パソコンの前で頭を抱える。
 もうかれこれ2時間は経ってるのにパソコンの画面はほぼ真っ白。
 大学4年生の秋。
 もうほぼ冬に入ろうとしている。
 これがコンテストに出せるラストチャンスかもしれない。
 就職先は小説の流通、運搬をする企業に内定をもらった。
 時間がある今の時期にコンテストで実績を残さないと正直もうきついかもしれない。
 あの不思議な体験をして以来、月に1回のペースでコンテストを開催している小説サイトを見つけ、今日まで全てのコンテストに応募してきた。
 テスト週間でも、就活で忙しくても、卒論に追われていても、バイトで目まぐるしい毎日を送っていても、応募だけはさぼらずに。

 でも、潮時かな....。
 厳しい世界だって重々承知の上だったけどpv数は多くて30前後。
 ランキングも伸びることはなく。
 何年も書いている人ももちろん、僕よりも年下の子達までどんどん光を浴びていった。
 僕は始めるのが遅すぎたのか。
 いや関係ないか。
 これも運命なのかもしれない。
 僕の作品に立ち止まってくれた数少ない人たちに感謝だ。

 そんなことを思っておもむろにスマホを開くとメールに通知が来ていた。
 今時メールなんて珍しい。
 入っているサブスクの案内か何かかな。

▷初めまして。こんにちは。私ジェリーフィッシュ出版文庫 星野と申します。書籍化のご検討について

 ん?
 もう1回、声に出して読んでみよう。

「はじめまして こんにちは わたくしじぇりーふぃっしゅしゅっぱんぶんこ ほしのともうします ....しょせきかのごけんとう....? 」

 ちょ、ちょっと待ってくれ。
 誰と間違えてるんだ?
 だって今までなんの賞もとったことないのに。
 いきなり書籍化なんてあるはずがない。
 とりあえずメールを開いて読んでみることにした。
 とりあえずね。とりあえず。

 でも確かに本文にも僕がいつもコンテストに応募している出版社「ジェリーフィッシュ」の文字が。
 そして僕のペンネーム「くらげ」の文字が。
 さらには「書籍化のご検討」の文字まで。
 頭が追いつかない。
 まあ追いつくはずがないよなと1回冷静になって考える。 
 何かの詐欺か?
 僕の夢にすり寄って個人情報を抜きとろうとしてるやつがいて、出版社を名乗った新手の詐欺にあっているみたいな?
 
 メールを要約すると
 僕がいつもコンテストに応募している作品を読んで、もっと多くの人に読まれるべきだと思ったと。
 コンテストで入賞うんぬんよりも違う観点から評価されるべきだと。
 まだ書籍化が確約できるわけでは無いが、一緒に頑張ってみないかと。
 
 そんなありがたすぎるお話だった。
 確かに僕の小説はまだまだ発展途上で入賞だとかそういうのには程遠いかもしれない。
 でも”一緒に頑張ってみないか”
 そう言われて「はい」以外の返事が思いつかなかった。
 詐欺だったら僕の人生それまでだ。
 まずは行動してみないと。
 そう思い、2つ返事で「ぜひ、お願いいたします」という旨の返信をした。


****


 普段、通学でしか通らないような人が栄に栄えている駅内のおしゃれなカフェ。
 今日はメールをくれた編集者さんが僕に会いに来てくれるという。
 これで詐欺だったら僕は売られたりするのかな。
 それとも何かに脅されて超高い何かと契約させられるのか....。
 今日まで星野さんとは何度かメールを交わしているし、あまり怪しい人ではなさそうというかむしろめっちゃいい人そう。
 いちおうちゃんとした格好に着替えてるせいもあってかそわそわして落ち着かない。
 
「すみません、お待たせいたしました....! 」
 集合時間よりもだいぶはやくついていたのは僕なのにかなり走ってきたような声が背中から聞こえる。
 一瞬深呼吸をして、小さく笑顔をつくった。

「いえいえ、ぜんぜんで、すよ....。え? 」
「え? うそ」

 目の前で、肌寒い季節にも関わらず汗を額に浮かべているのは
「空、さん? 」
 夢の中で出会ったあの女性だった。
「空だよ! え、海君? 」
「海です。びっくりした。空さん、ジェリーフィッシュの編集者さんだったんですか」
「そうなの。感動~。私あの日の事夢だと思ってたから、本当に海君が実在してたなんて」
 それは僕も同じだ。
 空さんは実在した。
 じゃあ、あの日の事も夢じゃなくて現実だった....?
 今はとりあえずそんなこと良いか。

「届き、ましたか」
「うん、届いた」

 空さんは満面の笑みでグッとサインを僕に送る。
「これから、私が海君の紡ぐ言葉を沢山の人に届けるからね」

「僕も頑張らないと」
「一緒に頑張ろうね!くらげ先生! 」
「ちょっとはずかしいですね....」
「自信持ちな~。忙しくなるよ! 」

 空さんのその言葉によしっと気合を入れる。
 
 
 これは僕、くらげが体験した不思議な不思議なある日のお話。
 これを読んだあなたが、いつしか忘れかけていた自分の”好き”にもう1度触れ、それを抱きしめて前を向ける日がきますように。
 馬鹿馬鹿しくてもいい。
 周りに言えなくたっていい。
 かっこ悪くたって、理解されなくったって。
 自分を認めて背中を押せるあなたが誰よりも何よりも1番、かっこいいんだから。