♢トランクスと重曹の話
『基本自分のことは自分で』がルールなので、洗濯は各自、部屋の掃除も各自ですることになっている。夕食は定食を食べることができるし、朝は買ってあるパンで済ませたり、昼食のお弁当は自分で作る。エイトは時々、時間があるとおいしい料理を作ってくれるし、部屋の掃除もしてくれる。エイトが忙しそうなときは、リビングや風呂などの共用スペースは私が掃除をすることにしている。
洗濯物はやはり家族といえど私の下着を洗ってもらうなんて恥ずかしい。洗濯ものは、自分の部屋のベランダに干している。プライバシーも守られるこの家は有能だ。でも、なんで今日に限って、私の洗濯物の中に、エイトのトランクスが混ざっているの? Tシャツも入っている。かごを間違えて入れたのかもしれない。でも、これは、洗ったものだし、一応干してあげるべき? そもそも干すのはエイトの部屋でしょ。じゃあかごに戻す? 困ったなぁ。そうだ、いたずらしちゃおうかな。
エイトが仕事の休憩でリビングでコーヒーを飲んでいるときに、思いっきりトランクスを見せつける。
「ねぇ、これ、だーれの?」
「うわあああっ、俺のトランクス盗んだのか?」
動揺を隠しきれないエイトは素直な人だ。
「違うって、盗むわけないでしょ。私の洗濯物と一緒に入っていたから洗っちゃったの。Tシャツも一緒に洗ったよ」
「それ、よこせよ。俺が自分で干すから。ついに人の下着のにおいに反応する変態になったのかと思ったぞ」
「あのねー。だいたい、エイト以外の男性の下着って触ったこともないのに」
「とーぜんだろ、彼氏ができても下着を触るのは禁止な」
父親みたいな干渉をするエイト。まんざらでもない保護者顔だ。
「でも、エイトの下着は洗濯という行為だから、OKよね」
私はわざと確認する。
「まぁ、俺は家族だからな。俺が間違えたのかもしれない。以後、気を付ける」
「じゃあ、トランクスを返してほしければ、私の質問に答えて」
少し緊張感のある空気が張りつめた。
「エイトはずっと結婚しないの? 恋人も作らないの?」
エイトが真面目な顔になる。少し真剣に考える。
「ずっとかどうかわからないが、今は保護者しているわけだし、美佐子さんへの気持ちが残っているから、結婚も交際もするつもりはない」
「もし、エイトが好きな人ができたら、お母さんの娘である私への義理はいいから、ちゃんと自分の人生を楽しんでね」
「なんだよ、急にいい子みたいになって。ってまず、それ返せ」
私は笑いながらトランクスとTシャツを渡した。そう言われてみると、男性の下着に触れる機会はお父さんの記憶がないから生まれて初めてなのか。でも、案外嫌とかそういうのはなかったな。この前なんかお風呂で鉢合わせしたし、なんだか慣れてきたというか。兄弟みたいな感覚なのかもしれない。
「もし、エイトのかごに間違えて私の下着が入っていたら、こっそり私のかごに戻しておいてね」
「まず、間違えるな」
焦った顔をするエイトはかわいい。年上なのに、からかい甲斐がある。今回は自分が間違えたくせに。だから、同居は面白い。
♢♢
後日、エイトのかごになぜかナナのキャミソールが入っていたのだが、洗う前に気づいた彼は静かにそっとナナの洗濯籠に入れた。いたずら好きなナナのことだから、わざとかもしれないし、うっかり入れただけなのかもしれない。そんなことを思いながらだろうか。ふいにエイトがうしろを見た。私がいないということを確認したような感じだ。
「ちゃんと、かごに入れてくれたんだね。ありがとう」
私がいないと思っていたのだろうか。ちゃんと一部始終見ていた私はニヤニヤしながらエイトに近づく。
「おまえ、わざとか」
「ちょっとエイトの反応が見たかったんだよね。別にブラジャーじゃないし、パンツでもない。キャミソールだけどさ。意外と変態で匂いかいだりしないかな、とか」
「そんな趣味はないし、ナナに興味はこれっぽっちもない」
親指と人差し指でこれっぽっちという表現をされたのだが、これまたほんとうに日本の指がくっつくくらいの幅だ。ちょっとむかつく。
「はいはい、ちょっとからかっただけだよ、エイトの反応見てみたくて。でも、それ、脱いだばかりだから、まだ温かかったでしょ?」
「しらねーよ」
やっぱりエイトは女性慣れしていない感じで、そこが面白い。私たちはからかいあう家族でそれ以上でもそれ以下でもないのだから。
「そういえば、汗かいたときとかさ、重曹入れると消臭も洗浄力もアップするんだ。洗剤と一緒にな」
急にエイトは得意げに家事男子《カジダン》知識を披露する。
「それじゃあ、いい匂いもなくなっちゃうじゃん」
「柔軟剤のいいにおいは残るからそれでいいだろ。それ以上何のにおいが欲しいんだ?」
いじわるそうな顔で私を見るエイトは確信犯だ。私は絶対にからかわれている。そんなことはお構いなしに、解説をはじめるエイト。
「重曹は3種類あって、工業用、食用、薬用があるんだが、掃除用は安くてきめが粗い工業用を使うのが一般的なんだ。台所、浴室、洗面所なんかで大活躍だ。今度、重曹を使ったスプレー使って掃除を伝授してやる」
「わかったよ。エイトはいいお婿さんになりそうだね。おやすみ、ごちそうさま」
そう言うと、私は寝室へ向かう。もし、エイトがいなければ、おやすみを言う相手もいない。その事実はなんと寂しいのだろう。私は彼のおかげで、救われたと思っているし、結構感謝はしている。
『基本自分のことは自分で』がルールなので、洗濯は各自、部屋の掃除も各自ですることになっている。夕食は定食を食べることができるし、朝は買ってあるパンで済ませたり、昼食のお弁当は自分で作る。エイトは時々、時間があるとおいしい料理を作ってくれるし、部屋の掃除もしてくれる。エイトが忙しそうなときは、リビングや風呂などの共用スペースは私が掃除をすることにしている。
洗濯物はやはり家族といえど私の下着を洗ってもらうなんて恥ずかしい。洗濯ものは、自分の部屋のベランダに干している。プライバシーも守られるこの家は有能だ。でも、なんで今日に限って、私の洗濯物の中に、エイトのトランクスが混ざっているの? Tシャツも入っている。かごを間違えて入れたのかもしれない。でも、これは、洗ったものだし、一応干してあげるべき? そもそも干すのはエイトの部屋でしょ。じゃあかごに戻す? 困ったなぁ。そうだ、いたずらしちゃおうかな。
エイトが仕事の休憩でリビングでコーヒーを飲んでいるときに、思いっきりトランクスを見せつける。
「ねぇ、これ、だーれの?」
「うわあああっ、俺のトランクス盗んだのか?」
動揺を隠しきれないエイトは素直な人だ。
「違うって、盗むわけないでしょ。私の洗濯物と一緒に入っていたから洗っちゃったの。Tシャツも一緒に洗ったよ」
「それ、よこせよ。俺が自分で干すから。ついに人の下着のにおいに反応する変態になったのかと思ったぞ」
「あのねー。だいたい、エイト以外の男性の下着って触ったこともないのに」
「とーぜんだろ、彼氏ができても下着を触るのは禁止な」
父親みたいな干渉をするエイト。まんざらでもない保護者顔だ。
「でも、エイトの下着は洗濯という行為だから、OKよね」
私はわざと確認する。
「まぁ、俺は家族だからな。俺が間違えたのかもしれない。以後、気を付ける」
「じゃあ、トランクスを返してほしければ、私の質問に答えて」
少し緊張感のある空気が張りつめた。
「エイトはずっと結婚しないの? 恋人も作らないの?」
エイトが真面目な顔になる。少し真剣に考える。
「ずっとかどうかわからないが、今は保護者しているわけだし、美佐子さんへの気持ちが残っているから、結婚も交際もするつもりはない」
「もし、エイトが好きな人ができたら、お母さんの娘である私への義理はいいから、ちゃんと自分の人生を楽しんでね」
「なんだよ、急にいい子みたいになって。ってまず、それ返せ」
私は笑いながらトランクスとTシャツを渡した。そう言われてみると、男性の下着に触れる機会はお父さんの記憶がないから生まれて初めてなのか。でも、案外嫌とかそういうのはなかったな。この前なんかお風呂で鉢合わせしたし、なんだか慣れてきたというか。兄弟みたいな感覚なのかもしれない。
「もし、エイトのかごに間違えて私の下着が入っていたら、こっそり私のかごに戻しておいてね」
「まず、間違えるな」
焦った顔をするエイトはかわいい。年上なのに、からかい甲斐がある。今回は自分が間違えたくせに。だから、同居は面白い。
♢♢
後日、エイトのかごになぜかナナのキャミソールが入っていたのだが、洗う前に気づいた彼は静かにそっとナナの洗濯籠に入れた。いたずら好きなナナのことだから、わざとかもしれないし、うっかり入れただけなのかもしれない。そんなことを思いながらだろうか。ふいにエイトがうしろを見た。私がいないということを確認したような感じだ。
「ちゃんと、かごに入れてくれたんだね。ありがとう」
私がいないと思っていたのだろうか。ちゃんと一部始終見ていた私はニヤニヤしながらエイトに近づく。
「おまえ、わざとか」
「ちょっとエイトの反応が見たかったんだよね。別にブラジャーじゃないし、パンツでもない。キャミソールだけどさ。意外と変態で匂いかいだりしないかな、とか」
「そんな趣味はないし、ナナに興味はこれっぽっちもない」
親指と人差し指でこれっぽっちという表現をされたのだが、これまたほんとうに日本の指がくっつくくらいの幅だ。ちょっとむかつく。
「はいはい、ちょっとからかっただけだよ、エイトの反応見てみたくて。でも、それ、脱いだばかりだから、まだ温かかったでしょ?」
「しらねーよ」
やっぱりエイトは女性慣れしていない感じで、そこが面白い。私たちはからかいあう家族でそれ以上でもそれ以下でもないのだから。
「そういえば、汗かいたときとかさ、重曹入れると消臭も洗浄力もアップするんだ。洗剤と一緒にな」
急にエイトは得意げに家事男子《カジダン》知識を披露する。
「それじゃあ、いい匂いもなくなっちゃうじゃん」
「柔軟剤のいいにおいは残るからそれでいいだろ。それ以上何のにおいが欲しいんだ?」
いじわるそうな顔で私を見るエイトは確信犯だ。私は絶対にからかわれている。そんなことはお構いなしに、解説をはじめるエイト。
「重曹は3種類あって、工業用、食用、薬用があるんだが、掃除用は安くてきめが粗い工業用を使うのが一般的なんだ。台所、浴室、洗面所なんかで大活躍だ。今度、重曹を使ったスプレー使って掃除を伝授してやる」
「わかったよ。エイトはいいお婿さんになりそうだね。おやすみ、ごちそうさま」
そう言うと、私は寝室へ向かう。もし、エイトがいなければ、おやすみを言う相手もいない。その事実はなんと寂しいのだろう。私は彼のおかげで、救われたと思っているし、結構感謝はしている。