「アキト……」
だけど、一人で抱え込むことに、とっくに限界を迎えていたのかもしれない。僕は清志に全てを話してしまった。彼は僕が話し終えたとき、消え入るような声でただ一言、僕の名前をぽつりと呟いた。
「オマエ……」
清志は自分の太腿の上に置いた拳を震わせている。込み上げてくる感情を必死で抑えているようだ。「なんでっ……」
ただ、拳を震わせているだけでは、感情のダムも決壊寸前のようだ。一文字一文字を噛み締めるような口調で、彼は短くそう言った。
僕は自分でも驚くほどに心が穏やかだった。ああ、自分だけが秘めていた苦渋を誰にぶつけるというのは、こんなにも心が掬われる感覚がするのか。
「アキトぉ、オマエ、もっと自分を大事にしろよ、なあ!!!!」
「うわっ!」
突然、清志が掴みかかってきた。バランスを崩し、ソファーから落ちそうになる。着ていたシャツの裾が捲れ上がり、僕の素肌があらわになる。
「うわあっ、アキト、おいっ!」
取り乱したように叫んだ清志は、シャツがめくれた僕の脇腹に目が釘付けとなっていた。僕は慌ててシャツを引っ張り、そこを隠そうとしたが、清志の手がそれよりも早く伸びてきて、首の辺りまで捲り上げられてしまった。
「アキト……」
清志は絶句した。僕は咄嗟に俯く。今まで隠していたことを打ち明けたとはいえ、僕の心にはまだ、羞恥心があったのだ。裸になった僕の体には、里菜による暴行の末についた痣が、いたるところに出来ていたのだ。
「職場で、着替えのときはみんなの前で服を脱ぐだろ。そのとき、僕は荷物やトラックの観音扉の角にぶつけたって誤魔化してたんだ。それで、誰も疑う人はいなかった」
「なあアキト、オレはアキトの親友だ。だからこの際、はっきり言わせてもらうぞ。今すぐ女と別れろ。自分の感情で相手に暴力を振るうヤツなんて、男でも女でもロクなヤツはいねえ。だから別れろ。オマエたちが今まで積み上げてきた関係なんて、これからの人生の長さに比べたら、取るに足らねえから。傷は浅いうちに治せ」
「でも僕は、僕がいないと、里菜は」
「うるせえ!!!!」
清志がテーブルの表面に拳を振り下ろした。僕がビクンと肩を震わせたのを見て、「すまん」と溢す。
「いいかアキト。今オマエがその女に抱いている感情は、愛情なんかじゃねえ。優越感だ。オマエは自分の身を犠牲にして、そのぶん、女より優位に立って自分の立場に酔いしれているだけだ。無茶苦茶な女を全力で守ってあげる僕、カッコイイってな」
なんてことを言うんだと、言い返すことはできなかったのはどうしてだろう。僕は俯いたまま、自分が動揺していることに気が付いた。
「ああ、確かにオマエはカッコいいよ。そんな馬鹿みてえなクソメンヘラ女のヘラってるところを全部受け止めて、サンドバッグになって、女が社会的に死なねえように守ってやってるんだからな。でもよぉ……」
清志の大きな目が、僕の視線を捉える。僕はまたドキリと心臓が跳ね上がる。
「オレはオマエが心配なんだ。こんなになるまで耐えて、何食わぬ顔で生活しなきゃいけないオマエが。……最初は平気だって思ってるかもしれねえ。アキトは体格もいいし、丈夫な体をしているから、暴力ぐらい大したことねえって思ってんだろ。でも、いくら体は大丈夫でも、心はいつまでも大丈夫ってわけにはいかねえからさ」
現にアキトは、今こうしてオレに打ち明けてきただろ、と彼は言った。
「相良くんのことといい、アキトは他人のことを思いやりすぎて、自分のことを疎かにする傾向が強いからな」
「そうかな……」
「ほらあ! 自分では分かってねえんだもん。……いいかアキト、人間の精神状態なんてさ、自分より周りのヤツのほうが、「あ、コイツやばいかも」って気付きやすいもんだと、オレは思うぜ」
大丈夫だと思っていた。僕が我慢すれば、それでいいと思っていた。無尽蔵の自信がいつも湧いてきて、絶対に挫けないつもりだった。でも僕は無意識のうちに誰かに助けを求めていた。だから久城さんにも、清志にも、里菜とのことを話してしまったのか。どんなものにも限りがあるのだ。無尽蔵の自信なんて、なにを根拠にそんなことを思っているのだろう。
「言いにくかったことを打ち明けてくれて、ありがとな、アキト。オレ、オマエがいなくなったら、生きていけないかもしれねえ。それくらい、オマエが」
清志はそう言って、急に口をつぐんだ。僕の顔を見ていた視線がフイッと外される。彼は何を言いかけたんだろう。それくらい、オマエが……。その後に続くはずだった言葉を推察する。
「なんだよ、キヨ」
さっきの勢いはどこへやら、急に消沈した清志は、どこか様子がおかしかった。
「あ、いや……なんでもねえ」
清志の態度が、明らかに不自然になった。僕と目を合わせようとしない。「それより、服を着ろよ」と、自分が脱がしてきたくせに、適当にあしらうように話題を変えてきた。
だけど、一人で抱え込むことに、とっくに限界を迎えていたのかもしれない。僕は清志に全てを話してしまった。彼は僕が話し終えたとき、消え入るような声でただ一言、僕の名前をぽつりと呟いた。
「オマエ……」
清志は自分の太腿の上に置いた拳を震わせている。込み上げてくる感情を必死で抑えているようだ。「なんでっ……」
ただ、拳を震わせているだけでは、感情のダムも決壊寸前のようだ。一文字一文字を噛み締めるような口調で、彼は短くそう言った。
僕は自分でも驚くほどに心が穏やかだった。ああ、自分だけが秘めていた苦渋を誰にぶつけるというのは、こんなにも心が掬われる感覚がするのか。
「アキトぉ、オマエ、もっと自分を大事にしろよ、なあ!!!!」
「うわっ!」
突然、清志が掴みかかってきた。バランスを崩し、ソファーから落ちそうになる。着ていたシャツの裾が捲れ上がり、僕の素肌があらわになる。
「うわあっ、アキト、おいっ!」
取り乱したように叫んだ清志は、シャツがめくれた僕の脇腹に目が釘付けとなっていた。僕は慌ててシャツを引っ張り、そこを隠そうとしたが、清志の手がそれよりも早く伸びてきて、首の辺りまで捲り上げられてしまった。
「アキト……」
清志は絶句した。僕は咄嗟に俯く。今まで隠していたことを打ち明けたとはいえ、僕の心にはまだ、羞恥心があったのだ。裸になった僕の体には、里菜による暴行の末についた痣が、いたるところに出来ていたのだ。
「職場で、着替えのときはみんなの前で服を脱ぐだろ。そのとき、僕は荷物やトラックの観音扉の角にぶつけたって誤魔化してたんだ。それで、誰も疑う人はいなかった」
「なあアキト、オレはアキトの親友だ。だからこの際、はっきり言わせてもらうぞ。今すぐ女と別れろ。自分の感情で相手に暴力を振るうヤツなんて、男でも女でもロクなヤツはいねえ。だから別れろ。オマエたちが今まで積み上げてきた関係なんて、これからの人生の長さに比べたら、取るに足らねえから。傷は浅いうちに治せ」
「でも僕は、僕がいないと、里菜は」
「うるせえ!!!!」
清志がテーブルの表面に拳を振り下ろした。僕がビクンと肩を震わせたのを見て、「すまん」と溢す。
「いいかアキト。今オマエがその女に抱いている感情は、愛情なんかじゃねえ。優越感だ。オマエは自分の身を犠牲にして、そのぶん、女より優位に立って自分の立場に酔いしれているだけだ。無茶苦茶な女を全力で守ってあげる僕、カッコイイってな」
なんてことを言うんだと、言い返すことはできなかったのはどうしてだろう。僕は俯いたまま、自分が動揺していることに気が付いた。
「ああ、確かにオマエはカッコいいよ。そんな馬鹿みてえなクソメンヘラ女のヘラってるところを全部受け止めて、サンドバッグになって、女が社会的に死なねえように守ってやってるんだからな。でもよぉ……」
清志の大きな目が、僕の視線を捉える。僕はまたドキリと心臓が跳ね上がる。
「オレはオマエが心配なんだ。こんなになるまで耐えて、何食わぬ顔で生活しなきゃいけないオマエが。……最初は平気だって思ってるかもしれねえ。アキトは体格もいいし、丈夫な体をしているから、暴力ぐらい大したことねえって思ってんだろ。でも、いくら体は大丈夫でも、心はいつまでも大丈夫ってわけにはいかねえからさ」
現にアキトは、今こうしてオレに打ち明けてきただろ、と彼は言った。
「相良くんのことといい、アキトは他人のことを思いやりすぎて、自分のことを疎かにする傾向が強いからな」
「そうかな……」
「ほらあ! 自分では分かってねえんだもん。……いいかアキト、人間の精神状態なんてさ、自分より周りのヤツのほうが、「あ、コイツやばいかも」って気付きやすいもんだと、オレは思うぜ」
大丈夫だと思っていた。僕が我慢すれば、それでいいと思っていた。無尽蔵の自信がいつも湧いてきて、絶対に挫けないつもりだった。でも僕は無意識のうちに誰かに助けを求めていた。だから久城さんにも、清志にも、里菜とのことを話してしまったのか。どんなものにも限りがあるのだ。無尽蔵の自信なんて、なにを根拠にそんなことを思っているのだろう。
「言いにくかったことを打ち明けてくれて、ありがとな、アキト。オレ、オマエがいなくなったら、生きていけないかもしれねえ。それくらい、オマエが」
清志はそう言って、急に口をつぐんだ。僕の顔を見ていた視線がフイッと外される。彼は何を言いかけたんだろう。それくらい、オマエが……。その後に続くはずだった言葉を推察する。
「なんだよ、キヨ」
さっきの勢いはどこへやら、急に消沈した清志は、どこか様子がおかしかった。
「あ、いや……なんでもねえ」
清志の態度が、明らかに不自然になった。僕と目を合わせようとしない。「それより、服を着ろよ」と、自分が脱がしてきたくせに、適当にあしらうように話題を変えてきた。