「あの杏子様。こういうのはどうでしょうか?」


 わたくし、雪子は、一度止めてから口を開きました。


 「杏子様が直接弘徽殿様のところへ女房を引き取るのです。弘徽殿様は立場的に杏子様の提案を断ることはできません。弘徽殿様から移った女房の立場は保証されることを伝えれば、きっと動くと思います」


 家主である男性ではなく、女性が自ら選ぶなんて世の例外となります。

 そして、実行することで杏子様が何か不快のことを言われるかもしれません。

 普通このような案をだしたら高貴な方は激昂します。

 格下の相手がやれと命じているようなものなのですから。

 でも、杏子様は激昂することなくわたくしの案を静かに聞いていました。

 わたくしそっくりな唇はゆっくりと弧を描き、全てを映す澄んだ瞳は煌々と輝いていました。


 「中々凄い案ですね......」

 「さすが、雪子様!ではやってみましょう!」

 「おい⁈まじでやるのか⁈今回は弘徽殿殿まで巻き込むのかよ⁈どうやって説得するんだ?何か案があるのか、杏子?」


 杏子様と玲子はわたくしの案にそって今すぐにも動こうとしていますが、柏陽様が止めました。

 弘徽殿様をこちらに巻き込む方法は一つしかありません。

 いつの時代でも人が動くのはこれがあります。


 「お金を用意すればいいのです。そうですね......きっと女房が減って生活が大変だからって理由でこちらが引き取る女房一人につき農民の年収一年分でどうでしょう、柏陽兄様?」


 答えは予想の通りですね。

 ですが、女房一人に付き農民一年分ですか......。

 改めて杏子様の力を感じられます。

 贅沢などできない生活をしているわたくしではそれほどの大金は出せません。


 「杏子、そのお金どこから出すのです?」

 「右近兄様、わたくしが出しますけど?やると言ったのはわたくしです。九条の家や雪子様の実家は関係ありません。妃として入るお金を使うので問題ありません。何か問題でも?」


 にっこり笑顔ですが、異論は認めないという雰囲気が漂ってきます。

 ですが、言いだしのわたくしが何もしないわけにはいきません。

 全て杏子様に任せるなどできません。


 「杏子様、わたくしも何かします。その......金銭では何もできませんけど......」

 「それなら、雪子様には弘徽殿様にお願いできますか?その、精神的に負担になるのは重々承知なのですけど......」

 「分かりました。弘徽殿様はわたくしが何とかします」


 正直、弘徽殿様とは顔を見せたくありませんが、そのようなことは言っていられません。

 玲子が心配そうにこちらを見ていますが、大丈夫、と視線を送ります。

 決意したのです。

 頑張らなくてはいけませんから。


 「雪子様、交換するのは弘徽殿様と会う日でお願いします。『杏子』は立場的に動きづらいので」

 「杏子様が立場を気にするなんて、熱でもあるのですか?」


 卯紗が心配していますね。

 手を額に当ててお熱の有無を確認しています。

 こちらから見る限り熱など無いように見えますが......。


 「熱なんかないから!卯紗、あなたは雪子様についてちょうだい。お兄様方は東宮が来ないようにお願いします。来られたらめんどくさいので。それと、女官の仕事を見て来てください。職場を斡旋する時に使うので」

 「めんどくさい......。絶対に東宮の前では言うなよ」

 「女官の方はやっておきますが......」


 柏陽様と右近様の顔色が悪いのはわたくしも同様です。

 東宮相手にめんどくさいなど恐れ多くてわたくしでは言えません。

 ですが、東宮は杏子様一筋なので、弘徽殿様のところへ行くとは思えませんが......。

 言わない方がいいですね。

 東宮の気持ちは杏子様自身で気づく必要がありますから。


 「では、それでお願いしますね」


 杏子様の声で一旦この場は解散となりました。

 わたくしは飛香舎に戻ると、すぐに文を書きました。

 貴族的で婉曲な言葉ですが、内容としては、『弘徽殿の女房が欲しいので、話し合いましょう?女房一人につき金子を与えるので、その場で引き取りたいです』。

 格上の方からのお誘いなど断ることは出来ませんから、誘いに見えて命令のようなものです。

 紙を折りたたんで、結ぶとわたくしは控えている卯紗に渡しました。


 「卯紗、これを弘徽殿様のところへ」

 「かしこまりました」


 自分では動けない立場に苛立ちを覚えつつ、わたくしは外に出た卯紗をずっと見ていました。