っているビル、②ビルの一階にダンススタジオ、その二階に飲食店が入っているビル、③ビルの一階にマッサージ店、その二階にスポーツジムが入っているビルの三つだった。
 ただ、ここから先、候補を絞ることは、現在手元にある情報だけでは難しかった。
 それに、今日の僕にはもう時間が残されていない。

「枕崎さん、最後の人から得られる情報に賭けましょう」
 僕はそう言ってスマホを置き、勉強に戻ることにした。来週頭から中間テストが始まるのだ。テストの出来が悪ければ、謎解きどころではなくなってしまう。
「そうね、そうしましょう。今はテストの方が大事よね」
 枕崎さんは納得して、季節限定のほうじ茶フレーバーのアイスドリンクを飲み干した。