「アキトさん」
 事務所を後にして、廊下を歩いていると、数歩後ろを歩いていた相良が駆け寄ってきて、横に並んだ。「あの、おれ……めちゃめちゃ失礼な態度とっちゃって、反省してます。すみませんでした」
「もういいよ。相良も大変だったってわかってるから」
 一度、歪みが生じた人間関係というのは、その形を正すことはできるのだろうか。僕には分からない。ただ、相良は僕にもう一度心を開いてくれようとしている。それだけは確かなことだ。
 ずびずびと鼻を鳴らす相良の表情を見ないようにしながら現場に戻る。時刻は午前九時を過ぎたところだ。普段ならトラックへの積み込みも終わって、とっくに営業所を出発している時間だ。見ると、僕が乗るトラックの荷台には、誰かが荷物を積み込んでくれているようだった。週明けは普段から配達する荷物はそれほど多くはないが、今日はいつにも増して積載量が少ない。近くに残っていた同じ班のドライバーによれば、午前中指定の荷物を中心に、田曽井や小泉が張り切って持っていってくれたらしい。ありがたいことだ。
 相良は暫くのあいだ、僕のトラックの横乗りをして、コースを覚えるようにとの指示を受けていた。僕は正直なところ、そんな悠長に人員を配置している余裕なんてあるのだろうかと訝しんだが、後々のことを考えて管理職たちが配慮した結果なのだろうか。ただでさえ人手不足が深刻な業界だ。相良は若くて有望な人材だ。そんな彼を取り逃がすわけにはいかないと、上層部は判断したのかもしれない。
 ぎこちなかった相良の態度も、昼頃になるとかつての調子に戻りつつあった。それは運転中に僕の腹の虫がキャビン内に大きく響き渡ったせいで、相良が噴き出したことがきっかけだった。そんな些細なことで彼が元気になるなら、僕はいつだって腹の虫を鳴かせてやる。
「おれ、アキトさんにはもう二度と、よくしてもらえないって思っていました。だって、せっかくおれの家にまで様子を見に来てくれたのに、あんな態度をとって……。それに田曽井さんにも反発して……。あの人、怒ってますよね」
「あいつがどう思っているかは、相良が直接聞けばいいんじゃないか」
 田曽井はいつまでも怨恨を引き摺るような性格ではないから、もう相良のことを怒っていないことは分かっていた。だけど、今回のような場合は、僕が仲介するより相良が直接田曽井に話しかけたほうがいい。たしかに田曽井は口数が少なく、怖い印象を周りに与えているが、決して悪いやつではない。相良を頭ごなしに突っぱねることはないだろう。
「わかりました。あとで田曽井さんに会ったら直接謝ります」
 その言葉どおり、相良は田曽井の姿を見かけると、一目散に駆け寄っていって、頭を下げていた。田曽井は相変わらずの仏頂面で相良の謝罪を聞いていたが、なにか言葉をかけて、肩をポンポンと叩いているのが見えた。その後、相良が表情を柔らかくしてこちらに戻ってきたので、僕は「ほらな、大丈夫だっただろ」と言葉をかけてやった。

 仕事が終わる頃には、相良は少しずつ、元気を取り戻していた。やむを得なかったとはいえ、無断欠勤を続けていた後ろめたさも手伝って、自分がどう振る舞えばいいのか迷っていたのかもしれない。僕もそうだが、自分がとった行動を後になって振り返り、その良し悪しを最も感じるのは、自分自身なのだ。
 事情を知っている者は、誰も相良を責めることはない。そしておそらく、営業所のほとんどの人に今回の件は知れ渡っている。気を遣いすぎて、相良を腫れもの扱いする人が出てくるかもしれないが、それはきっと、相良が元のように元気よく仕事ができるようにと気を配ってくれているのだと信じたい。