道路を挟んだ向こう側の木には、白い小さな花が咲いているのが月明かりの下かろうじて見えた。果実のような甘い匂いはそちらから流れてくる。
(ここはどこ?)
 後ろを振り返ると、そこには見慣れた赤い三角屋根のカフェ兼住居が、周りの景色に全く馴染まず立っていた。
 どれほど立ち尽くしていただろう。ジャッ、ジャッと砂利道を歩く音が聞こえてきたと思うと
「あれ〜? こんな所にお店なんてあったかしら?」
 野太い濁声が、林じゃない方から聞こえてきた。声質と口調が一致していない。とはいえ、人には違いない。
 元来の性質か、早くに両親をなくし幼少期に親戚をたらいまわしにされ引っ越しを繰り返したせいか、美桜は適応力が高く度胸がある。中学生になってからお世話になった孤児院にだってすぐに馴染んだほど。
 だから、闇夜に響く声にも臆することなく自らその声のする方へと向かう。もはやこの声の主こそこの状況における光明だ。
「あのー、すみません。いきなりのことでよく分からないんですが……」
「うん? 何なにぃ〜?」
 近寄ってくる足が千鳥足。これは明らかに酔っぱらっている。人選間違えたかな、っと思わないでもないけれど、そもそも選ぶ余地がない。
(うん? なんかでかくない? いやいや、でかいって!!)
 近づくにつれ迫力をますシルエットは、優に二メートルを超えているんじゃないだろうか。
 細身ではあるけれど、引き締まった体躯をしている。にも拘わらず着ているのは赤いワンピース、脹脛ほどの丈からのぞく足はハイヒールに不釣り合いなほど逞しい。
 茶色い髪を緩く巻き、目元パッチリメイクだけれど、広い肩幅や飛び出した喉仏。
 いろいろ混乱しそうな情報から、美桜は瞬時に職業を把握した。
「……あの、私、気がついたら急にここにいて」
「急に?」
「はい。地震が起きたと思ったら」
「地震?」
 話しながら、自分は何を言っているのだろうと思う。事実を延べているのに話が通じる気がまったくしない。逆の立場なら、近寄ってはダメな人認定をして愛想笑いで立ち去るところだ。
 それなのに、赤い服の人物は、ふさふさまつ毛をパチパチさせるだけ。
 間近で見るその顔はびっくりするぐらい整っていて、顔だけ見れば綺麗なお姉さん。身体とのギャップが凄すぎて脳内が少々バグってしまう。
 その僅か数秒後、大声が夜の静寂を切り裂いた。