♢【肉じゃがと生ビール】

「とりあえず生。肉じゃが定食」

 私が定食居酒屋の端の席で夕食を食べていると、サラリーマンが定食居酒屋に入ってきた。

「へい、おとうしです」

「これは、漬物か」

 男は漬物をじっと見つめながら、物思いにふける。

「半妖っていう居酒屋には仇討ちを討ってくれる人がいるって本当か?」

 少し、遠慮がちに客が質問する。

「ええ、本当ですよ」

 樹さんが答える。

「ウチ、占ってあげるよ。水晶で見てあげる」

 ギャル魔女サイコが楽しそうに水晶を掲げる。

「あんた、大変だったね。上司にパラハラうけてるっしょ」

「わかるのか?」

「ウチの占いは結構当たるからさ」

「仕事クビになったんだ。「山田一郎」という男に濡れ衣を着せられたんだ。あいつは、性格も最悪だし、恨みをはらしたい」

 その言動はとても意志の強く堅い決意が感じられた。

「あんたの寿命と相手の寿命が半分必要になるけどいい?」

 サイコが確認する。

「どうせ死のうと思っていたから、かまわないよ半分なんて」

「んじゃ、ここのボスを呼んでくるよ」

 サイコがエイトを呼びに行った。

 しばらくするとエイトが現れた。漫画の仕事も終わったころだろうか。

「あんた、大変だな。死相が出てるぞ。死ぬ前にもう一度生きるために敵討ちしようぜ」

「店長、あんた霊感あるのか?」

「いや、俺は死の専門家。神感《しんかん》があるんでね。あんたの寿命半分と交換で相手の寿命を半分いただく。2人で1人分の寿命を俺に渡すということだ。俺はその相手を社会的に死亡へと導く」

「殺すということか?」

「基本寿命の半分だけは生かすのがうちのやり方だ。そして、生きるのが辛い状況に追い込む。生き地獄ってことだ」

「本当にそんなことができるのか?」

 元々気の弱そうな男は自信がないらしく、己の意見を言うことに慣れていないようだった。

「できるよ。うちの自慢の肉じゃが定食だ。おふくろの味ってやつだな」

 出された肉じゃがはあつあつのほくほくで芋がやわらかく、箸がふれるとほろっと砕ける。味が染みわたったという色合いが食欲をそそる。

「俺、食欲ずっとなかったんだけれど、ここの食事は味がします。何を食べても味がしなくて……苦しかった」

 涙を流しながら食べる肉じゃがは、きっとどんな豪勢な料理も負けないであろう。

「ちゃんとした食事を食べたのはいつぶりだろう……おかしとインスタントラーメンくらいしか口にしていなかったから。ここの噂を聞いて、足を延ばしてきた甲斐があったよ」

 涙を流しながら、しらたきをひとくち。豚肉をひとくち。この男にとってのひとくちはきっと最高のひとくちだったのかもしれない。

「俺は人を信じることができない。でも、この肉じゃがはウマい……。食べ物は裏切らないんだな……」

「どうする、その上司が寿命半分渡してもいいくらい憎いなら手助けするぜ。でも、寿命の残りは教えられないけどいいか?」

「おねがいします」

 男はビールを一気に飲み干す。少し顔が赤くなる。

「手を出しな」

 男は手を差し出す。すると、銀色の光がエイトから発光した。男の手から死神の手へ光が移行する。銀色の光は寿命とか魂の類なのかもしれない。

「契約は取り交わされた。今夜相手の上司ってやつを懲らしめに行ってくるから、お前は何もせずに生きろ」

「でも、本当に上司に何か起きるのか確認はできないのですか?」

「明日の地域のニュースで取り上げられると思うけどな。そこに上司の名前があるはずだ」

「あいつは死なないのですか?」

「死なせはしないが、事故に巻き込む予定。社会的には死んだも同然な状態に追い込むのチーム半妖なんでな」

 男はエイトを神様を拝むかのように手を合わせる。

「わかりました。ここの定食おいしいですね。また来ます」

 男は生きる気力がわずかに蘇ったように思えた。でも、彼の寿命があと何年なのかはわからないので、あと30年であれば15年の命になる。しかし、年数ではなく生きる内容次第で幸せかどうかは決まるものだ。長生きした人が幸せだとも限らない。生き地獄だってある。