昨日は月明かりでほとんど見えなかったけれど、日の光の下で見ると……やっぱり何もない場所だった。リズの家は隣といっても距離があり、道沿いに植えられた木々でその屋根すら見えない。
(家の裏はどうなっているんだろう)
 そのまま時計回り裏庭に行くと、ただ、ただ、だだっ広い草原が広がっていた。
(勝手に使ってもいいのかな?)
 ミオの趣味は園芸。とはいえ、ベランダでプランターに幾つか植えるのが精いっぱいだけれど、ここなら耕したい放題、植えたい放題。問題は、どこからどこまでが自分の土地なのか分からない。いや、正確にはどこもミオの土地ではないのだが。
 庭の向こう側には、緑の葉がゆさゆさ揺れるこんもりとした森。何もなさ過ぎていまいち距離感が掴めないけれど、一キロほど先だろうか。充分歩いていける距離だ。
(とりあえず、誰かの迷惑になりそうな場所でなくて良かった)
 畑とか、民家の上に転移していたら申し訳なさすぎる。怪我人、死人がいなくてなによりだと思う。
(こんなに広い庭なんだし、ハーブが自生しているんじゃないかな)
 ハーブの中には繁殖力が高いものもいくつかある。
 例えば、ミントはその愛らしい見た目に反し、地下茎での繁殖力がとても高い上に種子からも増える。一度植えると取り除くのが大変で「ミントテロ」という言葉があるぐらい。
 他にも二メートルほどにまで成長するローズマリーも庭栽培に向かないけれど、これだけ広ければそこは何とかなりそうな気がする。
 バジルやカモミールあたりがあってくれれば、と思いつつ探すも結局ハーブは見つからなかった。
 空を見れば太陽はほぼ真上。そろそろ魔道具屋さんくるかな、と思ったところでタイミング良く店の入り口付近で人の声がした。
「こんにちわー」 
「はーい!」
 大きな声で返事をし駆けてゆくと、小柄な細い目の男性が大きなリュックを背負い立っている。こじんまりとしていて荷物が立っているように見えなくもない。その手には工具箱のような物を持っていて、近くには馬に引かせた荷車もある。
「こんにちは、リズさんに頼まれてやってきたフーロと言います」
「わざわざありがとうございます」
「いえいえ、こんなに美しい『神の気まぐれ』のお手伝いができるなんて願ってもないこと」