♢謎解きアプリ ジョーカーは誰?

 謎解きアプリがインストールされた者は、謎を解けなければ、災いが訪れる。妙な文字がスマホに浮かび上がった。
 黒の背景に赤い文字で説明文が出てくる。

 このアプリはアンインストールすることができない。解約や破壊は意味がない。電源を切っても、捨てることも無意味だ。充電をしなくても、このアプリのみは、バッテリーが無くならないようになっている。
 つまり――絶対に逃れられない――とスマホに表示されたのは突然だった。
 あなたたちがすべきことはひとつ。スマホに現れる謎の子どもの質問に答えること。
 その後、スマホの画面全面に知らない少年が現れた。何も触れていないのに、勝手に起動する。NEGAIYAという文字が起動されたアプリの右下に小さく示された。

「こんにちは。僕には名前がない。みんなには、謎の子どもと呼ばれているよ。僕の質問に答えてね。答えないと、君たちの秘密を暴露するよ」

 抑揚のない声だ。スマホの音声だからだろうか。でも、スマホに入っているはずのない何者かが話しかけてきているということは恐怖以外の何者でもない。口調は子どもなのに怖さがある。この不気味さは当事者でなければ、わからないだろう。

 妙に機械的な説明は説得力と威圧感を感じる。まばたきをしない鋭い睨みつけるような瞳。謎の子どもの顔は子どもなのにとても不気味だ。この状況から逃れられない。本気感を肌で感じる。とにかく全てが不気味だ。

 謎の子どもは黒に覆われた悪魔のような風貌をしており、表情はなく、感情を表に出さない故に生気を感じない。男の子がまばたきをせずにじっとスマホの主を見つめているからかもしれない。男の子の心の内には、楽しいや悲しいといった感情を持っていないように見える。だから、怖いのだ。

 情報化社会の今も人間関係の闇や難しさは増幅している。決して逃れられない人間関係の中で、アプリがインストールされる可能性は充分にありうるのだ。

 私は中学3年生の美賂《みろ》。スマホに知らないアプリがインストールされていしまった。真っ黒なアプリの名前は「謎」。そんなアプリをインストールした覚えもないので、アンインストールを試みるが、どうやってもアンインストールできない。不気味な黒いアイコンの中に少年の顔が描かれている。不気味な悪魔のようであり、ピエロのようなアイコンだった。

 謎の子どもは話しかけてくる。

「謎解きスタートだよ。同じアプリを3人に入れたんだ。みんなで相談してね。同じクラスの君たち3人の中にジョーカーがいる。つまり裏切り者さ」
 裏切り者? 3人って誰だろう?

「オンライングループを作っておいたから3人で相談してクイズに答えてね」

 スマホに映し出されたのは、同じクラスの眼鏡の秀才男子の漸間《ざま》、チャラい男子の九条《くじょう》だ。そして、平凡な私は美賂《みろ》だ。みんな同じクラスの同級生であり中学3年生だ。

「赤と黒に分かれていて、時間帯と4つの季節を表しているものは何?」
 謎の子どもが質問する。

「トランプカードだろ。トランプゲームって女子との会話のネタのきっかけになるから、俺、詳しいんだよね。赤は昼を表し、黒は夜を表しているんだろ。♣が春、♦は夏、♥は秋、♠は冬だろ」
 チャラい九条が得意げに答える。勉強嫌いな九条だが、女子とのコミュニケーションのためには勉強をかかさないらしい。

 続けて謎の子どもが質問する。
「トランプカードには13枚のカードがあるのはなぜだ?」

 得意げな九条が答える。
「季節を表しているって聞いたよ。♣のエースは春の1週目。2は2週目、キングは13週目。トランプの1枚のカードは1週間を表しているんだ」

「じゃあ、1年間は何週間?」
 計算となると九条は途端に口を閉ざす。しかし、漸間が即時に的確に答える。
「さっきのトランプカードの話から、4つの季節を全てたすと13×4で、1年間は52週間」

「じゃあ、トランプの全ての数字を足していくと?」
 九条は指で計算するも、答えが出ない様子だが、漸間は冷静沈着に答えを出す。
「1から13の数字全てを足すと91だ。1つの季節が91日あり、季節は4つ。つまり、91×4=364日だ」

「でも、1年は365日だよね。足りないんじゃない?」
 さらに、謎の子どもは突っ込んでくる。でも、なんでそんなにトランプカードについて質問ばかりしてくるんだろう。そう思いながら、私はとっさに思いついて答える。
「ジョーカーでしょ!! ジョーカーは2枚あってエキストラジョーカーっていうのが白黒で入っていると聞いたことがある。それはうるう年にあてはまるとか?」

「正解。じゃあ、君たちは♣、♦、♥のどれに当てはまると思う? そして、トランプでいえば、キング、クイーン、ジャックのどれに位置していると思う? 君たちは♠に位置する人物を覚えているかい? この学校に来れなくなって、今もひきこもっている。君たちの誰かが、その人物の人生を破壊しただろ」

 もしかして、このアプリはいじめられたクラスメイトが関係しているのだろうか。
 たしかに2年ほど前、中学1年の時に関係があった時期がある。この3人はそれぞれなにかしら、その人と関係があったということなのかもしれない。
 私たちのクラスにいたその人物は2年ほど前から一度も学校に来ていない。今でも不登校だ。でも、なぜ謎の子どもはそんな話を今頃持ち掛けてくるのだろう。

 スマホの画面に映し出されたのは、図解され、表に整理されたトランプのマークと意味だった。まとめてあり、わかりやすい。季節、時間、意味、物、星座の順番だ。
♣️(クラブ)春、夜 、知識 、棍棒 、火の星座
♦️(ダイヤ)夏 、昼 、お金 、貨幣 、 地の星座
♥(ハート)秋、昼 、愛 、聖杯 、水の星座
♠️(スペード)冬 、夜 、死 、剣 、風の星座

「俺たちがなんでこんな質問に答えなければいけないんだ?」
 漸間が怒る。

「自分がどのマークに値するかちゃんと答えないと、みんなに君たちの知られたくない秘密の動画をアップするけどね」
 あの人をいじめていた時の画像が送られてきた。みんな顔が青ざめている。いつどこで動画を取られたんだろう? 怖い。

「じゃあ、俺から」
 チャラい九条が名乗り出る。
「俺は♣だな。つまり、春、夜 、知識 、棍棒 、火の星座 だな。春は青春。夜遊び好きでクラブ好きで女を口説くために知識を常に収集している。浮気したこともあるから、棍棒も当てはまる。火をつけたこともあったな」

「火をつけたなんて、九条君ひどすぎるんじゃない?」
「そうだ! やけどをさせたから不登校になった。お前のせいだ!」
 私と漸間は責めるが、九条は平然としていた。九条は、血も涙もない人だということを思い出す。以前、私と付き合おうと言いながら、結局別な女性へ平然と乗り換えた。顔はいいけれど、誠実なのはやはり漸間だと思った。

「……俺は、夏 、昼 、お金 、貨幣 、 地の星座の♦になるな。夏の昼休みにお金を彼から拝借していた。俺の家は貧乏で奨学金がなければ進学が難しい。だから貨幣は頼みの綱だった。 地面に土下座をさせたこともある」

「貧乏ならば何をしてもいいと思っている秀才って怖いね。みんなが知ったらどうなるんだろう。奨学金は絶望的だね」
 謎の子どもの言うことは否定できない。

「……私は秋、昼 、愛 、聖杯 、水の星座 の♥。秋に不登校になった彼と付き合ってと言われた。昼休みに愛しているならと聖杯と言う名の泥水を飲ませ 、彼の頭に水をかけた。でも、その時私は漸間君と付き合っていたから、断るタイミングがなくて……相手に身を引いてもらいたかったの」

「告白を断るために泥水を飲ませ、水をかけるなんて結構ひどいことしているね。これは大変ないじめだ」
 その言葉に反論はできなかった。

「じゃあ、この中でジョーカーは誰だろうね? キング、クイーンは誰かな?」
 謎の子どもは核心に迫ってくる。

 九条がいつもとは違う口調と表情で話し始めた。

「♠は冬 、夜 、死 、剣 、風の星座 という意味がある。いじめられた彼はまさに♠だ。冬の夜にナイフを持って死のうとしていた。中学1年生の後半の風の強い日だったな。その日、俺は夜遊びをした帰りに彼を偶然見つけた。冬の夜にナイフを持った不登校の同級生、これは何とかしないと、と思った。そこで、彼に火をつけた。といっても、彼の心の中に火をつけたんだ。彼も俺もパソコン関係に詳しいタイプだったから一緒に疑似アプリを作って二人を陥れようと提案したんだよ。♣は見た目が三つ葉のクローバーにそっくりだろ。花言葉は復讐だ」

「♣であり、ジョーカーは九条だったのか!!」
 漸間が驚き声を荒げる。

「ジョーカーって宮廷道化師をモチーフにしているんだ。宮廷道化師にのみ与えられた特権、それは誰も文句を言えない王様を相手に唯一意見を言うことができたって知ってる? 愉快な言動と悪ふざけで周りの人を楽しませる。ジョーカーは英語で「joker」。ジョークを言って楽しませる人、まさにクラスの中での俺だ。ほかの人が言えないことを口にする役目もあるからね。成績トップの王様に当たる漸間と男にモテると鼻高々なクィーンに当たる美賂を制裁しようと提案したんだ。1年以上かけて疑似アプリを作り、証拠をつかむために行動して、証拠動画を撮影した。♣と♠は夜とされている。つまり、仲間だ。夜な夜な打ち合わせするごとに、俺たちの間に友情が芽生えたんだよ。♦と♥は昼だ。漸間と美賂は付き合っているよな。浮気の証拠を取るために付き合っているのを知っていながら、少しばかり美賂に優しくした。美賂はすぐに俺に乗り換えようとした。漸間と美賂のいじめも♠の彼が当時ちゃんと証拠を撮っていたからね。それから、色々君たちのことは調べたよ。もっと極秘ネタは握っているよ。カンニングや万引きををした証拠なんかもね」

 九条は案外知性豊かで隙がない。今日はいつもとは違う瞳をしていた。

「浮気だと? 顔がいい九条になびいたのか?」
 漸間が怒る。

 九条が漸間と美賂を見つめる。
「ざまぁみろだな。あと、この様子は動画で現在ライブ配信中だから。俺の顔はモザイクで隠してあるけれど、君たちの顔はばっちり配信されてるよ」

 スマホで確認すると、動画視聴者のコメントが炎上しており、どんどん視聴者数が増えている。

「これで、♠の彼が立ち直れるきっかけになればと思って、俺はジョーカーになったんだよ。トランプで1週間、1年間の重みを計算させたんだ。中学生の1年は一生の中でもとても重要で貴重な期間だ。学校という場所を奪うなんて、許さない! だから、俺がジョーカーで♠の彼にはエキストラジョーカーになってもらったんだよ」

 九条はジョーカーとして、♣として、いじめられた同級生の素性を隠したままトランプの謎解きと疑似アプリによって復讐を成し遂げた。


♢♢♢

「九条くんやるじゃない」

「ねがいやの相手を陥れる方法ガイドを買っただけはあるな」

「小遣い稼ぎしてたのね。陥れるの得意分野だからね」

「俺の通販はたくさんの復讐に有意義に使われている。人助けだよ」

「とんだ神に近い存在ね」

「そろそろこの仕事の退職時期が近づいている。この先どうするか。おまえもついてこい」