「はじめまして、わたくしが飛香舎の主、杏子よ。これからはわたくしが皆の後ろ盾となり、立場を保証するわ。今日はひとまずゆっくりと休んで。後日、色々と話しを聞くことにします」


 飛香舎に着いてすぐにそう言って、弘徽殿から連れてきた女房達を奥の部屋で休んでいるよう指示をした。

 女房がいなくなると、卯紗子が口を開いた。


 「あの、杏子様って外に行きたいのですよね?」

 「そうだよ。突然どうしたの?」



 回答が決まっている質問を何故卯紗子がしたのだろうか?

 (何か意味があるのかしら?)

 杏子には全く分からなかったが、他三人には意味がある質問だったようだ。

 卯紗子と玲子が驚いた表情を見せ、玲子の顔が少し動いていた。

 「え?では何故、力になるとか準備をするなどと言ったのですか?」

 「え?だって、卯紗、東宮が呪いをするんだよ。必要な道具は東宮が持って来てくれるからわたくしは特に必要ないけど、ほら、きっと慣れていないでしょ?だから、手伝おっかなって」


 杏子の言葉を聞いた途端、全員が玲子のように能面となった。

 想像の斜め上を行く答え。

 誰も予想できなかった。


 「あの、杏子様。その、おそらくですけど、東宮は呪いをしないと思いますよ」

 「おそらくではなく絶対にですよ。皇族が呪いなどしませんよ」

 「主と卯紗子の言う通りです」


 雪子がやんわりと、卯紗子がばっさりと、玲子が続いた。

 ここでようやく杏子も分かった。

 (あれ、わたくし、何か勘違いをしている?)


 「あの、東宮の言葉の意味って何ですか?呪いをしに今夜人知れず場所へ行くのではないのですか?」

 「......東宮は今夜、飛香舎に行きますよ。それと準備というのは寝所のことです」


 さすがにここまで言われればおのずと意味を理解できた。

 理解してしまった。

 あの場でしきりにこちらに視線を送られたのも、東宮が急に機嫌が良くなったのかもわかってしまった。


 「わたくし東宮を誘ったのですか⁈」

 「どうでしょうか。去るところだったので五分五分ですね」


 玲子が他人事のように言ってきたがこれは大問題だ。

 もし実現したら、外へ出られなくなる。

 後宮で一生を暮らさないといけなくなる。

 まずい。

 どうにかしなければ。

 (今日の夜までにどこかへ行かないと......!)


 「卯紗、ここから一番近い神社はどこ?」

 「え⁉神社ですか⁈突然どうしたのですか?」

 「ほら、今日の夜はとんでもないことになったでしょう?だから、どこかへ行かないと」

 「神社ではなく、東宮に直接伝えたらどうでしょう?きっと分かって下さいますよ」

 「でも一度言ってしまいましたよ?」


 意味を知らなかったとはいえ、言ってしまった。

 言葉には責任があり、それは発言者が持つ物である。

 呪師の家系で生まれ育った杏子にはその重みを知っていた。


 「それなら、杏子様が思った通りのことをしたらどうでしょう?そうすれば、東宮はきっと分かりますよ。どんな意味だったのか」

 「それなら......」


 杏子が応じるその時だった。

 どこかで陶器が割れるような音がした。