どれくらい探したかな。
色んなお店に行っても、通行人に聞いても、いい反応は帰ってこなかった。
月ちゃんもだんだん疲れてきたのかそれとも不安が募ってしまったのか、元気がなくなっているように見える。
空さんがどうにか元気になってもらおうと気さくに話しけるけどなかなかそう上手くはいかない。
「ちょっと休憩しましょう」
僕の提案でひとまず一息つくことにした。
月ちゃんが休憩場所に選んだのは近くの不思議な建物。
なんだかお店、とは違うし。カフェとかそんな感じでもない。
促されるままに入ってみた。
薄暗くて、正直少し怪しい空間。
そこにクラゲたちがぽつぽつと居て、ブースのようなところに分かれていた。
どのブースにも1匹、薄くて深い青色のクラゲが居た。
自然と手前にあるブースに足を運んでしまう。
「海君? 」
空さんは少し心配を含んだ声で僕を呼んだ。
多分僕が吸い込まれるように流れていくから。
「大丈夫。行ってみましょ」
初めて僕が先頭に立って1つ目のブースに足を入れた。
何が大丈夫なのか自分でも分からないけど、ここに足を運んでいくことに凄く大きな意味がある気がして。
空さんと月ちゃんは僕の後ろをおずおずとついてくる。
1つ目のブースに入った。
☆
白くて半透明なクラゲが2匹、あの薄くて深い青色のクラゲを抱いている。
まだ青いクラゲは小さくて赤ちゃんみたいだ。
凄く愛されていた。
言葉はないけど、2匹のクラゲのまなざしは愛であふれていて幸せな空間だった。
☆
次のブースに足を運んだ。
ここは、幼稚園のお遊戯場?
小さな舞台の上ではあの青いクラゲが真ん中に立っていて....。
お遊戯会か。
なんだか懐かしい気持ちになる。
舞台の真ん中で恥ずかしそうに、でも役を一生懸命演じている青クラゲ。
それを沢山のクラゲが楽しそうに見ていて、最後は拍手が巻き起こる。
青クラゲは仲間と一緒に照れくさそうにお辞儀をしていた。
☆
机で1人、作業をしている青クラゲ。
独りだ。
周りは皆お友達同士で遊んでるのに。
でも、ツンツンとつつかれ1匹のクラゲが声をかけてるみたい。
「お友達が出来たんだね」
この空間に慣れてきた空さんが微笑ましく言った。
やっぱり凄く懐かしい気持ちになる。
なんでだろ。
友達ができた青クラゲは照れながら、何か、手紙のようなものを渡していた。
☆
学校のような場所に景色が移り変わった。
青クラゲは教室の前に立って皆から拍手を送られている。
「なにをお祝いしてもらってるのかな」
空さんの言うことに僕もなんだろうと思ったけど
「読書感想文」
スッと、意図する間もなくそんな言葉が口をついた。
「読書感想文のコンテストで賞をもらったんだね。凄いよ青クラゲ」
空さんも教室の皆と同じように拍手を送った。
☆
「あれ、喧嘩してるじゃん」
青クラゲは数匹のクラゲに囲まれ小さくなっていた。
喧嘩、というより....。
ドンっと押された青クラゲはバランスを崩しその場に転んでしまった。
他のクラゲは持っている紙をひらひらと馬鹿にするように青クラゲに見せた。
あ、思い出した。
この後、何が起こるのか僕には手に取るように分かる。
だって
「これ、僕だ」
「え? 」
空さんがこちらを向こうとした瞬間
ビリっとという鈍い音と共にクラゲがもっていた紙が真っ二つに引き裂かれた。
それは、読書感想文の表彰状。
そう。感想文の表彰式が学校で行われた日、僕のことが嫌いだったのか妬んでいたのか。
クラスの人にその賞状を破かれてしまったんだ。
投げ捨てられ、ただの紙切れになったそれをぼーっと眺めるだけの”僕”
賞を取ったと知った瞬間より、表彰してもらった瞬間より、皆に拍手を送ってもらっていた瞬間より
何よりもこの瞬間を覚えている。
☆
次は中学だ。
僕はあの日以来頑張ることを辞めてしまった。
そして心を閉ざし、教室の端っこで本を読んでばかりいた。
背中を丸め、だれにも話しかけられないようにしている”僕”
そんな僕が「あっ」と背筋を伸ばした本があった。
「あれ、海君が読んでた本だ」
そうだ。この本と出合ったのは中学生の時だった。
心をつかまれたって言葉を人生で初めて体感した日だった。
それから密かに超短編の小説を書いてはSNSにアップして、消すというのをやっていたっけ。
☆
「え、海君告白されてない? 」
あれは今でも覚えてる。
僕も少しだけ気になってた子がいた。
無邪気で、でも優しく笑うあの子。
高校に入って、文化祭とかでなじめない僕を輪に入れてくれたのはその子だった。
そして学校の授業で書かされた作文を誰よりも褒めてくれたのも彼女。
そんな子からの告白。
嬉しくないはずがない。
でも
”僕”は頭を小さく降ってその場から逃げ出した。
「ごめんなさいしたの? 」
「自分に自信がなかったんです。僕なんかの事好きになって付き合ったってこの子は幸せになれないって」
「後悔してる? 」
「後悔はしてません。多分、その通りなんで。でも、そこに自信が見いだせなかった自分に嫌気はさします」
「君は真面目だね」
真面目、なんだろうか。
ただの臆病者だ。
いや臆病者というのも甚だしいか。
☆
「大学生の僕です」
「今の海君だね」
大きくなった”僕”は身体だけで、心は子供のまま。
全てを俯瞰して、客観視して大人のふりをしてるだけのただの子供。
ただなんとなくでできた友達のような人たちと、卒業できるギリギリを狙った惰性まみれの大学生活。
それでも皆、僕がぼーっとしてる間に知らない所で努力をしていていつの間にか置いていかれていた。
目標も目的も意味も全部どこかに置いてきた”僕”の背中は小さくて、そしてなによりも頼りなかった。
☆☆
長いようであっという間だった僕のこれまでの人生。
これから先、あの青クラゲの背中を大きくできるのは自分次第というわけだ。
さぁ、僕には何がある?
何ができる?
どんなことなら、僕にも。
その答えはもう決まっているきがした。
「あれ、月ちゃんは? 月ちゃんがいない」
ずっと後ろをついてきていたはずの月ちゃんがいつの間にかいなくなっていた。
「月ちゃん? 月ちゃん! 」
不安になって空さんと一緒にあたりを見渡す。
「空さん、あれ」
僕らが進んでいた方向の先、ぼやっと何かが光っていた。
その光に向かってひたすらに進んでみる。
光には
「月ちゃん、家族に会えたんだね」
月ちゃんとその家族が。
もう離さないよって言っているみたいに強く抱きしめていた。
そんな月ちゃんが触覚で光の先を指す。
そこには機関車の入り口があった。
「これに乗れば僕らの世界に帰れる? 」
月ちゃんはうんうんと頭を振った。
そっか。
これに乗れば、元の世界に戻れるんだね。
「月ちゃん、お別れだ。短い間だったけどありがとね」
「月ちゃんありがとう! 楽しかったよ」
元の世界に戻ればまたあの日常が戻ってくる。
きっとしんどい、疲れた、もう諦めようか、逃げ出そうか。
そう思う時が来ると思う。
それでも、自分の心の中に眠っていた僕の本当の気持ちに気づけたから。
今までの僕とは違うよ。
「じゃあね」
月ちゃんに手を振り、機関車の中に1歩、足を踏み入れた。
****
「すごい私機関車なんて初めて乗ったよ」
「しかも空飛んでますよ」
まるで銀河鉄道の夜だ。
この機関車が僕らを送ってくれるなんてほんとどこまでも夢のような話。
「海君はこれからどうするの? 」
空さんは外の景色よりも僕の目をまっすぐ見てそう言った。
まるで空さんの中でも答えが分かっているみたいに僕に何かを促すように聞いてきた。
だから僕もまっすぐ空さんの目を見て、自分に言い聞かせるように口を開く。
「さっき、僕の人生を振り返って気が付いたことがあるんです」
「おぉ、なんだい? それは」
「文字を通して人をわくわくさせたり感動させるのが好きだったなって」
それは本当に小さなころから。
誰かに手紙をこっそり渡しては「ありがとう」と言われることに喜びを感じていた。
読書感想文を読んで、僕が読んだ本を買ってくれたりそれで賞をもらうことが嬉しかった。
だれも見てくれない小説を書いても、たまに立ち止まってくれる人がいてそういう数少ない人にでも言葉が届くことが好きだった。
僕の文章を読んで誰かを救うとか、人生を変えるとかそんな大きな事じゃなくていい。
少しでも誰かが何かをするときにそっと背中を押せるような、何かにくじけそうになった時にすっと体を支えられるようなそんな存在になりたい。
「言葉を、紡いでいきます」
僕の言葉を聞いて空さんは月ちゃんのようにうんうんと笑顔で頷いた。
そして伸びを1つ。
「私も、自分の見失ってたものに気づいたよ」
「見失ってたもの? 」
「うん。今まで仕事に追われて、結構こなすことばかりを気にしちゃってたんだよね」
それは空さんから出る言葉にしては少し意外なように感じた。
「でもなんで今の就職先を選んだのか、どんな気持ちで、どんなことを夢見て就活してたのか、それを思い出したよ」
空さんは凄くすっきりしたような表情でこちらをパッと見た。
吹っ切れていて、素敵な笑顔だ。
「私は、まだ光を浴びていない芽を見つけて光へ導くよ」
何かを比喩しているような、でもその言葉にいい意味で他意はないような、そんな目標を掲げる空さんを見て僕も「よし! 」と気合をいれた。
機関車が速度を上げる。
もう、きっと終点だ。
空さんともお別れなのかな。
本当に不思議な体験をした。
どれもこれも空さんと出会えたから。
機関車が強い光へ吸い込まれていく。
まぶしくて目を細めてしまう。
「空さん! ありがとうございました。必ず、必ず言葉を紡いでいきます。いつかあなたに届くように」
「海君、こちらこそありがとね。待ってるよ! 絶対だからね! 」
その言葉を最後に、僕らは光に包まれ目を閉じた。
****
「ん....」
眠っていたのか。こんなところで?
なんだかすごく長い夢を見ていた気がする。
手元には大好きな本の大好きなページ。
そばに置いておいたレモン味の天然水は暑さでぬるくなっていた。
「あ、カバン」
危ない。カバンの中には財布だって入ってるのにこんなところにほっぽって。
夢の中に出てきたあの空さんという女性、その人はどこにも見当たらなくてさっきまでのが夢だったんだと僕に嫌でも証明する。
少し残念な気持ちもするけどでも心はすっきりしていた。
僕の、するべきことを見つけたから。
「帰ろう」
自転車にまたがり、強く漕ぎ出した。
未来の目標に向かって。