僕と里菜の関係性が悪化したことは、僕の知らないうちに営業所内に噂が蔓延していた。理由は明確だ。里菜が同僚に愚痴ったのだろう。
 ドライバーは男が多いから、おいそれと僕のもとに駆け寄ってきて真相を聞き出そうとしてくる人たちは、話し好きで人の詮索が性格の人を除いて皆無といっていいほどだったが、カスタマー課に勤務する女たちは休憩のときなどにペチャクチャと語り合っていたと予想できる。
 人の交友関係なんて、よくみんな興味が持てるなと思う。誰それがどの子と付き合い始めたとか、あいつがこいつと喧嘩したとかは、学生時代からわんさかと話題になるけれど、僕は「ふーん」と聞き流していた。たとえば清志が誰かと付き合い始めたという話になったら、「良かったなあ」と素直に祝福してあげる気持ちは湧いてくるけれど、それ以上の詮索をする気はおきない。

「城谷さん、里菜ちゃん悲しがってましたよ。はやく仲直りしてあげてください」と、おそらく里菜の同僚であろうカスタマー課の女性社員から言われたときは、むっとした。
 今まで話したこともないその人は、胸ポケットに「山田」と書いた名札をつけていた。だから、他の人の名札をつけていない限り、この人は山田という名前なのだろうとわかった。
「おふたりは本当に仲よさそうだったのに、私びっくりしちゃいました」
「ああ、うん」
 どんなカップルでも、一度や二度、喧嘩をすることだってあるだろうに、この人は僕たちのことを聖人君子だとでも思っているのか。
「僕たちのことは……僕たちで考えるよ」
 それしか言えなかった。山田さんは表情を引き攣らせながら、「そうですよね、なんかすみませんでした」と言い捨てて、僕の元からそそくさと引き上げていったけれど、彼女は果たしてなにを期待していたのだろうか。
 事務所に戻っていく山田さんの小さな背中を呆然と見つめながら、僕はため息をつく。
社内に僕たちのことが広まっていくのが、里菜のささやかな仕返しなのだとしたら、彼女はたいしたものだ。そのことで気をもんで精神を疲弊させ、弱っていく僕をみて、里菜はまた悦に入ることができるのだから。