僕は昼頃からカフェに入り、勉強をしながら件の客が来るのを待った。ランチ代とドリンク代は暗黙の了解で枕崎さんに出してもらった。ここぞと思い、気になっていたメニューを頼んで楽しむことも忘れない。この一か月で気になるメニューは全制覇したいと思っている。
ちなみに僕が座る席はあらかじめ枕崎さんによって指定されることになっていた。セルフサービスが基本で、座席を店員によって指定されない、逆に言えば指定できないこの店でどうやって席を確保するのだろうと思っていたが、なんということはない、僕がカフェに行くと、わざわざ制服から着替えて普通の客を装った枕崎さんから呼び止められ、彼女が座っていた席に座らさせられたのだった。聞くと、どうやらこの日は昼でバイトを上がれるようにしたのだという。
そんなわけで、僕と枕崎さんで、二人掛けのテーブル席で観察することになった。
最初に観察したのは、若い女性だった。と言っても、目の前に座っている枕崎さんにスマホのメッセージで説明を受けなければその人だと分からなかった。なぜなら、このチェーン店のカフェには、同じくらいの年代の同じような格好をした女性と男性であふれていたからだ。そういう意味ではごく自然にこのカフェに馴染んでいて、一見しただけでは店員が気になるような客には思えない。
何歳くらいの人だろうか。
僕は女性の見た目に疎くいまいち分からなかったので、枕崎さんに聞いてみる。もちろん、先ほどから当人に僕らの会話を聞かれないよう、直接の会話ではなくてスマホのメッセージのみのやりとりだ。
「一哉君も学校で同級生たちを見慣れているんだから、間違いなく女子高校生ではないってことくらいは分かるんじゃない?
社会人で・・・20代後半から30代前半ってとこかしら」
「枕崎さん、女子高校生は私服と化粧次第で年齢のサバなんていくらでも読めますよね?」
と僕は反論したのだが、「まとっている雰囲気が絶対に10代じゃないのよ」という抽象的な印象論で論破されて終わった。これからはもう少し、女性の見た目について勉強しようと決意する。
女性に大して興味のない自分には難しすぎる問いだ。
彼女は、午後1時45分頃にカフェにやってきて、枕崎さんから事前に説明を受けていた窓際の二人掛けのテーブル席に座り、ホットのカフェラテを飲みながら窓の外をチラチラと眺めている。
ホットドリンクは白い紙カップに入れられているので、素人の僕には何を飲んでいるのか外からは分からなかったのだが、店員の枕崎さん曰く「あれはカフェラテのシロップ抜きね」とのことだった。紙カップに貼られたラベルを見れば分かると言われたのだけれど、他人が持っているカップを遠くから見てそのラベルの内容がすぐに分かるのは、視力のいい店員ぐらいだけじゃないだろうか。
「それに、ホットだけが紙カップだと思ったら大間違いよ。最近始まったのだけど、アイス飲料の一部も透明のプラ容器じゃなくて紙カップだったり、店内飲食だと樹脂製カップすら使うようになったからね」
枕崎さんが説明してくれる。
「環境配慮のためですか」
「そういうこと」
「つまり、枕崎さんは、紙カップでもアイスかホットなのかまで見極めることができるってことですよね」
「そういうことー!」
少し自慢げな枕崎さんの、仕事への情熱を垣間見た気がした。
今のところ、女性に特段不自然なところは見当たらない。
僕は念のため、スマホのメモアプリにその人の様子などをメモしていった。メモには、行動や見た目、持ち物や服装など全てを細かく書き込んでいく。あえてノートとペンを使わずスマホでのメモにしたのは、もし仮に観察対象者が僕の方を見たとしても、スマホをいじっているだけに見えることを計算してのことだった。
スマホだと、時間の確認も、画面の左上を見るだけで済む。わざわざ腕時計や室内の壁にかかっている時計を見上げるといった行動を取らなくていいのは、現代の文明の利器に感謝するしかない。
彼女は、30分くらい経った後、窓の外を見るのをやめ、スマホをいじり出した。
午後3時直前になって、彼女がおもむろに席を立ったとき、枕崎さんが「甘いドリンクを買いに行くわよ」とメッセージで教えてくれた。
確かに彼女は枕崎さんの予言どおり、期間限定で販売されている季節フレーバーの甘いアイスドリンクを購入して、自分の前の席に置いた。
そして再び窓の外を眺めた。
午後3時30分頃、彼女は窓の外から目の前の席に置いたドリンクに視線を移し、それを手に取ると、少しだけストローから中身の液体を吸い込んだが、眉間にしわを寄せたまま席を立ち、ダストボックスにほとんど飲んでいないドリンクカップを入れてカフェから出て行った。
「どう?一哉君」
枕崎さんから直接話しかけられたものの、僕はスマホにメモを残しながら、何とも言えない顔で首をひねるしかなかった。
「今日だけでは、何も分かりません」
それと、暇つぶしの勉強は件の客が来るまでしかできないことだけは分かったな、と僕は心の中でつぶやいた。
ちなみに僕が座る席はあらかじめ枕崎さんによって指定されることになっていた。セルフサービスが基本で、座席を店員によって指定されない、逆に言えば指定できないこの店でどうやって席を確保するのだろうと思っていたが、なんということはない、僕がカフェに行くと、わざわざ制服から着替えて普通の客を装った枕崎さんから呼び止められ、彼女が座っていた席に座らさせられたのだった。聞くと、どうやらこの日は昼でバイトを上がれるようにしたのだという。
そんなわけで、僕と枕崎さんで、二人掛けのテーブル席で観察することになった。
最初に観察したのは、若い女性だった。と言っても、目の前に座っている枕崎さんにスマホのメッセージで説明を受けなければその人だと分からなかった。なぜなら、このチェーン店のカフェには、同じくらいの年代の同じような格好をした女性と男性であふれていたからだ。そういう意味ではごく自然にこのカフェに馴染んでいて、一見しただけでは店員が気になるような客には思えない。
何歳くらいの人だろうか。
僕は女性の見た目に疎くいまいち分からなかったので、枕崎さんに聞いてみる。もちろん、先ほどから当人に僕らの会話を聞かれないよう、直接の会話ではなくてスマホのメッセージのみのやりとりだ。
「一哉君も学校で同級生たちを見慣れているんだから、間違いなく女子高校生ではないってことくらいは分かるんじゃない?
社会人で・・・20代後半から30代前半ってとこかしら」
「枕崎さん、女子高校生は私服と化粧次第で年齢のサバなんていくらでも読めますよね?」
と僕は反論したのだが、「まとっている雰囲気が絶対に10代じゃないのよ」という抽象的な印象論で論破されて終わった。これからはもう少し、女性の見た目について勉強しようと決意する。
女性に大して興味のない自分には難しすぎる問いだ。
彼女は、午後1時45分頃にカフェにやってきて、枕崎さんから事前に説明を受けていた窓際の二人掛けのテーブル席に座り、ホットのカフェラテを飲みながら窓の外をチラチラと眺めている。
ホットドリンクは白い紙カップに入れられているので、素人の僕には何を飲んでいるのか外からは分からなかったのだが、店員の枕崎さん曰く「あれはカフェラテのシロップ抜きね」とのことだった。紙カップに貼られたラベルを見れば分かると言われたのだけれど、他人が持っているカップを遠くから見てそのラベルの内容がすぐに分かるのは、視力のいい店員ぐらいだけじゃないだろうか。
「それに、ホットだけが紙カップだと思ったら大間違いよ。最近始まったのだけど、アイス飲料の一部も透明のプラ容器じゃなくて紙カップだったり、店内飲食だと樹脂製カップすら使うようになったからね」
枕崎さんが説明してくれる。
「環境配慮のためですか」
「そういうこと」
「つまり、枕崎さんは、紙カップでもアイスかホットなのかまで見極めることができるってことですよね」
「そういうことー!」
少し自慢げな枕崎さんの、仕事への情熱を垣間見た気がした。
今のところ、女性に特段不自然なところは見当たらない。
僕は念のため、スマホのメモアプリにその人の様子などをメモしていった。メモには、行動や見た目、持ち物や服装など全てを細かく書き込んでいく。あえてノートとペンを使わずスマホでのメモにしたのは、もし仮に観察対象者が僕の方を見たとしても、スマホをいじっているだけに見えることを計算してのことだった。
スマホだと、時間の確認も、画面の左上を見るだけで済む。わざわざ腕時計や室内の壁にかかっている時計を見上げるといった行動を取らなくていいのは、現代の文明の利器に感謝するしかない。
彼女は、30分くらい経った後、窓の外を見るのをやめ、スマホをいじり出した。
午後3時直前になって、彼女がおもむろに席を立ったとき、枕崎さんが「甘いドリンクを買いに行くわよ」とメッセージで教えてくれた。
確かに彼女は枕崎さんの予言どおり、期間限定で販売されている季節フレーバーの甘いアイスドリンクを購入して、自分の前の席に置いた。
そして再び窓の外を眺めた。
午後3時30分頃、彼女は窓の外から目の前の席に置いたドリンクに視線を移し、それを手に取ると、少しだけストローから中身の液体を吸い込んだが、眉間にしわを寄せたまま席を立ち、ダストボックスにほとんど飲んでいないドリンクカップを入れてカフェから出て行った。
「どう?一哉君」
枕崎さんから直接話しかけられたものの、僕はスマホにメモを残しながら、何とも言えない顔で首をひねるしかなかった。
「今日だけでは、何も分かりません」
それと、暇つぶしの勉強は件の客が来るまでしかできないことだけは分かったな、と僕は心の中でつぶやいた。