初夏、気付けば新しい生活にも慣れ始める頃。

「っていうニュース見た?純夏ちゃん!」

庸司純夏(ようじすみか)、高校2年生。
初夏の陽気がポカポカと気持ちよくて廊下側の窓を開けているところを前の席に座る(ゆず)に話しかけられた。もうすぐホームルームが始まる、先生が来るのを待ってる時間は少し暇で。

「見たよ、stead(ステッド)だっけ?」

「すごいよね!人間と変わらないロボットなんて!」

「ラクしたい人間が必死に作ったんだね」

窓を開けると生ぬるい風が入ってきて気持ちいいどころか気持ち悪かった。

「えー、純夏ちゃん夢がないなぁ」

ぷくっと頬を膨らませ口を尖らせる。2つに束ねたゆるふわのロングヘアーにクリッとした瞳、それでいて柔らかい空気を纏った柚は女の子らしくて可愛いんだ。

私と違って。

「純夏ちゃん体調はもうよくなったの?」

「あー、うんも大丈夫!」

「先週3日も休んでたから心配しちゃった」

「ありがとう、それだけ休んだから元気だよ」

それを聞いて満足した様子の柚はまたstead(ステッド)の話を続けた。

「やっぱロボットと仲良くなれたら楽しいよ絶対!」

まだ試作品が出来たって報告されただけなのにどこまで想像したんだろう、嬉しそうに笑った。

「楽しいかな?」

「楽しいよ、だって一緒に喋ったり買い物行けるんでしょ楽しいよ」

「それ人間同士でも出来るじゃん」

「友達増えるんだよ、楽しいよ!」

人間の代わりに生み出されたロボットを友達って表現するのは柚ぐらいなんじゃないかな、でも柚ならそんなことしなくても友達いっぱい出来るしいると思うけど。

「あ、あとね!」

コロコロ表情の変わる柚は見ていて飽きないから。

「噂だとそのstead(ステッド)の…試作品?がどこかにひっそりと潜んでるらしいよ!」

「何それ」

「それでデータ取ってるんだって、sread(ステッド)人間()の世界で生きていけるのか実験してるんだって!」

本当に見飽きない。キラキラと瞳を輝かせ、まるで未来に思いを馳せてるかのように。

「それ噂でしょ?柚、人の話信じすぎじゃない?」

「えーっ、でも本当かもしれないじゃん~!」

ガラッとドアが開いて、担任の先生が入ってきた。やっとホームルームが始まる。

「本当だといいよね!そしたら私友達になりたいな!」

そう言って体の向きを正面に戻した。

「だから噂だって」

くすっと笑いながら、柚にだけ届くような小さな声で返した。柚は素直で純真なんだから。
人型ロボットstead(ステッド)…ね。もしそんなのが本当にどこかに潜んでいるとしたらみんなどう思うのかな。柚みたいに友好的な人ばかりじゃないし、悪事に利用することだって考える人もいると思う。でも人間と全く変わらないんじゃ、気付くことも出来ないか。

まぁ私には関係ないけど。

来るのは遅いのに終わるのは早くてチャイムが鳴る前にホームルームは終了した。
今日は何も予定がないし、早く帰ろう。帰って何しようかなー…


****


「庸司純夏先輩!好きです、付き合ってください」

「………え?」

さっさと帰ろうと思って下駄箱で上履きからスニーカーに替えようとした時だった、私の姿を見るや否や近付いてきてそのまま今の言葉を聞いた。

え、突然何?てか突然過ぎない??じっと私の目を見て、返事を待ってるの…?いや、そんなの決まってるし!

「出来ません、ごめんなさい」

スッと頭を下げたついでにスニーカーに履き替えた。その瞬間気持ちも切り替えるようにトントンっと靴を鳴らして学校の外へ出る。

「庸司先輩、待ってください!」

なのに追いかけてくるから。あたかも普通のように隣に並んで歩き出した。

「なんで断られたんですか?理由を教えてください!」

「え、なんでって…っ」

グッと近寄って来た。
近くで見たらキレイな顔してるんだなって思った。肌が白くて、茶色の色素の薄い瞳、俗にいう美少年ってやつ。

「近いんだけど!」

どんっと体を押したらよろけかけた。そこは貧弱っぽい。

「理由も何も君のこと知らないんだけど!」

今日が初めてだった。話したもの顔を見たのも、正直今も誰かわかってない。そんなの付き合うわけない。

「付き合ってから知っていけばいいじゃないですか?」

思わず目が合ってしまった。なぜか一瞬しんっとなった冷たい空気に圧倒されて何も言えなかった。こんなに陽気が気持ちいいのに、なんで今背筋がピンとするような空気になったんだろう。

「1年1組是枝利津(これえだりつ)です」

あ、表情か。にこっと微笑んだけど、さっきはすべての筋肉を失ったような顔をしていた。

「生年月日は3月21日、血液型はA型、好きな食べ物はー…」

「待って待って待って!」

「はい?」

「そーゆうことじゃないから!知らないっていうのはそーゆうことじゃないの!」

彼の前に両手を出して、これ以上何か話しほしいわけじゃないと訴える。別に私が聞きたいのはそんなことじゃない。

「てゆーか何その鞄!?ずいぶん年季の入った鞄使ってない!?」

「あー…これはあれっす、近所の犬と遊んでたらじゃれ合い過ぎちゃって」

てへっとドジっ子アピールみたいなことされても、余計怪しく思えて仕方ないんだけど。
ついボロボロになったスクールバッグに目が行っちゃったから話逸れちゃったけど、私が聞きたいことはそれじゃなくて!

「…私が知らないってことは君も知らないってことでしょ?どうしてそんな話になるの?」

いきなり好きですだなんて言われてもわからない。ましてや1個下の後輩、何の接点もない。どうして私を…

「一目惚れです」

「え?」

「一目庸司先輩を見て好きになりました」

聞いたらもっとわからなかった。
どうしてそんなに余裕な顔で笑えるんだろう。私には全く理解出来ないんだけど。

「ごめんなさい、無理です」

もう一度深く頭を下げて、一刻も早く帰ろうと速足で歩いた。スタスタと足を動かして、なるべく一歩を大きくして、校門を出てもまだしつこく追いかけてくる。

「庸司先輩っ」

「………。」

「庸司先輩!」

「…。」

メンタル強い。全然めげないじゃん、こんなに拒否ってるのに。

「庸司純夏先輩っ!!」

「しつこいな、だから断って…っ」

まただった。振り返った瞬間、目の合った彼の空気に負けそうになる。

「庸司先輩は後悔しますよ」

「…どうゆう意味?」

立ち止まってしまった。あまりに真っ直ぐな瞳で私を見るから。

「断ったら、後悔します」

それで笑うんだ。

「俺はあと半年で死ぬんで」

「………は?」

突然そんなことを言われて思考回路が止まる。
え、何…何が…どーゆう意味…?
それ以上言葉が出てこない私の瞳をじぃっと見つめ、見透かしたようににこっと笑った。

「付き合う気になりました?」

「ならないよ!余計にならなくなったよ!」

「なんでですか?死ぬんですよ、俺」

それは何なの?脅しなの?脅して付き合おうってことなの?
それが本当だとしても怖いし、てゆーか本当だとも思えないけど、それが本当じゃなかったら…普通にやばい奴としか思えない。どっちにしろ付き合いたいとは思えない。

「…ごめんなさい」

特に何も言わず断るのが1番だと思った。しゅんとした表情を見せ、申し訳なさそうにしたらこの場をしのげるかなって。

「あ、もうめんどくさいからさっさと終わらそうとしましたね!」

全部を読み取られてしまったけど。

「だ、だってそんなの嘘でしょ!?見たところ元気そうだし半年後に死ぬとは思えないんだから、しかも私が是枝くんと付き合わなくて後悔する意味もわからない!」

ついつい言い争いみたいになっちゃって、気付けば立ち止まっていた。学校から出て坂道を下ったところ、木々に囲まれた小さな公園がある前で。滑り台が1つと2人用のブランコが1つ、その隣に変色した木のベンチがあるくらいの小さな公園は子供たちさえいない。

「………。」

「…っ」

「…後悔はしますよ」

一瞬目を伏せた是枝くんが瞬きをした後に、もう一度私の方を見た。

「…どうして?」

「だって俺死にますからね、死んだ後きっと思い出すと思いますよ」

鋭い視線で、笑ってるのに笑ってるように見えない。

「“本当に死ぬとは思わなかった、あの時少しでも話を聞いてあげればよかった”…ってね」

ゾクッと肩が震える。これは告白じゃなくて脅迫だ。
目を合わせたまま視線を逸らすことができない。まるで囚われたみたいで。

「…なんで死ぬってわかるの?」

「わかりますよ、自分のことなんで」

「わからないけど、普通は!」

「わかります…、そんな能力があるんで」

真剣な瞳で。

それは本当なの?嘘じゃないの?だってそんなの簡単に信じられるわけない。それに…

「もし、その…是枝くんが言ってることが本当だとして是枝くんと付き合った方が後悔しない?」

「なぜですか?」

「思い出が…できちゃうじゃん。そしたら…別れるの辛くなるかもよ?」

「なりませんよ」

笑ったんだ。大きく口を開けて、眉のハの字にして。

「どうせ人は死ぬんですから」

なんでここで笑えたのかわからない、私には。

「じゃあこれで問題は解決ですね」

「え!?」

「俺と付き合う、ってことでいいですか?」

スッと私の右手を持って、フッと笑って顔を傾けた。掴まれた右手を返してもらおうと慌てて離そうとしたけど、グッと力を入れられて掴まれたままだった。

「では、明日からお願いしますね庸司先輩」

話はどんどん勝手に進められていく、引いてる私の顔を見て何も思ってないのか。
だからこれは脅迫!脅し!犯罪!

「あ、でも」

「わっ」

急に右手を離されたから勢い余って体制を崩した。離してほしくてずっと引っ張っていたから。

「半年後死ぬ人間が隣にいたら厄介かとは思うんです」

もうすでにだいぶ厄介なんだけど。

「俺的には半年後ですけど周りからしたら突然死になりかねないので、急に俺が死んだら付き合っている庸司先輩にも迷惑なりかねない」

…だから、もうすでに迷惑なの!気付いて!どこに気遣ってるの!

「変な噂立てられるのもよくないですからね、学校では内緒にしましょう」

なんかもう全然言ってることがわからないんだけど…その配慮は何のためなの?そこ配慮するぐらいならもっと私に配慮してくれないかな!?

「学校では見かけても話しかけないでくださいね、俺も話しかけませんから」

それも若干脅しのような気がするし。

「明日の帰り、この公園で」

「え?」

「待ってますね」

待ってられても困るんですけどっ!!!
そう言おうと思った時にはもう是枝くんは歩き初めてて、1人でスタスタと帰っていった。わざわざ追いかける気にはならなくて、かと言ってこの状況飲み込んだわけじゃない。まだ付き合うだなんて私言ってないし。

それなのに柚の反応と言えば…

「えーーーっ、いいなぁ告白!」

「脅迫だよ、あれは」

朝一番、学校についてすぐ話してみた。席に座ってスクールバッグから教科書や筆箱を机に移動させながら後ろに耳を傾けていると、私よりテンションの上がった柚が後ろの席からグイっと身を乗り出してきた。

「どんな子だったの?」

「えー…どんな子って、1年生だったかな」

「わ、後輩なんだ!」

甲高い声が耳元で響く、そんなに楽しい話かなこれ。

「で、なんて返事したの?」

「…返事は、断った」

つもりではある、まだ相手が受け取ってくれていないけど。
机の上に置いてあったスクールバッグを机の横にあるフックに掛けた。

「そうなんだ、タイプじゃなかった?」

一気に上昇したテンションが満足したのか、ストンっと自分の席に戻っていった。それでも両肘を立て、頬杖をつく柚はニコニコと嬉しそうに私に聞いてくる。

「タイプとか、そーゆうあれじゃないけど…」

その前に知らないから、是枝くんのこと。タイプかどうか以前の問題。

「純夏ちゃんって好きな人いないんだよね?」

「いないよ」

「じゃあ付き合ってみてもよかったのに」

「え…、なんで?」

くるっと後ろを向いて柚の方に体を向けた。私の眉毛はきっと眉間に寄っている。

「だって、もしかしたら好きになるかもしれないじゃん」

「…ならないよ」

「わかんないよ?付き合ってみたらいい人かもしれないし♡」

「それは付き合う前に知りたいでしょ」

「…すごい目から鱗!ほんとだ!」

本当に鱗を出す気なのか、ぱぁーっと目を開いてパンッと手を叩いた。あとどの辺がすごかったのかわからない。

「じゃあこれからその子のこと知ったら好きになるかもしれないね!」

「…うん、そーだね」
あまりに純粋な表情で言うから、つい心にもないことを言ってしまった。
たぶん、ないと思うんだけど。いや、絶対ないと思うんだけど。私が是枝くんと付き合うなんて。

そもそも私は誰とも付き合わない…と思う。

―ブブッ 

どこからかスマホが鳴る音がした。

「あ、私だ」

柚が制服のスカートのポケットからスマホを取り出した。画面を見た瞬間、さっきよりも顔がほころんでとろんっと目を細めた。
最近この顔はよく見る。柚をこんな顔にするのは1人しかいない。

七江(ななえ)くん?」

恥ずかしそうに頬を染め、キラキラした笑顔で頷いた。

「うんっ!」

きっと誰が見てもすぐかわると思う。柚の表情、声、スマホを眺める仕草…七江くんは柚の好きな人。

「朝からよかったね」

「うん、…おはようと昨日先に寝ちゃってごめんねってLINEだった」

「昨日もLINEしてたんだ」

「七江くん桜味のプリンが好きなんだって」

これが少女漫画だったら柚の後ろはふわふわと花が飛んでいると思う。可愛らしいピンク色の花が柚の周りを彩ってる。

「なんで好きなの?って聞いたら、桜って見た目に関わらず不思議な味するんだなって考えてたら毎年食べたくなっちゃうんだって!おもしろいよね!」

「うん…、そうだね」

何の変哲もない話を、そんな華やいだ顔で。私にはそんな話より柚の方がおもしろく映ってる。

「不思議だなーから好きになっちゃうの可愛いよね」

「うん、可愛いね」

可愛い、すっごく可愛い…柚が。七江くんのことを話す柚は可愛い。ほわほわした空気の中、少し染めた頬に垂れ下がる目じり、高くなったほがらかな声。
あぁ、好きなんだな彼のこと。そんな顔が出来るんだもん。そんな風に想えてすごいなぁ。よっぽど愛しい人なんだろうなぁ。いいなぁ。

「七江くんと早く付き合えるといいね」

「う~~~…っ、それはまだ!」

「なんで?そんなにLINEしてるのに」

「だって告白は不安…っ」
今度は両手で顔を隠して、はぁ~っと大きく息を吐いた。一喜一憂忙しいな、これだけ柚を動かす七江くんすごい。

「でもそう思うとさぁ」

「ん?」

覆っていた手のひらをパッと開いて、指の隙間と隙間から瞳を覗かせた。

「純夏ちゃんに告白した子はがんばったんだね」

「え?」

「だって告白は勇気がいるから、がんばったんだよね」

「………え~、そうかな」

がんばったのかな、あれは。必死の告白って感じではなかったけど。いや、ある意味必死だったようには思うかな。

「そうに決まってるよ!」

そーゆうものなのかな…

授業が終わって、ホームルームが終わった。いつもなら気持ちも軽い下校時間、今日だけは少し違って…あの公園の前を通りづらい。別にこの道を通らなくたって帰れるし、行くだなんて言ってないんだから寄る必要もないんだけど。

“待ってます”
そう言われたら無視はできなくて、真面目な自分が嫌になる。下駄箱で靴を替えて、山を下って、木々の中に入って行けば…すぐにあの公園が見えてきてしまうんだから。

「………。」

視線を向けないように前を通り過ぎればいいかな。なるべく下を向いて、あっ!気付かなかったよ~的な演出を入れて…いや!なんで私がそんな小芝居入れなきゃいけないの!?悶々と考えが止まらない、う~んと頭を抱えながら公園の前まで来てしまった。
どうしようかな、このまま見て見ぬふりで通り過ぎちゃおうかな…あ、でもそれはなんか…あぁっ、もうしょーがない!
このモヤモヤを消すには視線を変えるしかなかった。ぐりんっと首を捻って昨日話したベンチの方を見た。

………。

「是枝くんいないしっ!」

まだ来てなかったっぽい。
何それ、私のこの時間何だったの!?無駄に悩んだ時間返して!勢い余りすぎて首を回しすぎちゃったし。

「…いないのか」

拍子抜けしてドッと疲れた。ポリポリと頭を掻いて、はぁっと息を吐く。今ならこのまま帰れちゃうじゃん。なんだ、じゃあ帰ってもいっか…

「ちゃんと待っててくれたんですね!」

「…別に、暇だったから」

あのまま帰ろうとも思ったけど、良心に響いて仕方なく待っていた。ベンチに座って数分、是枝くんがやって来た。

「返事…したけど、してないし」

正確には返事を受け入れてもらえてないだけだけど、今日こそはしっかり受け入れてもらわないと。

「OKの返事ですか?もうもらったんでいらないですよ」

「OKしてないからっ!」

隣に座った是枝くんの方をキッと強めの視線を飛ばした。グッと力を入れて、じーっと見つめる。それで、ゆっくり深呼吸をした。

「やっぱり付き合えない」

ちょっとだけ頭を下げた。こんな時、こうするのが正解かはわからないけど。

「…もし本当に、本当に半年後…是枝くんが死んじゃうとしても付き合えない」

そこにリアリティを感じているわけじゃないけど、だからといって同情心で付き合うかって言ったらそれはまた別の話。

「是枝くんのこと好きではないし、正直考えられない。でも友達ぐらいならー…」

でもそんな風に言われて、私の中でも少しだけ考えてみた。まずは一歩踏み出すところから。

「それはお断りします」

なのにバッサリと切り捨てられた。

「俺は庸司先輩と付き合いたいんです」

「いや、だからね!全く知らない是枝くんとどう付き合ったらいいかわかんないから、こっちとしても妥協案出してみたの!?わかる!?」

「わかりません、だって付き合わないといろんなこと出来ないじゃないっすか!」

「え、ふざけてんの?バカなの!?」

「大真面目ですよ!!!」

大真面目で何言ってんの?昨日から思ってたけど全然話にならないな!

「…じゃあ尚更付き合えない、私は絶対に是枝くんを好きにならないから」

何度目かのタメ息をつく。体を正面に向け、是枝くんの方を向くのをやめた。

「そんなにはっきり言えるんですか?」

「言えるよ、でも是枝くんがとかじゃない」

季節は夏が始まる少し前、もっと心浮かれる季節なのかもしれない。だけどひゅーっと吹いた風はじめっとしていて、目を伏せた。

「私が、誰も好きになれないの」

こんな話誰にもしたことなかったのに。

「…付き合うってどうしたらいいかわからないの。今までだって誰かを好きになったこともないし、好きになるってことさえどうゆうことかわからない」

みんな当たり前のように誰かを好きになって、顔をほころばせる。そんな表情を見るたび憧れて、どうしたら自分もそんな風になれるのか、想像もつかなくて。

私は欠陥品なんじゃないかなって…
誰にも話したことがなかった私の最大の悩み。

「………。」

「だから、これで付き合う気もなくなったでしょ?私と付き合ったとこで何も始まらないよ」

「…そうですね、わかりました」

それでも初めて誰かに好きだと言われて嬉しくないわけではなかったかな。こんな私でもそう想ってくれる人がいるなんて、それは純粋に嬉しかった。だから悪いけど是枝くんー…

「えっ」

きっと今の話を聞いてショックを受けてるもんだと思ったのに、さっきより瞳を輝かせていた。

「それは“今まで”の話ですよね?」

「あの、えっ?」

「“これから”はわからないじゃないですか」

なんでそんなに希望に満ちた顔をしているんだろう。どちらかと言えば絶望の話をしているのに。

「じゃあこうしましょう!」

是枝くんが右手の人差し指をピンッと立てた。

「俺が庸司先輩に恋を教えるので代わりに半年付き合ってください」

恋を知らない私のために是枝くんが恋の仕方を教えてくれる。その代わり今日から半年間、私は是枝くんの彼女になる。
そんな条約が結ばれた。

「………はぁ!?」