僕はといえば、里菜との問題の進展もないままに日々が惰性のように過ぎ去っていっている。仕事をしていようがだらだらしていようが、起きていようが寝ていようが、時間は止まることなく突き進んでいくのみだ。
 里菜は無言を貫いていた。どういうわけか社内でも顔を合わせることはなかったし、スマホでメッセージを送ってくるようなこともなかった。
 僕が里菜を拒絶したような態度をとってから、すでに二週間が経過しようとしている。
 今年の夏の暑さは異常で、体温より高い日が何日も連続で続いている。カレンダーはまもなく九月にさしかかるというのに、殺人級の強い日差しは、僕たち配達員の体力を根こそぎ奪わんばかりの勢いで降り注いでいた。
 日常に心配事や不安が蓄積してくると、ほかの行動にも影響が出てくる。田曽井や相良に最近どうしたんだと尋ねられる始末だった。相良はどこで噂を耳にしたのかは知らないけれど、僕と里菜の関係が悪化していることを以前から知っていたから、僕に生じた異変がそれに起因していることはなんとなくでも予想がついているだろう。
「アキトさんにはいつもお世話になってるっすから、たまには」と笑いながら社員食堂の昼飯をおごってくれたのは、彼なりの気遣いであると捉えておくことにする。
 田曽井は「ムシャクシャすることがあるなら、サンドバッグでも殴ればいいんだ」と、僕をジムに誘ったけれど、すでに仕事でいっぱいいっぱいの僕は、とてもプライベートで激しい運動をおこなう気力なんてなかった。

 なにかを待っていたわけではなかったけれど、痺れをきらしたように意を決したのは、八月最終の週だった。

『二人でちゃんと顔を合わせて話をしよう。僕は里菜のことを突き放そうとしているわけじゃない。それだけはわかってほしい』

 メッセージアプリに僕の気持ちを打ち込んで送信する。画面をタップする指はしょっちゅう動きが止まり、僕の思いが具現化された文字が表示されてはカーソルに消されていく。そんなことを何度か繰り返したあと、ようやく簡潔に生み出された言葉だった。
 関係がうまくいっていたときは、里菜からのレスポンスはびっくりするくらい早かったけれど、僕が画面をじっと見つめていても、メッセージが読まれた様子はなかった。
 静かな部屋に一人でいると、頭の中は騒がしい。自分の周りにまつわる雑多なことが、映像や言葉となって脳裏をかすめては消えていく。
 エアコンの作動音、窓の外から聞こえてくる町の喧騒、季節が確実に変わっていくことをしらせるように鳴いている虫の声。
 記銘されることのない感情が、心の右から左へ流れていく。
 何がいけなかったんだろう。どこから僕たちはわざわざ平らな道のりをかわして歩き続けていたのだろう。僕たちが選ぶ未来がどんなかたちになったとしても、どちらが悪かったわけでもないと思いたい。あるいはどちらも悪いと評されるのならば、互いのその部分を切り取って、ゴミ箱に放り投げて失敗して、軽く笑い合えるような二人でいたい。
 微睡みかけていた僕のもとに、やがて里菜からの返信が届いた。

『アキト、ありがとう。来週の金曜日は二人とも休みだから、家に行くね ごめんね』

 画面を見つめて、表情がほころぶ。これで終われる……と思ったのは、里菜との関係を指しているのか、むしゃくしゃして何も手につかない日常に対してなのか、そのときの僕には、もはや分からなかった。