「では、第一回後宮情報会議を始めます」


 次の日に会議をする予定だったが全員が寝不足だったため、三日ほどたった今日、飛香舎の中に主の杏子と女房の卯紗子、兄の柏陽と右近が集まった。


 「情報はまだ十分に集まっていませんよ、女御様」

 「でも一度話会うのは大切だろう、右近」

 「そうですよ、右近兄様。それでは......なにから話しましょう?」


 話したいことが多すぎて何から話せばいいのか分からない。


 「東宮主催の遊びで何があったのかに決まっているだろう」

 「兄上、妹である杏子は女御ですよ?」

 「わたくしはいつも通りの呼び名の方が良いです。それにここには呪具があるので、誰にも聞かれません」


 この場の中心には禍々しい形をした呪具が置いてあり、ある一定の範囲の外側では聞こえないようにしてくれている。

 近くを通った者に情報を聞かれる恐れがない。


 「杏子がそう言うのなら」

 「右近兄様が納得していただき何よりです。柏陽兄様には話ましたが、わたくしは雪子様を全力で守ることにしました」

 「どういうこと?」

 「そんなこと言ってたか?」


 いや、そんなこと言っていない。

 これは、柏陽がいない間に杏子と卯紗子によって調べた結果だ。


 「弘徽殿様は更衣でありながら帝の縁戚である淑景舎様、雪子様を排除しようとしています。更衣である淑景舎様は女御である弘徽殿様に抗うのは無理です。そこで、弘徽殿様よりも立場が高い杏子様が雪子様と弘徽殿様に気づかれないように守るのです」

 「今回の会議はそれだけではないんだよね?」

 「一応、申し上げますと、弘徽殿様の家が何か企んでいます」


 (そんなことよりも前者の方が大切なんですけど)


 「へぇ、弘徽殿様の家が......」

 「かなり重要なことだな」


 杏子の気持ちとは反対に柏陽と右近はこちらの方が大切のようだ。


 「弘徽殿様の実家よりも雪子様の話の方が大切なんですけど、弘徽殿様の実家が企んでいるって重要なんですか?」


 弘徽殿の家は強欲。

 権力を得るため、出世するため、大勢の者を消してきた、裏では黒魔術をつかっているのでは、など黒い噂が止まらない。


 そんな家の企てなんていまさら警戒する必要はない。


 「杏子、その企てってな~に?」


 何か不穏なことを考えている黒い笑顔を浮かべて右近は聞いてきた。

 これは、弘徽殿の実家に何かするに違いない。

 大体この顔になっている時にどこかの家が潰されてたという噂が流れてくる。

 いつもだったら、杏子は右近を止めるけど今日はしない。

 だって、雪子の扱いに少しだけ、本当に少しだけ怒っているのだから。


 「こちらに縁を作ろうとしていますね。後宮では弘徽殿様に従わない家は消されて、雪子様をさらにいじめるそうです。うふふふふ......。わたくしの呪いで少し痛い目をみてもらいましょうか......」


 ゆっくりと瞼を閉じて、頭に浮かんでくるのは呪文。

 ほんの少し痛い目にあえば......。

 そんなことを思っていると呪文の内容が過激差を増していく。


 「杏子様。完全に敵の目をしていましたよ?それに呪いをするのはお待ちください。まだ証拠がないですよ」

 「卯紗子の言う通りだ。帝から許可は取れているとはいっても、呪いは裏でやっていること。表立ってやったら、無知な者が真似して処刑台に向かう」

 「それは不味いですね」


 無関係な人には影響を出したくない。

 杏子の頭の中は元に戻った。


 「縁を繋ぐね......。私は無視ですね。李承殿、弘徽殿様の兄君には私の同僚が被害を合っていますので。無視するだけでも、計画は狂います」

 「それでは、わたくしは弘徽殿様の兄君からの文を燃料にしますね」


 (これは炭が節約できそう)



 「俺はとくに関りがないから、杏子の周辺の警護をしよう。そんな男からの文を貰わないように」

 「家柄だけで成り上がった李承殿の紙は燃やして当然です。変なことに巻き込まれます」


 決意表明と李承の扱い方を話してこれから、それぞれ動こうとする時、襖が開いた。


 「これは、杏子に柏陽に右近。今日は集まっているな」

 「「「帝⁈」」」


 慌てて、呪具を片して、頭を垂れる。

 仕事中の帝が後宮にやってくるなど思いもしなかった。


 「そんなに畏まらなくてもよい。今はそなたらの祖父としてやって来たのだから。みなで集まって何を話していたのだ?」


 返答に困る。

 弘徽殿の家の企てに対する対策を考えていました、なんて馬鹿正直に言ったら家が一つ消える。

 いや、弘徽殿派にも影響が及ぶから、消えるのは一つではない。


 「わたくしの生活を心配して来てくださったのです」


 心配ではなく、杏子からの収集で来た。

 でも最後は杏子の心配だった、と思う。

 ぎり嘘ではない。


 「杏子よ、願いは決まったか?何を望む?」


 そういえば、帝が何でも叶えてくれるって言ってたことをすっかり忘れてた。

 もちろん、杏子の願いは


 「後宮から出ることを望みます」


 後宮に来てそれなりに経った。

 あの時は入内した日だったから言えなかったが、もう大丈夫だろう。

 そう思って言ったのだが、帝は何かを考えて、柏陽や右近、卯紗子は頭を抱えていた。


 「分かった」

 「帝⁉杏子の願いとはいえ、これは」


 右近が帝の答えに苦言をしたが、最後まで言うことはなかった。


 「右近、これはじじと杏子の約束。約束をした以上破ることは出来ぬ。だが、杏子、それほど後宮の生活は合わなかったのか?」

 「合う、合わない、ではなく、わたくしは外に出たいのです。数多のところへ出歩いて、そこでしかない物を見る......。これがわたくしの夢です」

 「そうか......。それなら条件がある」

 「条件、ですか?」
 「その条件を達したら、願いを叶えてあげよう。お金を十分に渡すし、供もつけよう。だが、条件はそなたが決めよ。そうだな......期限は二日後だ。二日後にじじがここへ来るまでだ。それじゃあ、じじはここで。まだ仕事がたんまりあるから」


 言うだけ言って、帝は部屋から出た。


 「条件ですか......」


 条件が来るなど思いもしなかった。

 しかも自分で作るなど。


 「帝は離したくなさそうだな」

 「これは、私たちでどうすることもないね」

 「杏子様。雪子様や玲子様に聞いたらどうでしょう?お二人はこのお願いを知りません。知らないからこそ、良い案が浮かぶのではないでしょうか?」

 「確かに。でも、お二人の予定は大丈夫なの?今日、行っても良くのは......」

 「大丈夫です。先日、文を送ったところ、いつ来ても大丈夫です、という返事がきましたよ」

 「それは良かったな」

 「同じ女性同士、繋がることもあるかもしれないね。じゃあ、私はそろそろ仕事へ行って来ます。何があったのか後で報告を」


 右近は仕事をしに行った。

 大方、弘徽殿の家の出方を探りに行ったのだろう。

 もちろん、この時、報告をするようお願いすることを忘れない。


 「分かりました。卯紗、お菓子と琴と紙を準備して。雪子様のところへ行くから。柏陽兄様は、行くとき護衛がてら荷物を持って下さい。帰りもお願いします」

 「かしこまりました、女御様」

 「すぐに準備しますね」


 杏子の言葉で動き始めた。