「海に行こうぜ」と、清志が突然連絡してきたのは、相良のクレームを片付けた日の夜で、僕の次の休みが清志の休みと重なったため、それはすぐに決行されることとなった。クローゼットの奥から、水着を引っ張り出し、ナイロンの袋に入れる。普段と違うことをするその一瞬すらも、特別感がある。

 清志とは、彼の家の近くのコンビニで合流した。車に乗り込んできた清志は、僕にペットボトルの冷たい水を手渡してくれる。白いTシャツに黒い膝丈のハーフパンツ。顔がいいから、それだけでも様になっている。僕は私服でもポロシャツだ。ネイビーの生地に船の錨のような模様が所狭しと散りばめられている。
「会いたかったぞ〜 アキトぉ」
「朝から酔ってんのか?」
 真顔で返した僕に、清志は「うるせえ」と脇腹にパンチをかましてきた。その後「うおおお固えええ!!」と拳を作っていた手をひらひらさせながら一人で騒いでいる。
 清志がシートベルトを装着したのを確認して、僕は車を発進させた。真夏の日差しは朝から容赦なく僕たちを照りつけていて、気温は既に三十度にさしかかろうとしているらしい。たまたまつけていたラジオから、気象情報が聞こえてきた。
『ここでラジオネーム、ミングミングラバーさんからのリクエストをおかけしましょう』 
気象情報が終わると、軽快なDJのナレーションと共に、誰かのリクエストソングがかかり始めた。永遠の歌姫と称された歌手の曲だ。もう別れてしまった二人の男女が、自分達の出会いと別れを振り返り、後悔しているさまを描いた歌詞がとても有名で、僕のカーステレオの中にも入っている曲だから、耳馴染みのあるメロディーだ。海までの道中、リズムに合わせて、自然にアクセルを踏む足にも力が入る。今は朝だけれど、夜のハイウェイなんかをとばす際に聴きたくなるのは、きっと僕だけではないはずだ。
「オレも失恋をしたら、どうしてこんなヤツと出会っちまったんだろって思うんだろうなあ」
ぽつりと、清志が呟いた。
「え?」
「いや、別に。好きなヤツがいたとしてさ、でもソイツとは絶対に付き合えないと分かってて、それならソイツには何も言わず、友達同士のままでいればオレもソイツも傷つかずにすむのかなあって」
「やけに具体的だな。例のキヨの片思いの話か?」
 僕の問いかけに、清志は意味ありげに微笑んだ。きっと清志には想いを寄せている人がいるのだろう。だけど、何らかの事情で、その人に清志の思いを告げることは出来ない。容易に考えられるのは、その人にはすでに恋人がいるという場合だ。
「変な歌を流すから、変な空気になっちまったじゃねえか」
 清志は一人で焦って、ラジオのチャンネルを変えた。