「相良は、僕の横に立ってればいいから」
十九時すぎ、僕たちは件の女性のマンションのエントランスに立っていた。夜の配達は、二人で協力して、すでに終えている。言いがかり女の名前は「久城麗」というらしく「クジョウさんの苦情か」と僕が呟くと、相良はなんとも言えない表情をしていた。相良があらかじめ、久城さんに連絡をして、直接話を伺う段取りを組んでいた。生活が夜型なのか、彼女はいつもの配達と同じ時間帯を指定してきたのだ。
インターホンを押すと、無言のまま、オートロックのエントランスの自動ドアが開いた。入ってこいという意味なのだろう。途端に重苦しい空気が漂う。夕方までは元気だった相良も、今は一言も発さずおとなしい。エレベーターを上がり、九階で降りると、久城さんの部屋の前に立ち、再度インターホンを押した。すぐに扉が開き、本人と思われる女性が姿を現す。真っ白のブラウスに茶色のスカートを合わせている。茶色の髪は長く、毛先をくるくると巻いているようだ。語弊があるかもしれないけれど、僕は一瞬にして、彼女が夜の仕事をしていると勘づいた。
「何?」
久城さんは明らかに僕たちに敵意を剥き出しにしている。相良が僕の後ろに半身を隠したのが、気配で分かった。
「突然、お邪魔してすみません。私、カラー運輸の城谷と申します」
「はあ」
久城さんの視線が、僕の頭の先から爪先までを流れていく。彼女の目線の高さが僕の胸元にあるためか、そこに視線は止まった。
「事情は、相良から聞かせていただきました。久城様にもさまざまな事情がおありかと思います。しかし、今回の件は、相良には何の落ち度もございません。その辺りはご了承いただければと思います」
「はあ!?」
久城さんは先程よりも大きな声で、また語気を強くして同じ言葉を言った。こうなるのは想定済みだが、こちらが悪くないのに謝罪の言葉を述べてしまっては、相良の面目も潰れるし、理不尽な客の要求をこちらが鵜呑みにしたと捉えられるだろう。
「何のための時間指定だと思ってるの? アタシはね、あの荷物をあの日に使いたかったのよ。だから出勤前に受け取れるように連絡したっていうのに。アンタの後ろに隠れてるその男が、持ってこなかったのよ!」
「お言葉ですが、彼は指定の時間内に配達を履行しています。弊社の時間帯サービスでは、お客様のご都合に綿密に配慮したような、細かい時間指定は出来かねる決まりとなっております。ご容赦ください」
「そうやって身内を庇うのね」
「いえ、決してそういうわけでは」
この手の客には、何を言っても無駄かもしれないという考えが、僕の中で芽生える。かといって、今回ばかりは相手の言い分を呑むわけにはいかない。
「じゃあどういう……」
久城さんはさらに語気を強めてそう言いかけたが、僕と目が合った瞬間、言葉が止まった。
「どうかされましたか?」
僕の問いかけに答えず、彼女は口を半開きにしたまま、僕の顔を見つめていた。数秒後、ふと我に返ったように体裁を取り繕うと、「もういいわ」と吐き捨てるように言った。
「これからは確実に荷物を受け取れるようにするから。悪かったわね」
急展開すぎる。まるで天気のようにころころと気分が変わる女性はいるけれど、それにしても今回の久城さんは、意味がわからない。ポカンとする僕を一瞥し、久城さんはそれ以上何も言わず扉を閉めて姿を消した。
僕と相良は、無言のまま顔を見合わせて、首を傾げながら、とりあえずこの場を立ち去ることにした。
十九時すぎ、僕たちは件の女性のマンションのエントランスに立っていた。夜の配達は、二人で協力して、すでに終えている。言いがかり女の名前は「久城麗」というらしく「クジョウさんの苦情か」と僕が呟くと、相良はなんとも言えない表情をしていた。相良があらかじめ、久城さんに連絡をして、直接話を伺う段取りを組んでいた。生活が夜型なのか、彼女はいつもの配達と同じ時間帯を指定してきたのだ。
インターホンを押すと、無言のまま、オートロックのエントランスの自動ドアが開いた。入ってこいという意味なのだろう。途端に重苦しい空気が漂う。夕方までは元気だった相良も、今は一言も発さずおとなしい。エレベーターを上がり、九階で降りると、久城さんの部屋の前に立ち、再度インターホンを押した。すぐに扉が開き、本人と思われる女性が姿を現す。真っ白のブラウスに茶色のスカートを合わせている。茶色の髪は長く、毛先をくるくると巻いているようだ。語弊があるかもしれないけれど、僕は一瞬にして、彼女が夜の仕事をしていると勘づいた。
「何?」
久城さんは明らかに僕たちに敵意を剥き出しにしている。相良が僕の後ろに半身を隠したのが、気配で分かった。
「突然、お邪魔してすみません。私、カラー運輸の城谷と申します」
「はあ」
久城さんの視線が、僕の頭の先から爪先までを流れていく。彼女の目線の高さが僕の胸元にあるためか、そこに視線は止まった。
「事情は、相良から聞かせていただきました。久城様にもさまざまな事情がおありかと思います。しかし、今回の件は、相良には何の落ち度もございません。その辺りはご了承いただければと思います」
「はあ!?」
久城さんは先程よりも大きな声で、また語気を強くして同じ言葉を言った。こうなるのは想定済みだが、こちらが悪くないのに謝罪の言葉を述べてしまっては、相良の面目も潰れるし、理不尽な客の要求をこちらが鵜呑みにしたと捉えられるだろう。
「何のための時間指定だと思ってるの? アタシはね、あの荷物をあの日に使いたかったのよ。だから出勤前に受け取れるように連絡したっていうのに。アンタの後ろに隠れてるその男が、持ってこなかったのよ!」
「お言葉ですが、彼は指定の時間内に配達を履行しています。弊社の時間帯サービスでは、お客様のご都合に綿密に配慮したような、細かい時間指定は出来かねる決まりとなっております。ご容赦ください」
「そうやって身内を庇うのね」
「いえ、決してそういうわけでは」
この手の客には、何を言っても無駄かもしれないという考えが、僕の中で芽生える。かといって、今回ばかりは相手の言い分を呑むわけにはいかない。
「じゃあどういう……」
久城さんはさらに語気を強めてそう言いかけたが、僕と目が合った瞬間、言葉が止まった。
「どうかされましたか?」
僕の問いかけに答えず、彼女は口を半開きにしたまま、僕の顔を見つめていた。数秒後、ふと我に返ったように体裁を取り繕うと、「もういいわ」と吐き捨てるように言った。
「これからは確実に荷物を受け取れるようにするから。悪かったわね」
急展開すぎる。まるで天気のようにころころと気分が変わる女性はいるけれど、それにしても今回の久城さんは、意味がわからない。ポカンとする僕を一瞥し、久城さんはそれ以上何も言わず扉を閉めて姿を消した。
僕と相良は、無言のまま顔を見合わせて、首を傾げながら、とりあえずこの場を立ち去ることにした。