平安後宮身代わり姫君伝

 「ねえ、玲子。わたくしたち見られてる?」


 扇で口元を隠しながら、後ろを歩く玲子に聞いた。


 「はい。多くの視線が射抜いています」

 「まるで的のようね」

 「おそらく、先日のことを気にしているのでしょう」

 「そういえば、この間通った時にあった撒菱が見当たらないね」


 杏子と玲子は帝や東宮、中宮が住んでいる清涼殿を通り抜け、弘徽殿が見えてきたところにいた。

 先日はこの辺りを歩いていた時に気の気配がした。


 「これだけの視線と昼間に堂々と嫌がらせはしないでしょう」

 「だよね」


 そう腹を括って、渡殿を歩いていると、何かあった。


 「また撒菱?」

 「あれほど大きな撒菱はございませんよ」

 「.......邪気を感じなくて巨大な撒菱くらいこの世にはあるはずよ」


 しかし、近づいて見ると巨大な撒菱ではなく、衣だった。

 真っ赤な生地に複雑な模様が記されていて、汚れ一つもない。

 衣の布は大きく、畳まずにくしゃくしゃにしている状態では山のように見えた。


 「もったいない.......。まだ、使えるのに」


 ここの渡殿は弘徽殿に面している。

 大方、弘徽殿の物だろう。

 一応弘徽殿からの許可も貰ってから、持ち帰ろうと衣の山に触れると、人の体温を感じた。


 「!?玲子、この衣を広げてちょうだい!」

 「はい。ただいま」


 (ここに人がいるかもしれない)

 もしいたとすれば、放置しておくのは危険である。

 後宮で人が亡くなるなど縁起が悪い。

 それに、ここで放置して本当に人がいたら、杏子の目覚めが悪い。

 良い睡眠のためにも確認は大事だ。

 本当は自分の手でやりたいが、雪子はそのようなことをする人物では無い。

 ただ見ているだけの自分にもどかしさを感じつつ、玲子の様子を見ていた。


 「!?あ.......雪子様。中に人がいます」

 「やっぱり.......」


 雪子の勘は当たったみたいだった。

 (今すぐにでも弘徽殿様に問いたいけど、こちらの方が優先ね)

 だが、どのようにして運ぼう?

 赤い袴で隠されているが、赤黒いしみができていた。

 怪我でもしたのだろう。

 そんな人を歩かせるわけにはいかない。

 より悪化してしまう。

 だが、普通の貴族女性よりも体が大きい玲子でさえ、成人した女性を抱くのは無理だろう。

 (やるしかないか)

 お守りと同様、普段から持ち歩いている正方形の和紙を出した。

 表面は呪文が書かれているので、裏面を表にして。

 手早く和紙を折って、不気味なほど澄んだ秋空に飛ばした。

 紙飛行機と呼ばれる真っ白な物は、後宮の上空を飛んで、一つの舎にたどり着いた。