里菜の目つきを見た途端、僕は身の危険を察知した。以前、里菜がこうなってから、半年ぶりくらいか。後ろ手に玄関の扉を閉めながら、僕はごくりと唾を飲み込んだ。
「やっと、帰ってきた。待ってたのよ」
「う、うん」
 大手通販の特売だか何だかで、いつもより一段と荷物が多い日だった。時計は夜の十一時前を指している。体は疲弊し、睡魔が押し寄せてきていた。明日が休みなのが幸いだ。いや、今日に限ってはそうとも言えないかもしれない。
「おかえり、アキト」
「……た、ただいま」
 やけに勿体ぶって挨拶をしてくる里菜に、僕は身構える。
「どうしたの? なんか、怖がってみたい」
「い、いや、別に」
 これから自分の身にふりかかるであろう出来事を考えると。胃から酸っぱいものが込み上げてきそうだ。僕は再び、唾を飲み込んだ。
 玄関の框を上がり、里菜の横を通り過ぎた僕の後ろを、彼女は無言でついてくる。リビングを横切り、寝室に入った僕は、通勤用のリュックを床に下ろして、半身をかがめた。
 視界がぐわんと揺れ、体がバランスを崩し、前のめりに倒れ込んでしまう。背中の真ん中あたりが、じんじんと痛い。背後から、里菜に蹴り飛ばされたのだと、僕は思った。
「こっちを向きなさいよぉ」
 里菜は僕の両肩を掴み、無理矢理に体をひねる。思いの外、強い力だった。痛みには逆らえず、僕は仰向けの体勢になった。
 里菜と目が合う。彼女の白目は血走っていて、心なしか目が吊り上がっているようにみえた。僕は床に寝そべったまま、里菜を見上げていた。里菜が無表情のまま、その場からジャンプした。
「や、やめっ……がっはあああ!」
 咄嗟の静止も言葉にならなかった。僕の腹の上に、里菜が着地したのだ。直前に、出し得る限りの力を腹筋に込めたが、それでも衝撃は緩和されなかった。女とはいえ、一人の大人の体重が、加速度をつけて僕の体に飛び込んできたのだ。僕は腹部を襲う激痛と呼吸苦に身をよじり、のたうち回った。冷房が効いた部屋なのに、僕の全身には、一気に脂汗が噴き出した。
「ぐはっ……ぜえ……ぜえ……」
「たった一回でグロッキーになっちゃうなんて、鍛え方が足りないんじゃない」
 里菜は口角をあげて、僕の髪を掴んだ。
「アキト、シャツを脱ぎなさい。大丈夫。顔は殴らないでいてあげる」
 何が大丈夫なのか。顔以外は、無遠慮に殴られるということじゃないか。僕はそう思ったが、逆らえるはずもなく、黙って里菜の言葉に従った。