人を好きになるって、どうしたらいいの?


教室の窓からぼぉーっと外を眺める。グラウンドでは次の授業が体育なのかジャージに着替えた人たちがちらほらいて、すでに準備運動をしていた。
今日はいい天気だなー水色の空がキレイだし、たまに吹く風に草木が揺れて…

“俺が庸司先輩に恋を教えるので代わりに半年付き合ってください”

ふと思い出すのは昨日のこと。勝手に結ばれた私と是枝くんの恋愛条約。
全然わからないんだけど、教える代わりに付き合えってちっともわからないんだけど。私が人を好きになるなんて考えられないから。

この先もきっと、私は誰も好きにならない。好きになれない。

知りたいとは思ってるけど、恋がどんなものなのか…

「純夏ちゃん、次移動だよ!」

「柚!え、そうだっけ!?」

「うん、次音楽だから。一緒に行こ!」

あわてて机から音楽の教科書と筆箱を取り出し教室を出た。音楽室まではちょっと距離がある、チャイムがなる前に急がなきゃといつもより速足で歩いた。

「そーいえば純夏ちゃん告白されたって言ってたじゃん?もうそれで終わっちゃったの?」

「え…っ?」

柚が瞳をきゅるきゅるさせて聞いてくる。柚には断った話を昨日した…、なのにその続きを聞かれても。

「…え、どうして?」

「単純に気になったからだよ。だって告白されて意識しちゃうこともあるし、知らない相手だったらこれから知る中で好きになる可能性もあるし、お友達から始めたりしないのかなって」

お友達どころか恋人として始まることになったんだけど。
私は断るつもりでいた、なんなら断ったつもりでもいた…のに!想定してなかった展開に1番戸惑ってる状況をどう話せばいいのかわからなくて…

“内緒にしてくださいね”

あれは誰に対しての配慮なの?私への?是枝くんへの?それとも…だけど言ってはいけないのかと思って、咄嗟に誤魔化した。

「もう何ともないよ!断ったよから!もう全然関係ない!」

今後そうなるだろうとも思っていたから。

「そうなんだ…、純夏ちゃんの恋バナ聞くの楽しみだったけど純夏ちゃんにその気がないならしょーがないよね」

「うん…」

ごめんね、柚。その願いは一生叶うことないと思うよ。

「柚さんっ」

「あ、七え…じゃなくて瑞穂(みずほ)くん!」

廊下を歩いてる途中で七江くんと擦れ違った。頬を染めながら小さく手を振る柚に、七江くんも恥ずかしそうにペコッと頭を下げた。前髪の長い七江くんは顔の表情がわかりずらくてよく見えなかったけど、耳が赤くなってるのだけはわかった。そんな姿を見て、さらに柚が顔を赤くした。

「照れ過ぎじゃない?」

こっちまで伝染しちゃうんじゃないかと思うほど、隣にいるだけで体温が上がる気さえした。こんな顔、私には無理だ。

「照れるよ!だって恥ずかしいじゃん!」

持っていた音楽の教科書で顔を隠して俯いた。

「…名前呼んでくれたんだもん、嬉しくて…っ」

七江くんも“柚さん”って呼んで、柚も“瑞穂くん”って呼んでた。しかも1度七江くんって呼ぼうとして、呼び直していた。

「今度会ったら下の名前で呼ぶねって言われたの、だから…じゃあ私も下の名前で呼ぶねって」

どんどん声が小さくなっていく、それ以上教科書を握ったら折り曲がっちゃうんじゃないかって変に心配してしまった。恥ずかしそうだけど、そこには愛しさがあって、ドキドキしてる柚の鼓動が伝わって来そう。
…名前で呼ばれただけでそんな反応できるんだ。それってどんな感覚何だろう。

「そ、それでね!今度!」

バッと教科書を顔から外して、ギュンッと私の方を見た。その動きから見るからに興奮してる。

「ふ、2人で遊びに行くことになったの…!」

潤んだ瞳に染まった頬、高くなった声にぎゅっと教科書を握りしめた手、全身で喜びを表してるみたい。

「デートってこと?」

「うん、…誘ってくれて!」

「よかったね!やったじゃん!」

誰よりも可愛く笑う柚に私も嬉しくなった。

「いつ遊ぶの?」

「今週の土曜日!」

「もうすぐじゃん」

「うん、すっごい緊張するよね…!」

はぁ~~~っと長い息を吐き、でもそれが全然嫌そうじゃない嬉しいタメ息ってあるんだなって。恋をするって素敵なことなんだろうな。そんな風には思えるのに。

「それでね、服何がいいかなってずっと考えてて!」

ごそごそを制服のスカートからスマホを取り出して画面を見せてくれた。

「このスカートとかどうかな!?気合い入り過ぎかな…っ」

柚がいつも使ってるショッピングサイトを開こうとしてスマホをタップした時、途中だった動画が再生された。しかもボリューム設定をしてなかったのか結構な大きな音で廊下に響いた。

「これは、学習型ロボットと呼んで良いでしょう」

あわあわしなが柚がスマホの側面に付いた音量ボタンを押そうとするも、テンパってしまって上手く押せず続きのニュースが流れる。

「人工知能…AIロボットでありながら、日々の生活で物事を吸収し、生活に生かすことが出来る学習機能も搭載されているstead(ステッド)は未来においてあらゆる現場で期待されそうですね」

そのまま焦って電源ボタンを押すことでニュースを止めた。

「そうだ、昨日これ見てたんだったっ」

さっきとは違う恥ずかしさで声色を変えた。前にも気分を高揚させながらstead(ステッド)の話してたもんね、それほど気になってるんだね柚は。そんなにstead(ステッド)の話ー…

「すごいねstead(ステッド)!ロボットも学ぶんだね、私たちと一緒で」

「そうみたいだね」

「日々勉強、ってことかなぁ…人間もロボットも!」

一度止めてしまった足を動かし始め、音楽室へ向かう。そろそろチャイムが鳴ってしまいそうだ。

「今日の音楽、校歌のテストだしね。柚練習してきた?」

「したけど全然歌える気がしないの!どうしよう!?stead(ステッド)だったら上手く歌えるのかな??」

「どうだろうね~、歌も歌えるように作られてるのかな~」


****


律儀に待ってしまう自分の性格をどうにかしたい。どうしても公園の前を通り過ぎることができなくて是枝くんが来るのをベンチに座って待ってしまう。
てゆーか早く来いよ~~~~~~!!!

「はぁ…」

これは柚のタメ息とは全然違う、迷いと悩みが詰まったタメ息。これから起きることに憂鬱しか感じてなくて。こてんっとベンチの背もたれに体を預けた。見上げた空の透き通るような水色が眩しくて目を閉じようかと思った。

「庸司先輩!」

わっと言わんばかりの表情で上から現れた。さっきまで空を見ていたのに、私の視界には是枝くんしか映ってなくて。

「…こんにちは」

「俺のこと待ってました?」

「待ってろって言われたからね」

あまりにじーっと私を見てくるから、思わず眉間にしわを寄せてしまった。

「…あの邪魔なんだけど、どいてくれる?」

是枝くんの顔を避けるように頭を起こした。乱れた髪をサッと直して、出そうになるあくびをグッと堪えた。

「…で、付き合うって何するの?」

「庸司先輩やる気ですか!」

「そうじゃないから!」

さっさと終わらせて帰りたいだけ、こんなことしてもどーせ無駄なんだから。この無駄な時間を一刻も早く終わらせたいの。
是枝くんがスクールバッグを置いて隣に座った。

「じゃあまずはそれっぽく名前で呼び合いませんか!」

「…いいけど」

みんな名前で呼ばれるの好きなんだな。ただの名前なのに、名刺みたいなものなのに。私のことを“庸司先輩”と呼ぶ是枝くんが、下の名前で呼んだところでー…

「純夏先輩」

にこっと微笑みながら私の名前を呼んだ。ふわっと髪が揺れて、白い肌にかかる。
整った顔が絵になるなぁ、なんて思ったりして。まぁ、思うだけなんだけど。

「どうでした?キュンとしました?」

「特に何も思わない、無って感じかな」

「無ってせめて何か感じてくださいよ」

「そう言われてもただ名前呼ばれただけだから」

感想は?って聞かれたら、紛れもなく私の名前だなとしか思えなかった。きっと是枝くんの希望には添えてない。

「…喉乾きましたね、なんか飲み物でも買ってきますか」

「諦めるの早くない?」

是枝くんとペットボトルのジュースを1本ずつ買った。また出そうになるタメ息を抑えながら、隣に座る是枝くんに訴えかける。

「こんなこと絶対無謀だと思うよ、そんな簡単に誰かを好きになるなんてことないから」

「そうですね、簡単ではないかもしれないっすよね~」

「めちゃくちゃ簡単に返して来るんだね」

ペットボトルの蓋を開けて一口オレンジジュースを飲んだ。是枝くんはまだ蓋も開けず、うーんっと考えてる。

「私、本当に人を好きになれないの。ドキドキしたり、キュンとしたり、想いを馳せるような…そんな感覚備わってないんだよ、全然わからないもの」

みんなどうしてあたりまえのように誰かを好きになるんだろう。どんな瞬間に、どんなキッカケで、この人だって思うんだろう。それが不思議で仕方ない。

「それにさ、恋の仕方って教えるものじゃなくない?」

教えてもらって恋ができるなら、私だってもう恋してる。だって理屈じゃないんでしょ?恋って。

「でも純夏先輩は俺に恋の仕方を教えてくれましたよ」

是枝くんが静かに息を吐くように呟いた。

「…教えた覚えないんだけど?」

「俺は純夏先輩に出会って恋を知りましたから」

今度は私の目を見て、決して離さないような瞳で。

「恋ってすごいなーって思います。だって明日の活力になるんですよ?」

その瞳はなんて清らかなんだろう。今日の空に負けないぐらい透き通ってる。

「また明日もがんばろうって思えます」

「…是枝くんってキレイな顔してるよね」

「あざまーすっ」

ここはドキッとかしちゃうシーンなんだろうな、きっと。私以外の子なら絶対。好きになってたよ、是枝くんのこと。

「でも約束は半年なんで、まだ時間はありますからね」

「…そう、がんばってね」

全然気持ちの入らない応援をした。半年間、半年後はどうなってるのかな。私も、是枝くんも。

「純夏先輩、今週の土曜日空いてませんか!デートしませんか!?」


****


是枝くんの提案はいつも突拍子もなく脈絡もない。まるで毎日を必死に生きてるみたいに。だから断ることができなくて。
勝手に約束を取り付けられた土曜日、駅前の時計台の前で待っていた。
デート…?服なんて持ってないし、何を着たらいいかわからなくて、柚がデートに着ようと思ってる服を聞いて同じようなコーディネートにした。大きめリボンの白ブラウスに、ミニ丈の黒キュロットスカート…ヒラヒラしたブラウスが少し恥ずかしい。てゆーかこれだと逆に気合い入りすぎだったかな!?もっと無難なのでよかったかな、そうゆのも全然わからなくて…少しだけ憧れを詰めてしまった。

「純夏先輩!お待たせしました!」

約束の時間ちょっと遅れて是枝くんがやって来た。

「すみません、電車が遅れて!」

「全然大丈夫だけど…、是枝くんって電車通学だったんだ」

「俺のこと1つ知ってくれました?」

「……うん」

是枝くんのこと知らないとは言ったけど、会って早々情報を送って来られるとは。もうすでに始まってるんだと思った。それを知ったとこでそれがためになるかはわからないけどね。
いつも制服姿しか見ていない是枝くんはいつもと雰囲気が違った。

「純夏先輩、今日可愛いですね」

なんの躊躇いもなく是枝くんが言うから。

「…ありがとう」

こそばゆかった。絶対微妙な顔をしていたに違いないのに、そんな私を見て是枝くんがなぜか微笑んだ。

「…なんで嬉しそうなの?」

「嬉しいっすよ、だって純夏先輩と休みの日を過ごせるんすもん!」

是枝くんはすぐ顔が赤くなるようなことを言う…これが私じゃなかったらたぶん赤くなってた。

「じゃあ行きますか」

「どこ行くの?」

「お腹空いてませんか?」

「あー…まぁ、うん」

「まずは腹ごしらえっすね!」

是枝くんに連れられてきたところ、映えると人気なハンバーガーのお店…らしい 。ここに来るまで手に持ってる人何にかと擦れ違ったから有名なお店なんだろうな。

「純夏先輩、ここ来たことありますか?」

「ううん、ない」

それどころか今知ったし。

「1つはちっちゃいんですけど、重ねると結構ありますから1個買って分けませんか?」

是枝くんがメニューを指さしたからコクンと頷いた。普通のハンバーガーと違って映えると人気な理由は、とにかく可愛いから。アイスクリームを入れるようなコーンスリーブの下の方にはポテトが敷き詰められ、その上にはミニハンバーガーが3段も積み重ねられてる。持ち歩きができるように、崩れないよう串で固定されたハンバーガーは本当にコーンに入ったアイスを食べるような見た目をしていた。
そうだねこれは、可愛い…って柚なら言いそう。同じのを買った子たちも可愛いって連呼しながらスマホで写真撮ってるし、手のひらサイズのハンバーガーがころんってしてて確かに可愛いかも。

「純夏先輩っ」

「わっ」

是枝くんが一緒に買ったジュースを私の頬に当てた。私がびっくりして動いたから氷が音を立てた。

「何!?」

「あんまりハンバーガーに夢中だったんで」

「夢中っていうかっ」

「気に入りました?」

そう言って私にジュースを渡して、交換するようにハンバーガータワーと持ち替えた。はいっ、と串に刺さった1番上のミニハンバーガーだけを取ってくれた。

「…ありがとう」

ちっちゃいのにぎゅっとしたお肉は食べ応えありそうだった。ひとくちかぶっとかぶりついた。あ、すごい。意外とジュワっとする。
是枝くんもミニハンバーガーを1つ取って口に入れた。ミニハンバーガーってこともあって、一気に半分なくなった。そんな大きな口で食べるんだな。
…てゆーかこれがデートなの?ただ一緒にハンバーガー食べてるだけのような気もしないんだけど、人はこれをデートって呼ぶのかな…

「ねぇ、是枝くんってさ…」

「はい」

「本当に…死ぬの?」

様子を伺うように少し顔を上げて是枝くんを見た。余裕たっぷりな顔で笑ってた。

「死にますよ、半年後に」

死期なんて誰にもわからないのに、是枝くんにそんな能力があるの?それを受け入れてるから笑っていられるの…?いや、そんなことあるわけ…っ

「元気そうに、見えるけど?」

「人の死は病気だけじゃないですよ?」

「そうだけど…」

「信じてませんね」

不敵に笑うから、その笑顔に圧倒されて何も言えなくなった。

「でも信じても信じてなくてもどっちでもいいんですよ」

「え、いいの!?」

「だって、今こうして純夏先輩が一緒にいてくれてるんで」

「…っ」

もしこれが嘘だとして、嘘を付いてまで私といたいってことなの…?でもそんなことされて嬉しい、とは思わないんだけど…。

ミニハンバーガーを1つ食べ終えると是枝くんがもう1つ串から取ってくれた。

「私はもういいよ、是枝くん食べて」

「そうですか?じゃあ…」

そのまま口に運ぶと思いきや、もう一度タワーに戻した。

「次、あっち行きませんか!?」

「えっ!?」

その手で私の手を引っ張った。不意を狙われたみたいに、手を繋ぐ形になった。
それには急に感じてしまった。デートだ、これはデートだ…!

「行きたいとこあるんですよね!」

是枝くんが走れば必然的に走ることになって、繋がれた手に誘われるように後ろを走った。手に持ったジュースが零れるんじゃないかってちょっとだけドキドキして、是枝くんの背中を見ながら走った。

「ここです!よかった間に合った!」

是枝くんが足を止めたところ、これは駅の裏側にある大きな公園の…噴水?円になった噴水の真ん中のせり上がった台には女神のような姿をした女性の像が立っていて微笑みかけてるみたい。

「もうすぐ12時なんであとちょっとで始まると思うんですよね!あ、ほら!」

カチッという音と同時、さっきまで女神の周りからチロチロとゆっくりでていた水が一気にワァーっとまるでシャワーのように降り注ぎ始めた。水に勢いでシャワーが膨らんだり萎んだり、周りの草木も相まって女神様の恵みの雨のようにも見えた。

「これよくないですか?俺これ見るの好きなんすよねー」

時折風が吹いて、水が一緒に吹かれてくる。

「噴水っていいですよね、なんか…」

きゅっと繋いだ手が熱くなって、是枝くんの体温が伝わってくる。そんなに想いを馳せるものがあるなんて。

「めっちゃワクワクするんですよね、わー!水だー!みたいな」

二カッと笑う是枝くんについ声が漏れてしまった。

「ふっ」

「え、今純夏先輩笑いました?」

「ふふっ、あはは…っ」

「なんで笑ってるんですか?今そんなにおもしろいことありました!?」

ほんの数分、すぐにまたチロチロと流れる水に戻った。女神様の恵みの雨は終了した。

「だってっ、そんな、ふふっ」

「笑って全然話せてないじゃないですか!」

「そんないい顔してすっごい風情ある感想言うのかなって思ったら、小学生の日記みたいなこと言うんだもん!」

それはちょっと予想外だった。見たまま過ぎる感想にかしこまった私は一体何だったのかっていうぐらい。絶対私の方が上手いこと言えたと思う。

「いいじゃないですか!感じ方は人それぞれです!」

「うん、そうだね」

「まだ笑ってる!」

恥ずかしそうに視線を逸らした是枝くんに私の表情筋は緩んだままだった。そっか、そんな人なんだね是枝くんは。

「…喉が乾きました」

「あ、まだジュースあるよ。てゆーか一口も飲んでないし」

逸らした視線をこっちに戻した、少しかがんで私に顔を近付けた。

「じゃあ、飲ませてください」

「えっ」

私よりたぶん15センチぐらい背の高い是枝くんは顔を傾けないと私と目が合わない。だから余計に近くに感じた。

「ジュースあるから!自分で飲みなよ!」

「でも俺手塞がってるんですよね~!右手はハンバーガータワー、左手は純夏先輩と手繋いじゃってるんで」

「離せばいいでしょ!」

「嫌ですよ、だってこれデートですもん」

そうだ、忘れてたけどこれが是枝くんだ。この何の根拠もない言い訳で押してくるのが是枝くんだった。

「…~っ」

困る私にニヤッと笑って、“ください”と小声で呟いた。
話してくれない右手を横目に、持っていたオレンジジュースを差し出して是枝くんの口に近付ける。あーんと開いた口にストローを持っていくとぱくっと捕らえられた。ゴクゴクと飲む音が聞こえる。それくらい近いから。

「ありがとうございました♡」

「………。」

なぜだかわからないしてやったり感。でも1つ思ったことがあって…

「なんか今の…」

「キュンとしました?」

「ひよこみたいだった」

「え?」
エサをあげたらぱくって食いつくあの感じ、昔よく見てたひよこに似てた。私につきまとって離れようとしない感じもひよこっぽさある。

「是枝くんはひよこ系男子か」

「なんすかそれ、全然嬉しくないんですけど」

「そう?可愛いのに、ひよこ」

頭を下げるようにグッと近付いて覗き込むように私の顔を見た。

「俺はどっちかっていうとカッコいいって思われたいんですけど?」

「………っ」

その距離はさっきよりも近付いていた。そしてくすっと微笑んだ。

「でも、純夏先輩の笑った顔が見られてよかったです」

私が笑ったところで何もない。私だって笑うぐらいするし…
それによかったなんて言われても、どう答えたらいいかわからないんだけど。これが本当に恋になるのかな…

「残りのハンバーガー食べますか」

噴水の前にあったベンチに座ってすっかり冷めてしまったハンバーガーとポテトを分け合って食べた。
恋の仕方を教えてくれるとは言われたけど、ちっとも学んでる気はしない。それとも今現在も恋の仕方を教えてくれてる最中なのかな…付き合ったことのない私にそれを考える頭もないんだけど。
ごちそうさまでしたと手を合わせる是枝くんと向き合って一緒に手を合わせた。

「次行きますか!」

「まだあるの!?」

「まだ始まりですよ!」

ゴミを持った是枝くんがスッと立ち上がった。近くのゴミ箱に捨てて、くるっと振り返って何も言わず私の手を取った。

「え!?」

そのままあまりにもナチュラルに歩き出すから、キュンとするかどうかではなくもはやこれが普通みたいな。

「……。」

「何ですか?」

「いや…、何でも」

何かあったけど、目を合わせたらなぜか何も言えなくなって。
…この状況っていいのかな?合ってるのかな?別に正解なんかないんだけど!
嫌じゃないから離さない。そう考えたら、それも当てはまる…のかな?どうなんだろう?ぐるんぐるんと頭の中でまとまらない感情が回ってる。やばい、キャパを超えそう。
でも、ひよこみたいな是枝くんは少しだけ可愛かった。

「純夏先輩、カラオケとボウリングどっちがいいですか?」

「どっちでもいいけど…」

「カラオケのが人目が気にならずにイチャイチャできますね」

「じゃあボウリングで」

そーいえば私ボウリングってしたことあったっけ?記憶にある限りないかもしれない…!

スパァァンッ、と気落ちいいくらいのピンを倒す音が響いた。弾け飛んだピンは1本も残らずその場からなくなった。

「純夏先輩めちゃくちゃ上手いじゃないっすか!!」

自分でも知らない才能があったらしい。初めて投げたボールはど真ん中を突き抜けた。

「俺も負けてられないんですけど…」

すぅっと息を吸って、急な緊張感と共に是枝くんがボールを持った。ボウリング結構自信あったんだけどな、なんて呟きながら。

「………。」

精神統一でもしてるのかレーンの前に立っただけで全然投げる素振りを見せない。モニター越しの是枝くんの背中を見ながらイスに座って見ていた。

「純夏先輩!」

振り向くことなく呼んだから。

「これでストライク出したら俺の事、名前で呼んでください」

何を言われるのかなって少し身構えてた。
名前…か、名前ね…

「……。」

「え、俺の名前知らないっすか!?」

今度はこっちを向いた。眉をハの字にして、すぐに前を向いたけど。

「…まぁ、いいっす。投げます」

名前か…確か最初に聞いたよね?君のこと全然知らないからって言った時、自己紹介された…何だったけ?名前…確か、名前は是枝…

「利津くん!」

スッと振り上がった腕からボールが落ちる。ガタンッと不格好な音を立てて、カラガラガラとガターにまっしぐらだった。

「!?」

その投げ方もボールの転がり方にもびっくりしたけど、何より私はびっくりしたのはその瞬間振り返った利津くんだった。

「今じゃないっす!!!」

右手の甲で鼻の辺りを隠して、それでも隠し切れない赤くなった顔にこっちが動揺してしまうくらいな。

「聞いてました!?これでストライク取ったらって言いましたよね!?どんなタイミングで呼んでんすか!!」

「いや、だって呼んでって言われたし、ストライク取った後呼ぶ意味もわかんないし…」

「なんでわかんないんすか!わかりますよね!?ご褒美的なあれっすよ!」

なぜご褒美が名前呼ぶことなの?まずそれを教えてほしいんだけど。でも…

「利津くんもそうなるんだ」

柚みたい、七江くんみたい。名前を呼ばれただけでそんな風に。

「そりゃ顔も赤くなりますよ!」

頬を染めたまま戻って来た、ぼそっと何かを言いながら。

「俺は純夏先輩が好きなんで…っ」

「……。」

ふーーーん、…。そういうものか。やっぱそういうものなのか、な…。
もう一度利津くんがボールを手に持った。恥ずかし気に俯きながら。
私からしたら普通に名前呼んだだけなんだけど、私だって名前呼ばれてるだけなんだけど…そんな風になるんだ。…なるものなのかもしれないけど、私からしたらそれは不思議な感覚で。どうしたらそうなれるのかわからない。嬉しいとか思っちゃって、ドキッて胸の奥が鳴っちゃったりするのかな、どうなのかな…どうすればそんな感覚味わえるんだろう。みんな眩しく見えて、私だけがおかしいみたい。


****


「純夏ちゃん、あのね!」

学校へ行くと下駄箱の前で立っていた柚にイキイキとした表情で話しかけられた。私を待ちきれなかったのか教室で待つことさえできなかった様子で両手を合わせて目をキラキラさせている。きっといいことがあったに違いない。土曜日は、デートだったから。

「何かあったの?七江くんと」

「え…、うん」

どうしてわかったの?なんて表情、されなくてもわかるよ。柚の後ろにはふわふわとシャボン玉が飛んでるみたいに喜んでるのがわかったから。

「一緒に遊んだ日にね、…七江くんに告白されたの!」

合わせていた両手を今度は顔に持って行き覆うように隠した。指の間から見え隠れする赤く染まった頬が可愛くて。

「よかったね!」

私まで嬉しくなった。

「…うん、ありがとう!」

恋をするってきっとすてきなことなんだろうね。こんなにも柚をしあわせにして、私まで優しい気持ちにしてくれるんだから。

「やっとだね~、おめでとう!」

「うん、やっと…なんだけど。付き合うってなって、別に変わったことなんかないんだけどまだそんなに経ってないし…でも私七江くんの彼女なんだって思ったらやっぱ嬉しくて」

ポワポワとシャボン玉が増えていく、柚の周りを取り囲んで反射してはきらめいてる。そんな感じ。
だからつい、本音が出てしまった。

「いいなぁ、羨ましいよ」

それだけ誰かを想って、夢中になれるの。想うだけで、しあわせになれるの。

「…純夏ちゃん、彼氏欲しいの?」

「えっ、そーゆうわけじゃないけど。別に彼氏が欲しいとかそんな…」

彼氏が欲しい、わけではない気がする。私が欲しいのはたぶん…

「純夏ちゃんも後輩の子とデートしてみたらよかったのに」

「え!?」

その瞬間利津くんの顔が浮かんできて、わかりやすく変な声を出してしまった。

「案外好きになっちゃったかもよ?」

柚はなんとなく言ったんだろうけど後ろめたい気持ちの方が大きい私にとっては一刻も早く変えたい話題だった。わざと大きな音を立てて誤魔化すようにスニーカーから上履きに替えて教室まで歩き出した。

「ないよ!ないない、絶対ない!」

その後ろを柚がついてくる。

「そんなのわからないよ」

「わかるよ」

だって、私のことなんだから。私のことは私が1番よくわかってる。デートして、楽しいとは思った。それは本当に。だけどそれ以外は何も思わなかった。思えなかった。このまま半年間続いてもきっと変わらない。利津くんに申し訳ないだけだもん。
私には最初からそんな機能備わってないんだよ。欠陥品だよ。


****


stead(ステッド)に欠陥品が見つかりました」

朝、学校へ行く途中何気なくスマホで開いたニュースだった。その言葉に反応してつい足が止まる。

「人型ロボットstead(ステッド)ですが、以前から噂されていた通り私たちの生活の中に潜んでいるということが発表されました。これは欠陥品回収の為、発表せざる得なくなったということですが安全性に問題があるわけではなく人々と触れ合っていても害はないそうです」

情報番組で男の人が話してる。淡々と伝える姿はまるでロボットみたい。

「さらに発表された詳細によりますと、現在存在しているstead(ステッド)は1体。こちらは1番初めに作られたstead(ステッド)であり、初期不良が見られた為元々破棄する予定だったそうですが、手違いで送られてしまったそうです。自主回収をし、回収次第破棄をする予定だそうですがこちらは只今調査中です」

破棄…されるのか、ロボットも楽じゃないよね。ちょっと欠陥があるだけで壊されちゃうのか。

「世の中に紛れ込んでいるというような噂がありましたが、あれは本当だったということですね」

隣の女の人が男の人に話しかけた。

「正式に開発が終了するまで黙ったおくつもりだったそうですが、今回このようなことがおきてしまい言わざるを得なくなったということでしょう」

「欠陥品とは、どのような欠陥が見付かったのでしょうか?」

「詳しくは公表されていませんが、私たちの日常生活をきたすものでも危害を加えるようなものではないそうです」

「そうですか。とは言え、些細な問題であったとしても欠陥品ですからね、何が起きるかわかりませんからね」

「はい、至急回収をしてほしいものです」

別にstead(ステッド)だって好きで潜り込んだわけじゃないのにね、ちょっとダメだったら全部がダメみたいな。欠陥品のレッテルを貼られるんだ。だけど、自分で欠陥品だってわかってるのは…辛い。
目をつぶるように静かにスマホを閉じた。

そんなニュースを朝からやっていたから、なんならもはや世の中はこの話で持ち切りだから、stead(ステッド)大好きな柚が食い付かないわけないって…思ってたんだけど。

「………。」

今日はこの話題で話しかけてくるのかなって思いながら教室の中へ入ったけど何も言われなかった。てゆーか柚の声が聞こえなかった。
ブブッ、とスカートのポケットに入ったスマホが鳴った。席に座りながら確認すると柚からだった。…風邪引いて今日は休みなんだ。
昨日あんなにウキウキしてたのに、今日風邪で休みって…昨日ハシャぎ過ぎたんじゃないの?それもそれで柚っぽくてくすっと笑ってしまった。
そっか、今日は柚は休みかぁ。今日は1日柚がいないんだなぁ。そっか、いないんだ…
恋愛が苦手な自覚はもちろんある。好きな人はできたことないし、恋に落ちる瞬間なんてちっともわからない。だけど、友達付き合いも得意じゃなかったりする。

―キーンコーンカーンコーン…

お昼休みのチャイムが鳴る。お弁当の時間だ、いつもなら柚とご飯を食べるのに…やばい、サンドイッチ片手に1人だ!教室に1人だ!
周りを見渡すとすでにグループはできている。楽しそうにお弁当を開いてる子たちもいる。その場でぼーっと立ち尽くしてる私…いつも柚がいたから気付かなかったけど、柚以外友達がいない。それ故に誰も話かけて来ない。

「……。」

どうしよう、いやどうしようもないか。1人でもご飯くらい食べられるし、1人なんだって思われても別に…

「………。」

しーんとした裏庭、たまに風がふぅーって吹いてる。音はそれぐらいで学校とは思えないくらい静か。錆び付いたベンチに座りながら膝の上にサンドウィッチを置いてはぁっと息を吐いた。
そりゃそうだよね、校舎裏なんてそんなに来ないよね。一応掃除はされてるけど太陽の光さえも十分に当たらない薄暗いこんな場所、いつ来ても誰もいないんだから。柚と仲良くなる前はよくここでお昼過ごしてたなぁ。ここはそんな奴しか来ないー…

「!?」

カサッと人の気配がしたなと思えば、キョロキョロしながら利津くんがやって来た。校舎裏で人に会うなんて初めてだった。

「あ、純夏先輩!」

私を見てぱぁっと微笑んだ。

「こんなとこにいたんですかぁ!」

え、何それ!?探されてたの!?レーダーすごいんだけど!!

「何してるんですか?」

「見ての通り、お昼ご飯だよ」

サンドウィッチを手に持って見せた。コンビニで買った2個入りのたまごサンド…あ、しまった!こんなとこでぼっち飯なんて陰キャ過ぎるかも!

「り、利津くんはご飯もう食べたの!?」

だから慌てて話題を利津くんに振った。

「今日忘れちゃってー、しかもお金も忘れたんで購買にも行けないんですよー」

少し俯いて恥ずかしそうに頭を掻いた。お弁当もお金もないんじゃ、それは確かに困るよね。まだ午後から授業はあるんだし。

「…じゃあコレ、いる?」

持っていたサンドウィッチをそのまま利津くんに差し出した。

「え、いいんですか!でも純夏先輩は…?」

「私そんなにお腹空いてないから」

ん、とサンドウィッチをグッと前に出して視線を外した。ここまで来たら満足しちゃって食べる気にもなれなかったから、別に食べなくてもいいかと思って…渡したつもりだったんだけど。

「じゃあ、半分コしましょう!」

にこにこした表情で利津くんが隣に座った。私の手からサンドウィッチを取ってビニール袋から1つ取り出し、残りのもう1つのサンドウィッチを袋ごと返された。

「はい、どうぞ」

返されたら、それは受け取るしかなくて。

「…ありがとう」

いただきます!とサンドウィッチごと手を合わせた利津くんにつられるかのように一口かじった。お腹は空いてなかったけど、ペロッとサンドウィッチはなくなってしまった。

「ごちそうさまでした!」

「…ごちそうさまでした」

「純夏先輩、ありがとうございました」

食べ終わったサンドウィッチのゴミをくしゃくしゃっと丸めた。裏庭にゴミ箱はないから教室まで持っていくしかなくて、きゅっと手に握った。

「ううん、…てゆーかこれだけじゃ利津くん足りないでしょ」

「いえ、全然!いっぱいです!」

「サンドウィッチ1個だよ!?」

「純夏先輩の気持ちで、いっぱいです」

「…っ」

太陽の光なんて当たらないはずなのに、微笑んだ利津くんがなぜか眩しく見えて。

「純夏先輩は優しいですね」

それは絶対人形みたいに整った顔のせいだ。

「…そんなことないよ、普通だよ」

春が過ぎ初夏に入ろうとする季節、それなのにここだけはどこか冷たい風が吹く。暗くて寂しい場所だから。

「利津くんは絶対友達多いよね。明るいし、人当たりいいし、オマケに顔もいいし、みんなに好かれてるでしょ」

私にはない人生を送ってそうで、それが尚更どうして私がいいのかわからなくなる。一目惚れなんて、私にあるわけないんだもの。

「……。」

「…利津くん?」

何も返って来なかったことが気になって隣を見た。
いつだって笑ってた利津くんが、自分の死を笑って伝えてきた利津くんが、もちろん笑って返してくると思ったのに、そんな表情は初めてだった。目尻に向かってタレ下がっているような瞳がどこを見てるのかわからない、そんな顔してた。

「…そうでもないですよ」

「……そう、なの?」

「だって俺は純夏先輩だけに好かれたいんですからね♡」

「もういいよそれは!」

ぎゅぅっと利津くんが手を握った。それは手の中にサンドウィッチのゴミが入った左手。

「今から、何しますか?」

スッとそのまま手を取り、利津くんの口元まで近付ける。息がかかって左手がほんのり熱くなった。じっと私の目を見て離さない。だから今度こそ私から離した。

「…利津くんにはもっといい人いると思うよ、私なんかより」

別に卑屈になってるわけじゃない。冷静に考えた結果、そう思うだけ。だって、もし本当に利津くんが半年後死ぬって言うなら…私といるのはもったいない。最期を一緒に過ごすのは私じゃない方がいいに決まってる。
だけど利津くんの手を振り払おうにもグッと力が入っていて振り払えなかった。

「離して」

「嫌です、離したくないです」

「……。」

はぁっと息を吐いて拘束された左手を諦めた。

「だって恋愛感情は学ぶものじゃないよね、自然と落ちるものでしょ?いくら利津くんが教えてくれるって言ったって、無理なものは無理なんだよ!」

漫画とか小説だけで得た知識だった。恋はするものじゃない、落ちるものだんだって。
読んでも最初はよくわからなかったけど、だけど…柚だって利津くんだって、あんな表情…あんな表情見せられちゃったら、私はそっちの世界にいけないと思ってしまった。

「そんなのわからないじゃないですか!そうやって純夏先輩が決めつけちゃったら始まるものも始まりませんよ!?」

「…始まらなくていいんだよ」

「俺は純夏先輩と始まりたいんです!何でもいいからっ、純夏先輩と!」

さらに利津くんの私の左手を握る力が強くなった。だけど、その手を握り返すことなんてできない。ただ手の中のサンドウィッチのゴミが小さくなっていくだけで。

「もういいから!恋の仕方とかどーでもいい、もう私につきまとわないで!」

欠陥品の私に恋の仕方はわからない。ただ虚しくなっていくばかりで、好きだと言われたら言われた分だけ孤独になっていく気がした。

「私は私が好きじゃないの、だから好きだって言われても信じられない!」

今度こそ離して!と負けない力で振り払い、校舎裏から逃げるように走り出した。その瞬間午後のチャイムが鳴った。だから利津くんが私を呼んだ声が掻き消されて、振り返らずに済んだ。


****


「昼はすみませんでした!」

「………。」

まさかこんなに早く謝られるとは思わなくて。てゆーか謝るのは私の方な気がするけど。
学校からの帰り道、いつものようにあの公園の前を通ろうとした。普段は私の方が先に通るのに、今日に限って利津くんの方が早くてベンチどころか公園の入口に立って私を待っていたみたい。

「…私の方こそ、ごめんなさい」

そんな風に思いっきり頭を下げられたら、もちろんそう返すしかない。ペコリと同じように頭を下げた。

「とりあえず、仲直りってことでいいっすか?」

「…いいっす」

利津くんのペースになるとどうしても乱される、もうしばらくは話すことなんかないって思ってたのに。それくらいの覚悟だったのに。
なんで利津くんは私に、そんなに興味があるんだろう。

「あの、一緒に帰りませんか?」

利津くんの誘いにうんと頷いて歩き出した。利津くんの隣に並んで、なぜか少しだけ一緒にいることがあたりまえのように感じてそれは居心地が悪いわけじゃないんだけど。

「純夏先輩は自分のことが嫌いなんですか?」

「え…」

“私は私が好きじゃないの、だから好きだって言われても信じられない!”

つい大声で言い放ってしまった、でもそれは本当のこと。

「…好きではない、かな」

「わかりますよ、俺も自分のことは好きじゃないんで」

「え!?嘘だよ、利津くんが思うことじゃないでしょっ」

「思ってますよ」

目を細めて、まばゆそうに小さく笑った。いつになく落ち着いた声だった。

「思ったことは言いたいし、やめときゃいいのに突っ走っちゃってそれで失敗することも多いんで」

「あー、うん…それはなんとなくわかるかも」

だけど利津くんがそんな風に思ってるのは意外だった。いつも笑ってたから。

「自分を好きになるのも、誰かを好きになるのも、簡単そうで難しいんですよね」

利津くんが空を見上げたから、同じように上を見た。夕暮れにはまだ早くて、青空が広がってる。

「…だけど私には無理だから」

「なんでですか?」

「自分を好きになれない奴が誰かを好きになるなんてないと思う」

「それはわかりませんよ、だって俺は純夏先輩のこと好きですよ」

「でもっ」

視線を下げ、足元を見た。今日の空は私には眩しすぎた。

「名前を呼ばれて、呼ばれただけでっ、…あんな顔見せられたら!どうしたらいいかわからないっ!」

欠陥品の欠陥は、必要なもの一部が欠けていることを意味する。私にはそうゆう気持ちが足りないから、利津くんと恋なんてできない。

「純夏先輩は全部を受け止めようとし過ぎなんですよ」

「え…、どうゆう意味?」

「まぁ、そりゃ、あのー…純夏先輩に名前呼んでもらった時は恥ずかしいくらい動揺しちゃいましたけど」

利津くんが唇を噛んで頬を染めた。たぶんボウリングをした日のことを思い出してる。

「それはあくまで俺じゃないっすか、それを純夏先輩にしてほしいとかそんなこと思ってるわけでもないんで…ただ俺が好きって話ではあるんすけど」

どんどん声が小さくなっていくと同時、赤く染まっていく顔を手で隠した。そんな顔を見上げるように見てた。

「そんなに必死に恋をしなきゃって思わなくていいです」

私が見ていたことに気付いたのか利津くんが視線を落とした。

「純夏先輩はそのままでいいんですよ」

にこっと笑った。

「でもそれだと、利津くんとした約束はっ」

「そーっすね~、でもそれは単純に俺の役不足ってことになりますね~!」

両手を上げて、んーっと背伸びをした。

「だけど人の気持ちなんてよくわからないじゃないですか、目に見えてるものがすべてじゃないですし、恋は落ちるものだって純夏先輩は言いましたけどそのキッカケだっていつ来るか誰にもわからないっすもん」

「利津くんて…、たまにまともなこと言うよね」

「俺まともっすよ!」

こんな私にもそんなキッカケが来たりするんだろうか。そんなの考えても全然ピンと来なくて、無理だと決めつけてた私に。

「しかも何がその人に刺さるポイントかもわかんなくないですか?え、まさかそんなとこ!?ってことがその人の恋愛スイッチだったりとか!」

「…そうなのかな」

「ただ名前呼ばれただけだって、純夏先輩と同じように思ってる人もいますよきっと」

私に恋の仕方を教えると言った利津くんが、私にそのままでいいと言った。恋の仕方を教える代わりに、死ぬまでの半年間付き合ってほしいと言った利津くんが…
じゃあこの半年間私は何をしたらいいの?好きになる保証なんてないのに。
利津くんはそれで寂しくないの?

「純夏っていい名前ですよね!どんな由来なんですか?」

「え、由来…?わかんない、かな」

「純粋に夏を楽しむとか…?そんなわけないか」

「いや…、どーだろね」

「俺は響きも好きっすね!キレイですよね、音が」

何度も呼ばれてきた自分の名前に今更そんなこと考えたことなくて、ただ区別が付けられるように名付けられたぐらいにしか思ってなかった。だから名前を呼ばれたぐらいでって、思ってたのに。
利津くんがそぉっと私の耳に近付いて、耳たぶに触れた。親指と人差し指で挟むようにしてグイっと下に引っ張って、囁くように呟いた。

“え、まさかそんなとこ!?ってことがその人の恋愛スイッチだったりとか!”

「純夏」

息がかかる。生温い利津くんの温度。耳元で聞こえた私の名前。自分の頬が熱くなるのがわかった。