「アキトぉ、オレは嬉しいぞ〜!こうしてオレに会いにきてくれるなんて!!」
 人目を憚らずに、感嘆の叫び声をあげ僕に抱きついてくる男がいる。清志だ。あまりの恥ずかしさに、僕は持っていたバッグを落としてしまった。清志と待ち合わせをした駅前は、通勤の時間と重なっていることもあり、そこそこ人通りもあった。通行人の幾らかは、清志の大声に驚き、怪訝そうな表情で僕たちを見る。朝からうるせえよと思われているに違いない。
「朝から元気、だね」
 胴体に清志がまとわりついたままではあったが、とりあえずバッグを拾う。今日の清志は、黒いタンクトップの上に前あきのカラーシャツを羽織っている。水色を基調としたそれはよく見ると白いマーガレットのような大きな花柄が生地全体に散らばっていた。
「テンション上げてかないと、やってられねーよ。折角の親友との貴重な休日なんだからさあ」
 聞けば、以前清志が悩んでいた、「好きでもない女」からの誘いは、受けなかったという。それ以来、何だか気まずくなって、職場のサッカーチームの集まりには顔を出していないらしい。今日も本当はそれがある日らしいのだが、大事な用があるからといって休んだとヘラヘラ言っていた。
「別にオレがいなくとも、チームは回るさ」という清志の表情は、ちょっとだけ哀愁が漂っているようにも見えた。
「で、オマエの可愛い後輩は、どこにいるのかなー?」
 そんな清志が突然、相良に会ってみたいと言い出したのが数日前。それから今日までの間、僕が相良に根回しをして、ちょうど三人の休日が被った今日、遊びに行こうぜと、トントン拍子にことが進んだのだ。
「相良なら、僕の車で待ってるよ」
「待たせてたら悪りぃから、早く行こうぜ」
 清志は僕の先を行く。途中でコンビニに寄って、アイスコーヒーを二人分と、オレンジジュースを一本購入した後、駅のロータリーに停めてある僕の車に戻った。
「きみが噂のサガラくんか!オレ、桜庭清志。アキトの一番の親友、よろしくな!」
 清志は助手席に乗るなり、後部座席の方を振り返り、にこやかにそう言った。初対面なのに物怖じしない彼の言動には、いつも感心してしまう。
「あ、相良洸平っす。いつもお世話になってます」
「オレ、別にお世話してないけどなあ」
 清志はそう言ってゲラゲラ笑う。後部座席に縮こまって座る相良は、いつにも増して忠犬のようだ。僕が渡したオレンジジュースのボトルを、大事そうに両手で抱えている。車が走り出す。BGMの一曲目は、いつもたくさんの観衆から「あなたは特別だ」と褒め称えられているが、心の中では人のために踊り続けるしかない自分を哀れだと思うようになってしまったという一人のダンサーの歌だ。猿のように踊り続けるしかないのかと、自分を卑下している。コミカルな曲調と、一聴しただけで頭に残る個性的な声が織りなす楽曲の中に、哀愁が漂っている。毎日誰かのために荷物を運び続ける僕。人生の大半を、荷物運びで終わらせていいのだろうかと、ふと考えてしまう。それでも生きるためには金を稼がないといけない。難しい問題だ。
 車は国道を走り、街の中心部から離れていく。車内は空調が効いているから分からないが、アスファルトには陽炎が見えることから、外は相当な暑さだ。清志と相良の会話も、ヒートアップしていた。
「ほんとまじうざいんすよ。自分がちょっと偉いからって、おれを目の敵にしていじめてくるんすよ。あ! いじめって言っちゃったけど、あれはれっきとしたいじめっす。おれが出るとこ出たら、あいつもブタ箱行きっすね」
 曲を聴いていたから、二人の会話は全く聴いていなかったけれど、耳をすませると、相良は神田川のことを清志に愚痴っているらしかった。清志が話を吹っ掛けたに違いない。
「サガラ君もよく頑張ってるよなあ!オレならビビって引きこもっちゃうね」
「嘘つけ」
 突然会話に入った僕に気を遣ったのか、相良が「あ、つまらない話をしてすみません」と急に遠慮がちに言った。「いいよ、オフレコ。溜まってた分、全部吐き出せよ」と返すと「うっす」と嬉しそうに笑った。
「ひでえぞ!オレだって、たまには傷つくこともあるんだぜ」
「清志なら、会社の裏に神田川を呼び出して、ボコボコにしそうだけど」
「そんなん、オレがムショ行きになるじゃねえか」
「桜庭さん、すげえっす!!」
 相良の緊張も、すぐにとけたようだ。清志が苗字のさん付けで呼ばれているのを聞いたのは随分と久しぶりで、何だかおかしくなる。僕一人、口許が緩んで仕方がなかったので、ぎゅっと歯を食いしばった。