田曽井が普段走っているコースは、彼が休みのときに代走することもあって、走り慣れたコースだ。営業所を出発した僕は、とりあえず仕事に集中しようと気分を切り替えて、トラックを走らせていた。
 里菜からの返事がないことはずっと気にかかっていた。仕事中だからといって、無視できる事柄ではない。心の隅にずっと引っかかっていて、食べカスが歯のあいだにずっと挟まっているような、そんな感覚に似ていた。
 せめて、少しでも早く仕事を終わらせて、里菜と直接連絡を取ろう。話し合いは延期だと思ったけれど、僕たち二人にとっては大事なことだ。大事なことを、先延ばしにするわけにはいかないと思い直した。
いつも午前中は集配におわれている。少しでも早く荷物を捌きたいのと、午前指定の荷物が多いからだ。昼休みに、里菜に電話をかけてみよう。謝って、今日の夜に二人で会おう。

 僕は荷物の整理をしようと、コースの一角にある袋小路にトラックを止めた。ここは田曽井が見つけて、こっそり僕に教えてくれた。これから宅地開発でもされるのだろうなというような、住宅街の奥まったところにぽっかりと空いた空き地が広がる場所だ。故に人通りも少なく、早くどけと注意されることも少ない。
 トラックのエンジンを止め、前輪に輪留めをおいて荷台に乗り込む。全速力で配達を進めた成果もあり、貨物量は残り四割ほどだった。心の中で慌てていたこともあって、荷台の中はぐちゃぐちゃだ。次の配達場所までは距離があるから、ここで整理をしてから行こう。

「え……?」
 観音扉の隙間から差し込んでいた光が消えて、視界が失われた瞬間、僕の思考は停止した。自分でも分かるほどの腑抜けた表情のまま、おそるおそる後ろを振り返る。閉ざされた扉を目の前にして、僕の体はそのまま硬直した。自分の想定外の出来事に遭遇したとき、人は頭も体も動かなくなるのだとわかった。
 ガチャンと、金属同士が触れ合う聞き慣れた音が、荷台の外から聞こえてきて、僕はようやく自分がたたされた状況の端くれを理解した。
 誰かが僕を、この荷台に閉じ込めたのだ。
「っ、おいっ!!!」
 僕は手に抱えていた荷物を足元に投げ落とし、観音扉に思いっきり突進した。不測の事態に対して、パニックに陥った僕には、荷扱いを丁寧にする余裕など、微塵もなかった。
 閉ざされた扉は頑として開くことはなく、無情にも僕の体をはね返した。その弾みで、盛大に尻餅をつく。
 もう一度立ち上がり、今度は助走をつけて扉にぶつかる。荷台がぐわんぐわんと揺れたものの、やはり扉は外から施錠されてしまったのだと考えるしかない。
(誰かに助けを……)
 そう思ったところで絶望する。スマホは助手席に置きっぱなしだ。つまりいまの僕は、誰かに連絡を取る手段がない。
 トラックの荷台に閉じ込められたとき、どうしたらいいんだっけ……。全身から汗が噴き出してくる。記憶を辿ってみても、自分が抱いた疑問の答えは出てこなかった。
 外の音に耳をすませる。誰かがトラックのそばを通って異変に気づいてくれないだろうか。
袋小路にバックで駐車してしまったのだ。ただでさえ人通りの少ない場所だから、わざわざ回り込んでこない限り、荷台の異変に気づくのは困難だと思う。
 何度目かに体が跳ね飛ばされたとき、はずみで僕は床に崩れ落ちた。荷台にぶつけた体の部位が痛む。無駄に体力を使ってしまった。汗がぽたぽたと滴り落ちて、床の木材に染みを作った。
 連絡手段はない。誰かが異変に気づいてくれるのを待つしかない。下手をすれば、何時間もこのままかもしれない。
外は今日もよく晴れていた。地上を歩くいきものたちの気力をすべて奪い尽くさんばかりの、刺すような日差しが降り注いでいた。荷台の鉄板が熱され、閉めきった空間は息の詰まるような暑さになっている。
 扉を閉めた誰かは、僕を殺そうとしたのだろうか。いったい誰がそんなことを……。
 僕は荷台の床に仰向けになって、天井を見つめながら思いを張り巡らせていた。
 この炎天下のなかで扉を閉めたら、僕の命に危険が及ぶことなど少し考えれば分かることだろう。だとすると、やはり扉を閉めた誰かは、僕の命を奪うことも視野にいれて、行動を起こしたのだ。
 では誰が……。
 心当たりはいくつかある。