海水浴場に併設されている海の家は水着のままで入っても大丈夫とのことだったので、僕たちは軽く身体を拭いたあと、食事を摂ることにした。僕はたこ焼き、清志は焼きそばを注文した。飲み物は二人とも、レモネードを選んだ。店内の隅の方の二人用のテーブルが空いていたので、そこに座る。清志は大盛りの焼きそばを見て、にこにこと笑っていた。
「うまそーだなあ」
清志は割り箸を割り、ずるずると勢いよく麺を啜った。僕はその食いっぷりを眺めながら、たこ焼きを一口頬張る。
「こういうところで食べるものって、普段より美味しく感じるよね」
「だよな!祭りの屋台とかもな!」
勢いあまって、清志は焼きそばのソースを胸元に飛び散らせてしまっていた。「あつっ!」と肌についたソースを拭いとる仕草をする。衣類を纏っていたら、シミになっていただろう。
「大丈夫?」
どうみても大したことはなさそうだったが、念の為に聞いてみる。清志は「大丈夫」と答え、指についたソースをぺろりと舐めた。
しばらくの間、僕たちは無言でそれぞれの食事を楽しんでいた。店内は、夏の楽曲が大音量でかかっており、ところどころで賑やかなグループが歓声をあげているので、結構騒がしかった。非日常の空間を、各々が楽しんでいるのだろう。僕がたこ焼きの最後の一個に爪楊枝を刺した時だった。
「ねえ、アタシたちと遊びませんかあ?」
頭上で声がした。明らかに僕たちに向けられたものだ。顔をあげると、ビキニ姿の女性二人が僕たちの横に立っていた。清志は焼きそばを口に入れる途中だったらしく、「ふあ?」と間抜けな声で応じた。
「座っていい?」
女性たちは、僕たちの返事も聞かず、隣の座席から椅子を運んできて、僕と清志の隣に、それぞれ座った。きっと、自分の見た目に凄く自信を持っているんだろうなという立ち振る舞いの二人だ。顔のメイクもばっちり決め、スタイルの良い体躯を惜しげもなく披露している。そのくせ、嘘みたいに真っ白な肌だ。
「アタシは美優。女子大生でーす」
僕の隣に座った女性が、僕の目を見つめながら名乗った。それに続いて「有紗でーす」と、清志の隣の女性が言った。「わたしたち、同じ大学、でーす」
「へえ」
清志は、そう言ってレモネードを一口啜った。僕は知っている。それは、彼が、話題に興味がない時に出す声色だ。
「お兄さんたちは、学生さんですかあ?」
有紗は、清志のよく焼けた二の腕に手のひらを付けながら、猫撫で声で言った。
「そう見えますか?」
清志は、さりげなく身体を反らせ、有紗の手から逃れたようにみえた。
「二人とも、腹筋とか割れてるし、すごい筋肉だから、部活でもやってるのかなーって」
「残念だけど、オレたちは学生じゃないから」
「えー!みえなーい」
美優が、大袈裟に目を見開いて、両手を口に当てた。その手が僕の腕に伸びてくる。ボディータッチの多い二人だ。
「何の仕事してるんですかあ?」
「あっ、僕が配達員で、キヨがジムのインストラクターです」
有紗はきっと僕に聞いたのではないだろうけれど、清志がまたそっけなく答えそうだったので、雰囲気を悪くするのも悪いと思い、横槍を入れた。清志が無言で僕を見る。
「カッコイイ〜」
二人は同時に同じことを言った。清志は無表情でその様子を見ている。目が笑っていない。
「え?じゃあ、じゃあ、お兄さんは名前なんて言うんですか?」
美優が上目遣いに僕を見てくる。僕はもごもごと自分の名前を伝える。
「アキトさんと、キヨさんって言うんですね」
美優は「ね」のあたりでにっこりと笑い、ついには自分の身体を僕にくっつけてきた。彼女の手が、僕の脇腹に触れる。正直、少しくすぐったい。
「キヨさん、彼女さんとかいるんですかあ?」
有紗も負けじと、清志にまとわりついている。「いねえよ」とぶっきらぼうに言った清志は、もう一度レモネードを啜った。
「え〜、もったいなーい!こんなにイケメンなのにぃ」
清志は、その職業柄もあるだろうが、誰とでも分け隔てなく、愛想よくコミュニケーションを図ることができる性格だ。だから、今彼が見せている態度に、僕は内心戸惑っている。確かにこの女性二人は、初対面だというのに随分と馴れ馴れしい。とはいえ、これまでも、清志のルックスに惹かれて声をかけてくる女性なんて、数多存在していた。僕の記憶では、そんな歴戦の女性たちと交際には発展せずとも、邪険にあしらっている姿など見たことはない。そんな清志が見るからにイライラしているのは、よほどこの二人の印象が悪いからなのだろうか。
「じゃあ、アキトさんは?」
「あっ、一応……」
何だかいたたまれなくなって、僕もレモネードを喉に流し込んだ。清志は焼きそばを少し残しているようだが、皿に箸が乱雑に投げ出されている様子から、もう続きを食べる気はないようだ。僕はぬるくなった最後のたこ焼きを口に放り込み、ほとんど噛まずに飲み下した。気まずい。背中に汗が流れる。今気づいたが、店内は四方が開け放たれていて、空調は天井にいくつかぶら下がっている扇風機だけだから、外気が中まで入ってくるのだ。とはいえ、僕がだらだらと汗を流しているのは、きっと気温のせいだけではないはずだ。
「君たちは、こんなところで油売ってていいのか?多分オレもアキトも、二人にはなびかないと思うぜ」
清志の放った冷たい言葉に、美優と有紗は目を丸くして、互いに顔を見合わせる。そして、急に笑顔が消えたかと思うと、有紗の方が「チッ」と舌打ちをして、「ちょっと顔がいいからってお高くとまってんじゃねえよ」と怒気をはらんだ低い声で言い放ち、「行こ」と美優に言ってそそくさと僕たちの元から立ち去っていった。美優は何だか名残惜しそうに僕の腹のあたりを見ていたが、有紗が「何してんのよ!!」とヒステリックに叫んだため、慌てて立ち上がり、小走りで遠のいていった。
「……随分そっけなかったね」
グラスについた水滴を指で拭いながら、僕はおそるおそる言った。
「あんな奴らと関わると、碌なことが起きねえからな」
清志は苦笑した。「釣れる男がいれば、誰でもいいんだよ、ああいう奴らは。どうせオレたちの身体か、金目当てだろ。興味もねえ奴らなんかの相手を、なんでしなきゃいけねえんだ」
「じゃあ、わざとそっけなく振る舞ったのか?」
「当たり前だろ。普段からオレはあんなことしねえよ。……それに今オレは、アキトと遊んでるんだ。オレは見ず知らずのヤツの相手より、友情を大事にするぜ」
「そっかあ、そうだよね」
「オマエもオマエだぞ。ベラベラとオレたちの職業をしゃべってんじゃねえよ。あれ以上個人情報をばら撒くなら、腹パンでもしてやろうかと思ってたぞ」
「……ごめん」
そこまできつく言うようなことかな……と思ったが、清志のいうことは一理あるのかなとも思う。たったあれだけの情報だったとしても、僕たちの職場が特定されてしまう可能性だってあるのだ。「シバイヌの配達員です」と言わなくて、本当によかった。
「分かればいいよ」
清志が笑う。もういつもの彼に戻っていた。海は街中と違って、水着姿になるからか、とても開放的な気分になる。身体のあらゆる箇所を露出しているのだから、目に映る誰かをそういう目で見てしまうのは、男も女も同じなのかもしれない。僕だって女だったとしたら、清志のような男がいたら、きっと目が釘付けになっていただろう。いや、女でなくとも、単純にかっこいいな、とは思ってしまう。現に、僕は今、思っている。それはきっと「恋」のような感情ではなく「憧れ」なのだろう。子供たちが、アニメのヒーローを見て「かっこいい!」と興奮するあれだ。とすると、僕は、清志に憧れているのだろうか。
「もうひと泳ぎして帰ろうぜ!」
清志はそう言って、箸を掴むと、残っていた焼きそばを一気にかき込んだ。もごもごと咀嚼しながらレモネードの残りも飲み干して、席を立つ。僕も慌ててレモネードを一気飲みして、清志の後についた。
昼時は過ぎているというのに、海の家の中は混雑していて、人混みをかき分けるのは大変だった。おかげで、砂浜についたときは、僕はじんわりと汗をかいていた。日はまだ高く、ジリジリと僕たちを焼いている。年々、夏の暑さが、最高記録を更新しているような気がする。火照る身体に、冷たい海水は、とても気持ちよかった。
「うまそーだなあ」
清志は割り箸を割り、ずるずると勢いよく麺を啜った。僕はその食いっぷりを眺めながら、たこ焼きを一口頬張る。
「こういうところで食べるものって、普段より美味しく感じるよね」
「だよな!祭りの屋台とかもな!」
勢いあまって、清志は焼きそばのソースを胸元に飛び散らせてしまっていた。「あつっ!」と肌についたソースを拭いとる仕草をする。衣類を纏っていたら、シミになっていただろう。
「大丈夫?」
どうみても大したことはなさそうだったが、念の為に聞いてみる。清志は「大丈夫」と答え、指についたソースをぺろりと舐めた。
しばらくの間、僕たちは無言でそれぞれの食事を楽しんでいた。店内は、夏の楽曲が大音量でかかっており、ところどころで賑やかなグループが歓声をあげているので、結構騒がしかった。非日常の空間を、各々が楽しんでいるのだろう。僕がたこ焼きの最後の一個に爪楊枝を刺した時だった。
「ねえ、アタシたちと遊びませんかあ?」
頭上で声がした。明らかに僕たちに向けられたものだ。顔をあげると、ビキニ姿の女性二人が僕たちの横に立っていた。清志は焼きそばを口に入れる途中だったらしく、「ふあ?」と間抜けな声で応じた。
「座っていい?」
女性たちは、僕たちの返事も聞かず、隣の座席から椅子を運んできて、僕と清志の隣に、それぞれ座った。きっと、自分の見た目に凄く自信を持っているんだろうなという立ち振る舞いの二人だ。顔のメイクもばっちり決め、スタイルの良い体躯を惜しげもなく披露している。そのくせ、嘘みたいに真っ白な肌だ。
「アタシは美優。女子大生でーす」
僕の隣に座った女性が、僕の目を見つめながら名乗った。それに続いて「有紗でーす」と、清志の隣の女性が言った。「わたしたち、同じ大学、でーす」
「へえ」
清志は、そう言ってレモネードを一口啜った。僕は知っている。それは、彼が、話題に興味がない時に出す声色だ。
「お兄さんたちは、学生さんですかあ?」
有紗は、清志のよく焼けた二の腕に手のひらを付けながら、猫撫で声で言った。
「そう見えますか?」
清志は、さりげなく身体を反らせ、有紗の手から逃れたようにみえた。
「二人とも、腹筋とか割れてるし、すごい筋肉だから、部活でもやってるのかなーって」
「残念だけど、オレたちは学生じゃないから」
「えー!みえなーい」
美優が、大袈裟に目を見開いて、両手を口に当てた。その手が僕の腕に伸びてくる。ボディータッチの多い二人だ。
「何の仕事してるんですかあ?」
「あっ、僕が配達員で、キヨがジムのインストラクターです」
有紗はきっと僕に聞いたのではないだろうけれど、清志がまたそっけなく答えそうだったので、雰囲気を悪くするのも悪いと思い、横槍を入れた。清志が無言で僕を見る。
「カッコイイ〜」
二人は同時に同じことを言った。清志は無表情でその様子を見ている。目が笑っていない。
「え?じゃあ、じゃあ、お兄さんは名前なんて言うんですか?」
美優が上目遣いに僕を見てくる。僕はもごもごと自分の名前を伝える。
「アキトさんと、キヨさんって言うんですね」
美優は「ね」のあたりでにっこりと笑い、ついには自分の身体を僕にくっつけてきた。彼女の手が、僕の脇腹に触れる。正直、少しくすぐったい。
「キヨさん、彼女さんとかいるんですかあ?」
有紗も負けじと、清志にまとわりついている。「いねえよ」とぶっきらぼうに言った清志は、もう一度レモネードを啜った。
「え〜、もったいなーい!こんなにイケメンなのにぃ」
清志は、その職業柄もあるだろうが、誰とでも分け隔てなく、愛想よくコミュニケーションを図ることができる性格だ。だから、今彼が見せている態度に、僕は内心戸惑っている。確かにこの女性二人は、初対面だというのに随分と馴れ馴れしい。とはいえ、これまでも、清志のルックスに惹かれて声をかけてくる女性なんて、数多存在していた。僕の記憶では、そんな歴戦の女性たちと交際には発展せずとも、邪険にあしらっている姿など見たことはない。そんな清志が見るからにイライラしているのは、よほどこの二人の印象が悪いからなのだろうか。
「じゃあ、アキトさんは?」
「あっ、一応……」
何だかいたたまれなくなって、僕もレモネードを喉に流し込んだ。清志は焼きそばを少し残しているようだが、皿に箸が乱雑に投げ出されている様子から、もう続きを食べる気はないようだ。僕はぬるくなった最後のたこ焼きを口に放り込み、ほとんど噛まずに飲み下した。気まずい。背中に汗が流れる。今気づいたが、店内は四方が開け放たれていて、空調は天井にいくつかぶら下がっている扇風機だけだから、外気が中まで入ってくるのだ。とはいえ、僕がだらだらと汗を流しているのは、きっと気温のせいだけではないはずだ。
「君たちは、こんなところで油売ってていいのか?多分オレもアキトも、二人にはなびかないと思うぜ」
清志の放った冷たい言葉に、美優と有紗は目を丸くして、互いに顔を見合わせる。そして、急に笑顔が消えたかと思うと、有紗の方が「チッ」と舌打ちをして、「ちょっと顔がいいからってお高くとまってんじゃねえよ」と怒気をはらんだ低い声で言い放ち、「行こ」と美優に言ってそそくさと僕たちの元から立ち去っていった。美優は何だか名残惜しそうに僕の腹のあたりを見ていたが、有紗が「何してんのよ!!」とヒステリックに叫んだため、慌てて立ち上がり、小走りで遠のいていった。
「……随分そっけなかったね」
グラスについた水滴を指で拭いながら、僕はおそるおそる言った。
「あんな奴らと関わると、碌なことが起きねえからな」
清志は苦笑した。「釣れる男がいれば、誰でもいいんだよ、ああいう奴らは。どうせオレたちの身体か、金目当てだろ。興味もねえ奴らなんかの相手を、なんでしなきゃいけねえんだ」
「じゃあ、わざとそっけなく振る舞ったのか?」
「当たり前だろ。普段からオレはあんなことしねえよ。……それに今オレは、アキトと遊んでるんだ。オレは見ず知らずのヤツの相手より、友情を大事にするぜ」
「そっかあ、そうだよね」
「オマエもオマエだぞ。ベラベラとオレたちの職業をしゃべってんじゃねえよ。あれ以上個人情報をばら撒くなら、腹パンでもしてやろうかと思ってたぞ」
「……ごめん」
そこまできつく言うようなことかな……と思ったが、清志のいうことは一理あるのかなとも思う。たったあれだけの情報だったとしても、僕たちの職場が特定されてしまう可能性だってあるのだ。「シバイヌの配達員です」と言わなくて、本当によかった。
「分かればいいよ」
清志が笑う。もういつもの彼に戻っていた。海は街中と違って、水着姿になるからか、とても開放的な気分になる。身体のあらゆる箇所を露出しているのだから、目に映る誰かをそういう目で見てしまうのは、男も女も同じなのかもしれない。僕だって女だったとしたら、清志のような男がいたら、きっと目が釘付けになっていただろう。いや、女でなくとも、単純にかっこいいな、とは思ってしまう。現に、僕は今、思っている。それはきっと「恋」のような感情ではなく「憧れ」なのだろう。子供たちが、アニメのヒーローを見て「かっこいい!」と興奮するあれだ。とすると、僕は、清志に憧れているのだろうか。
「もうひと泳ぎして帰ろうぜ!」
清志はそう言って、箸を掴むと、残っていた焼きそばを一気にかき込んだ。もごもごと咀嚼しながらレモネードの残りも飲み干して、席を立つ。僕も慌ててレモネードを一気飲みして、清志の後についた。
昼時は過ぎているというのに、海の家の中は混雑していて、人混みをかき分けるのは大変だった。おかげで、砂浜についたときは、僕はじんわりと汗をかいていた。日はまだ高く、ジリジリと僕たちを焼いている。年々、夏の暑さが、最高記録を更新しているような気がする。火照る身体に、冷たい海水は、とても気持ちよかった。