クレームが来たから助けてほしいと相良に泣きつかれたのは、それから数日後のことだった。幸いなことに、週明けの月曜日で、配達の荷物が少ないから、僕にもだいぶ余裕があった。田曽井と神田川は公休で出勤していなかったため、相良は僕に頼んできたのだろう。
「いつもすみません」
昼すぎ、いつもより早く営業所に戻ってきた僕は、午後に配達する荷物をトラックに積み込み、荷台に座り込んで休んでいた。そこに相良がやってきて、僕に深々と頭を下げたのだ。走ってきたのか、彼はハアハアと肩で息をしている。最近、相良はこんなふうに何かに追われているかのように焦っていることが多い気がする。
「災難だったね、何があったの」
「はい、それが」
そう言って相良が話し始めた内容はこうだった。
相良のコースにあるマンションに住む若い女性が、数日前、夜の再配達を頼んできた。奇しくもその日は相良の帰社が遅かった日だ。その女性の家には、頻繁に配達があるようで、大体十九時すぎには家にいることが多いから、それまでは難なく荷物の受け渡しができていたらしい。だが、その日は配達が重なっていたことも相まって、いつもの時間より遅く伺う羽目になったらしい。その結果、女性は不在。荷物は受け取った後、仕事で使うものだったようで、その日のうちに受け取れなかったから台無しになったと憤慨しているそうだ。
「でも、おれ、いつものタイミングとは違ったけど、ちゃんと時間内に行ったんすよ。それなのに、ここまで騒がなくっても……」
大きくため息をつく相良に同情する。シバイヌで取り扱う荷物は、受け取り時間の指定ができる。だが、基本的に午前中、十二時から十四時、十四時から十六時、十六時から十八時、十八時から二十時、十九時から二十一時と、大まかに区分けされた時間の中から選んでもらう仕組みとなっており、「何時何分までに来てください」という細かな指定は原則行っていない。ドライバーによっては、一刻も早く荷物を配達したいがために、そんな対応をしている者がいるのかもしれないが、全ての荷物にそんな対応をしていたら仕事にならないだろう。相良は指定時間内に配達を履行しているから、この女性のクレームはただの言い掛かりに過ぎない。
「相良が配達を忘れてたり、サボったわけじゃないんだから、悪くないよ。一緒にその人のところに行ってあげるから。きっと事情を説明したら分かってくれるよ」
「そうだといいっすね……」
相良は、誰が見ても分かるくらいに落ち込んでいた。おそらく彼がもらった最初のクレームなのだろう。自分は間違ったことをしていない。だからこそ、理不尽な客の言い分がより心を抉る結果となった。
「この後はもう、僕と一緒にコースを回ろう。宅配もそんなに無いんだろ?僕のトラックに積んで、一緒に行けばいい」
「いいんすか?」
このままの不安定な心情で、事故なんかを起こしてしまったら、もっと悲惨なことになる。そう思って僕は、午後の業務を、相良に付き添ってまわる提案をしたのだ。
「今日が月曜でよかったな。ただし、集荷は手伝えよ」
「はい!」
目は口ほどに物を言うとはよくいったもので、相良はとても嬉しそうに目をキラキラさせて快活に返事をした。まだ問題が解決したわけではないけれど、少しは彼の気持ちも晴れたのかもしれない。
「昼ごはんは僕が奢ってやるから、元気出せよ。社食だけど」
「うわあ、マジっすか?あざっす」
相良は従順な飼い犬のように、僕の後ろをついてくる。素直で可愛い後輩だ。だからこそ僕の中で、そんな相良を虐げているかもしれない神田川に対しての怒りが、日を追うごとに蓄積されていた。素行が悪く、勤務態度に問題がある社員ならともかく、相良に目をつけるなんて、馬鹿げたことをするものだ。それとも、僕が知らないだけで、神田川から見た相良は問題児なのだろうか。
「うどんでいいっす」と、相良は社員食堂で一番安価なメニューを選んだ。僕に気を遣っているのか、食欲がなく、喉越しがいいものを求めているのか、日替わり定食のメニューが気に喰わなかったのか、ただ単に今日はうどんが食べたい気分なのかはわからないけれど、彼は迷うことなくそれを選んだのだ。
「食わないと元気出ないぞ」
僕は日替わり定食のトンカツを二切れほど、相良の山盛りごはんの上に乗せてやった。相良は苦笑して、それでも素直に僕の厚意を受け取ってくれた。彼は落ち込んで食欲が落ちるタイプではなさそうだから、その面では大丈そうだ。
「いつもすみません」
昼すぎ、いつもより早く営業所に戻ってきた僕は、午後に配達する荷物をトラックに積み込み、荷台に座り込んで休んでいた。そこに相良がやってきて、僕に深々と頭を下げたのだ。走ってきたのか、彼はハアハアと肩で息をしている。最近、相良はこんなふうに何かに追われているかのように焦っていることが多い気がする。
「災難だったね、何があったの」
「はい、それが」
そう言って相良が話し始めた内容はこうだった。
相良のコースにあるマンションに住む若い女性が、数日前、夜の再配達を頼んできた。奇しくもその日は相良の帰社が遅かった日だ。その女性の家には、頻繁に配達があるようで、大体十九時すぎには家にいることが多いから、それまでは難なく荷物の受け渡しができていたらしい。だが、その日は配達が重なっていたことも相まって、いつもの時間より遅く伺う羽目になったらしい。その結果、女性は不在。荷物は受け取った後、仕事で使うものだったようで、その日のうちに受け取れなかったから台無しになったと憤慨しているそうだ。
「でも、おれ、いつものタイミングとは違ったけど、ちゃんと時間内に行ったんすよ。それなのに、ここまで騒がなくっても……」
大きくため息をつく相良に同情する。シバイヌで取り扱う荷物は、受け取り時間の指定ができる。だが、基本的に午前中、十二時から十四時、十四時から十六時、十六時から十八時、十八時から二十時、十九時から二十一時と、大まかに区分けされた時間の中から選んでもらう仕組みとなっており、「何時何分までに来てください」という細かな指定は原則行っていない。ドライバーによっては、一刻も早く荷物を配達したいがために、そんな対応をしている者がいるのかもしれないが、全ての荷物にそんな対応をしていたら仕事にならないだろう。相良は指定時間内に配達を履行しているから、この女性のクレームはただの言い掛かりに過ぎない。
「相良が配達を忘れてたり、サボったわけじゃないんだから、悪くないよ。一緒にその人のところに行ってあげるから。きっと事情を説明したら分かってくれるよ」
「そうだといいっすね……」
相良は、誰が見ても分かるくらいに落ち込んでいた。おそらく彼がもらった最初のクレームなのだろう。自分は間違ったことをしていない。だからこそ、理不尽な客の言い分がより心を抉る結果となった。
「この後はもう、僕と一緒にコースを回ろう。宅配もそんなに無いんだろ?僕のトラックに積んで、一緒に行けばいい」
「いいんすか?」
このままの不安定な心情で、事故なんかを起こしてしまったら、もっと悲惨なことになる。そう思って僕は、午後の業務を、相良に付き添ってまわる提案をしたのだ。
「今日が月曜でよかったな。ただし、集荷は手伝えよ」
「はい!」
目は口ほどに物を言うとはよくいったもので、相良はとても嬉しそうに目をキラキラさせて快活に返事をした。まだ問題が解決したわけではないけれど、少しは彼の気持ちも晴れたのかもしれない。
「昼ごはんは僕が奢ってやるから、元気出せよ。社食だけど」
「うわあ、マジっすか?あざっす」
相良は従順な飼い犬のように、僕の後ろをついてくる。素直で可愛い後輩だ。だからこそ僕の中で、そんな相良を虐げているかもしれない神田川に対しての怒りが、日を追うごとに蓄積されていた。素行が悪く、勤務態度に問題がある社員ならともかく、相良に目をつけるなんて、馬鹿げたことをするものだ。それとも、僕が知らないだけで、神田川から見た相良は問題児なのだろうか。
「うどんでいいっす」と、相良は社員食堂で一番安価なメニューを選んだ。僕に気を遣っているのか、食欲がなく、喉越しがいいものを求めているのか、日替わり定食のメニューが気に喰わなかったのか、ただ単に今日はうどんが食べたい気分なのかはわからないけれど、彼は迷うことなくそれを選んだのだ。
「食わないと元気出ないぞ」
僕は日替わり定食のトンカツを二切れほど、相良の山盛りごはんの上に乗せてやった。相良は苦笑して、それでも素直に僕の厚意を受け取ってくれた。彼は落ち込んで食欲が落ちるタイプではなさそうだから、その面では大丈そうだ。