一面群青色の空。
うっすらと星が散らばっているそこではクラゲが空を泳ぎ、目の前を歩いて、普通に生活してた。
「え、何ここ? クラゲ? クラゲって陸で暮らせるの? 」
「いや、陸では暮らせないだろうし多分1番最初に気になるのそこじゃないです。あの、空さんって....」
「え? あ、そうか。いやいや私の力とかじゃないからね。ただ走ってみたらここにいたのよ」
一瞬この人は何か特殊な能力を持った主人公か何かかと思ったけどその可能性はだいぶ食い気味で否定されてしまった。
だとしたらここはなんなんだ。
クラゲが傘の部分をフッとしぼめるたびにぽわんぽわんと可愛い音が鳴る。
まるで水の中にいるみたいなのに水の中じゃない。
不思議すぎて、とりあえず1回ほっぺをつねってみた。
「どお? 夢じゃなかった? 」
「現実ですね」
その様子を見て空さんもここが現実なのか確認を取ってくる。
ここは紛れもなく現実っぽい。
「ちょっとさ、探検してみようよ」
気になることには一直線の空さんはここが夢ではないと分かるとすでに楽しそうだ。
普通に街みたいになってるここはクラゲたちが散歩していたり、お店でお買い物していたり、ほんとに人間の住む世界と変わらないように感じる。
とりあえずもう興味しかない空さんと目の前にあるお店に寄ってみることにした。
ここは、アイス屋さんかな?
ショーケースの中に色んな味のアイスが並べられていておいしそう。
「ここってお金これでいいのかな」
買う気満々の空さんが500円玉を財布から取り出して見せてきた。
確かに、クラゲの世界もお金はこれなのか。
「あ、今からあのクラゲが会計しますよ」
前にいたクラゲがアイスを購入するらしいのでそれをじっくり見る。
意識しなくても視線は釘付けだ。
だってクラゲが買い物してるんだよ?
想像できる?
またぽわんと音を鳴らしながら触覚でショーケースのアイスを指さす。
言葉はないみたい。
店員と思わしきクラゲも同じのを触覚でさして「これ? 」と聞き返してるみたい。
カップに器用に盛り付け、会計は....。
取り出したのは小さな星屑だった。
クラゲの透き通った触覚にキラキラと小さく光るそれはよく映えて、まるで今僕らの頭上にある薄暗い有明の空みたい。
「残念。お金これしか持ってないもん。私も食べたかったな~」
手のひらにある500円玉を残念そうに財布にしまう空さんの手を、半透明な何かがスッと止めた。
「えっ! びっくりした~。クラゲ、さん? 」
いきなり近づいてきたクラゲに触れられてさすがの空さんも驚き全開だ。
とっさに”さん”付けをしてしまうくらいにはてんぱっているみたい。
空さんの手に添えられた触覚をそのまま上げ、スイスイっと指をさすように僕らの後ろを指した。
「あ、もしかして両替できる? 」
そう言う空さんにクラゲはうんうんと頷いて見せた。
言葉はないけど会話が出来ている。
そしてなんだかかわいい。
どこかを動かすたびにぽわんぽわんと音が鳴るからそれが声みたいで面白い。
「海君、お金交換してくれるって。行こ! 」
相変わらずワックワクの空さんはまたもや僕の手を引いてクラゲに「ありがとう」と言い両替所まで一直線だ。
「これ、かえてくださーい」
料金所のクラゲは僕らのお金をまじまじと珍しそうに見た後、星屑を100粒程くれた。
僕らの500円は星屑100粒くらいの価値らしい。
せっかくなので2000円近く両替してもらってクラゲが親切にくれた巾着にいれ、さっきのアイス屋さんに戻った。
見た目凄いカラフルだけどいかんせん言葉がないので文字もない。
これ、何味なんだろ....?
アイス1つとっても本当に不思議な世界だった。
とりあえずストロベリーと思わしきものを空さんが、チョコチップと思わしきものを僕が購入して自信満々に星屑と交換した。
いくらか分からずてきとうに手の平に星屑を出してみると30粒くらいをスッとすくいあげ、小さく会釈してくれた。
カップに盛られた冷たいアイスをベンチに座って口に運ぶ。
「んっ! 美味し~」
「ほんとだ。美味しい」
正直、怪しさが拭えていなかった分味はこそまで期待していなかったけど、まさかの絶品だ。
何味かは....分からずじまいだけど。
パクパクと簡単にアイスをたいらげてしまい、さあ次はどうするか。
僕らが目を向けなければならないのは
「ここってどうやったらぬけだせるんですかね」
これだ。
いくらクラゲがかわいくてここが平和で楽しくても僕らは人間だ。
クラゲじゃない。
現実は厳しいものでいつまでもここでのらりくらりというわけにはいかなかった。
「あ、スマホ」
「確かに。誰かに連絡取ってみるか」
2人で一緒になってスマホを開いて、2人で同時に同じ言葉を発した。
「「圏外だ....」」
スマホは圏外。
さあどうする。
「私達ってここにどうやってきたっけ」
「どおって。走ってたらここにいました」
「走って、まぶしくなって、急に体がふわっとして、目を開けたらここにいたよね」
「そうですね」
「なんも手掛かりないじゃん」
「そうですね」
「だめじゃん! 」
分かりやすく頭を抱える空さんに少しクスっとしてしまうけど実際笑ってる場合ではない。
どこから来たのか分からない。
クラゲは言葉がしゃべれない。
スマホは圏外。
まあまあピンチだ。
「とりあえずさ、歩いてみない? 」
多分そらさんは計画を立てる派というよりも行き当たりばったり派なんだと思う。
出会って走り出した段階から計画性が一切見えない。
多分僕らが違う形で、例えばクラスの同級生とかバイトの先輩後輩とか仕事の同期とかで遊びに行く機会があればきっと一悶着あっただろう。
僕が計画派だから。
今はこの行き当たりばったりに助けられている。
”とりあえず”という僕の辞書にはない言葉に従って散策してみることにした。
クラゲのアクセサリーショップはガラスの気泡のようなピアスがゆらゆらしていて綺麗だ。
クラゲのカフェは凄くにぎわっていて楽しそう。
クラゲの病院は触覚が切れていたりコブができているクラゲが数匹いた。
あたり前かもしれないけどどこにいてもクラゲクラゲクラゲ。
ぽわんぽわんと音が飛び交い、皆ゆったりだ。
僕らの事を珍しがっているようなクラゲもいたけど、基本皆のんびり。
まるで、元の世界で僕が望んでいた世界みたい。
何もしなくてよくて、ただゆったりと時間がすぎるままに生きていく。
勉強も就活も何も、しなくていい世界。
それがここなような気がした。
「ねぇあのクラゲ、迷子かな」
そんなゆったりした空間の中に1匹だけ忙しくいったり来たりしている小さなクラゲがいた。
確かに、キョロキョロして何かを探してるみたい。
「話しかけてみよ」
僕なら絶対にスルーだけど、空さんは僕の返事を待たずしてそのクラゲのもとへ走って行った。
こうなったらもう着いていくほかない。
空さんは腰をかがめ、クラゲの子供と背丈を合わせて優しく声をかけた。
「こんにちは。どうしたの? 迷子? 」
クラゲの子供は一瞬僕らを見て戸惑いを見せたけどニコニコの空さんをみて警戒心が溶けたのか「うんうん」と頭を縦に振った。
「クラゲも迷子になるんだ」
「そりゃあなるでしょうよ。一緒にさがそ」
「いちいち”クラゲの子供”って呼ぶの面倒じゃないですか? 」
「確かに。お名前あるの? 」
2人してクラゲに注目するけどクラゲの子供は”?”と首を傾げた。
また、ぽわんと音が鳴る。
「ないのか~海君何か考えてあげてよ」
「僕ですか。え~」
「ほら、クラゲの本読んでたじゃん」
「それはそうですけど....」
これまでの人生、人に名前を付けたことはもちろんないしペットも飼ったことがないから何かに名前を付けるという行為をしたことがなかった。
僕の方をぽかんと見るクラゲの子供と僕の方を期待のまなざしで見る空さんを交互に見て「うーん」とうなった。
「じゃあ、月で」
「つき? つきって月光のつき? 」
「そう。空にある月。るなじゃなくてそのままつき」
「いいじゃん! 月! かわいい~」
「君がそれでよければ」
次は僕と空さんがクラゲを見た。
クラゲの子供はさっきまでより大きく「うんうん」と大きくうなずいてくれて安心する。
「月君? 」
フルフル
「月ちゃん? 」
うんうん
「月ちゃんか! じゃあ月ちゃんのお母さん探し、let's go~」
心なしか月ちゃんはさっきより明るくなった気がする。
空さんの掛け声に自分も触覚をピンとあげて「お~」って言ってるみたい。
僕らの、月ちゃんを親御さんまで届けよう大作戦が始まった。