「勝手にしろ。もう知らねえ」
 僕が止める間もなく、田曽井は大きな舌打ちと共に、言葉を吐き捨てた。肩をいからせ、更衣室を出ていく。まだ制服を着たままなのに、どこに行くのだろう。
 二人きりになってしまった更衣室に、気まずい空気が漂う。相良はそっぽを向いて、僕と顔を合わせようともしない。
「あ、あのさ」
 僕は途端にしどろもどろになって、相良に言葉をかけた。さっきまで普通に喋っていたのに、と、自分でも思う。自分に好意を向けてくれていた相手に、突然態度を翻されると、僕は途端に萎縮してしまう。相良は僕を一瞥したが、またスッと目をそらされてしまった。
「やっぱり、今の状況が続くのは、僕はよくないと思うんだ。だから神田川主任より上の人たちに相談しようよ」
 それでも僕は、相良のために、何かしてあげたいと思って、言葉を続けた。してあげたいと気持ちばかりが勝って、実際には月並みな言葉しかかけてあげることしかできない。例えば、脇目もふらずに神田川をぶん殴るとか、相良の処遇が改善するまで業務をボイコットするとか、脳内では飛躍した空想を思い浮かべるものの、それを行動に移せはしないのだ。
「アキトさんも、別におれなんかに構わなくていいっすよ」
 相良は、ふてぶてしくそう言った。言葉は随分と投げやりだが、彼の方から強く僕を拒絶しようとはしない。僕はそれを、本心では、誰かに手を差し伸べてほしいと思っているのではないかと解釈した。
「いいや、僕は後輩が困っているのに、それを無視するなんてできないよ。相良がなんと言おうと、僕はおまえを助けたい」
「……別にいいって、言ってんだろ!! うぜえんだよ!!!」
 相良の腕が伸びてきて、僕は突き飛ばされた。寸でのところで踏ん張ったから、派手に吹っ飛ぶこともなく、後ろに二、三歩よろめいて、背中を背後のロッカーにぶつけただけで済んだ。体の痛みより先に、心が動揺したのを感じる。心臓の辺りに、ずんと衝撃が走り、体が本来よりも少し重くなったような感覚だった。もしもその衝撃が、体にダメージを与えてくるものだったとしたら、僕は地に倒れ伏していたかもしれない。
 相良の目が充血して、にわかに潤んでいるようにみえた。彼は僕と目が合うと、すぐに顔を伏せてしまったから、その表情から彼の気持ちをあらためて推し量ることはできなかった。
 僕が思わず雰囲気に圧倒されていると、相良はそのまま自分の荷物をまとめて、手早く私服のシャツを被り、「お疲れ様でした」と素っ気なく言い放ったあと、更衣室を出ていった。