♢告白と依頼

 帰宅途中、車までの山道で私がつまづく。すると、当たり前のようにエイトが支えてくれたおかげで私は転ばずに済んだ。エイトが私の手をつかむ。小さなことだけれど、支えられているという安心感が私を包む。

「ここは足場が悪い。転びやすいから、ちゃんとつかまれ」

 思わぬ手つなぎの瞬間、私の胸は高鳴っていた。見上げると、彼がいて、私を支えてくれる。二人でひとつになったような気持ちになる。なんとなく、車につくまで手を放さずにいたのだが、車に乗るときにまで手をつなぎっぱなしというわけにはいかず、私は手を離さざるおえなかった。自分の気持ちに嘘をつけない。エイトの気持ちを確かめたい、確かめてみよう。エンジンをかけて、運転を始める前にちゃんと話してみよう。本当は帰った後のほうがいいのかもしれないが、今を逃したら聞くタイミングがなくなってしまいそうだった。

「どこかで食べて帰るか?」

 いつも通り、エイトは食事の話をする。

「私、卒業したら一人暮らしをしようと思う」

 私は提案をしてみる。それは、エイトへの気持ちがこれ以上大きくならないようにしたいという気持ちからだった。

「一人暮らしなんかしなくても、うちから通えるだろ? 金もかかるだろうし。俺と一緒に住むのは嫌か?」

 エイトは寂しそうなまなざしを向ける。

「エイトは私のこと好き?」

「好きだよ」

 あまりにも普通に答えたので、きっと人として、家族としての好きだという意味だろうと思い、もう一度聞いてみる。

「女性として好き?」

 その質問にエイトは沈黙する。やっぱり女性としては好きではないのかもしれない。だって、一度だって私のことを意識している彼を見たことがない。一緒に住んでいて何もない。それは女性として魅力を感じていないということなのかもしれない。保護者としては正しい行いだけれど、好きという感情が混じりあうと、正しくないことを望む自分がいた。正しい行為がさびしくわびしいなんておかしな感情だ。

「ナナは未成年で、高校生。元婚約者の子どもだ。俺は保護者だと自覚をもって生活していたから、最初の頃はそういった目で見ないようにしていたよ。一緒にいて何も意識しなかったわけではない。本当は恋愛対象としてみてしまう自分がいた。軽蔑してくれ。俺は成人男性でまだ20代だ。理性を保っていただけで、徐々に崩壊するような気持ちを立て直すだけで精一杯だった。さっきお墓の前で言った台詞はプロポーズを事前に許可してもらおうという意味合いもあったんだけどな」

「プロポーズ?」

「やはり親御さんに挨拶するのが礼儀だろ。だから、親父にも会わせたんだ。高校を卒業したら俺と結婚してくれないか? ずっと傍にいてほしい」

「え……」

 私は戸惑った。正直、まだ結婚まで考えていなかった。付き合うを飛び越えて、結婚? しかも母親の元婚約者と。お母さんはやきもちをやいてしまうのではないだろうか? もしかして、安心してくれるだろうか? どうやっても母の気持ちを確かめられない今となっては想像でしか答えは見つからない。確認のしようもない。私は母親を裏切ることになる? そんな不安もあった。

「こうやって近づいたらエイトはドキドキする?」

 私は彼を試すようにエイトの顔と私の顔が近づけた。助手席と運転席の距離は元々近い。

「いっつもドキドキさせられっぱなしだよ」

 そういうことをさらっというエイトも好きだったりする。エイトは若いし、女性経験もないらしい。一緒に住んでいてなにも感じていないならば、寂しいような気がしたが、意識していてくれたという事実に嬉しい私がいた。

 エイトは私の髪の毛を撫でるとそのまま唇と唇をくっつけた。それは世にいう口づけという行為なのだと客観的に思ってしまう自分がいた。そんな客観的な自分は、プロポーズもはじめてのキスも墓場の駐車場というシチュエーションさえおかしく普通ではないような気がしていた。そして、この人が母親の元婚約者であり、保護者であるという事実も妙な感じがしていたが、他の人とは違う幸せを手に入れている自分を客観的に祝福している自分が存在している。冷めた一面を自分で見つけたような気がする。

「俺たちには普通の関係じゃないことがたくさんある。保護者であり、元婚約者の娘であり、その娘の父親代わりなんだよな。年だって、7つも上だ。しかも半妖ときた。でもさ、一人の男と女でもある。ナナの母親を好きだった時期もあるわけで、俺はひどいやつだと思っている。でも、ナナと結婚したいと思っている」

 彼は少し沈黙してから、最後の一押しの言葉を発した。

「ずるいかもしれないけれど、この思いは本当だから」

 私は、彼の沈黙から本気の気持ちを悟る。

「……でも、いいのかな。やっぱりお母さんを複雑な気持ちにさせてしまうよね。私自身が複雑だもの。お母さんのことを好きだったから、今があるわけだよね。だから、過去を含めて全部受け入れたうえで快諾します」


 私は、彼の申し出を受け入れた。その瞬間私は、彼女という恋人を通り越して、一気に彼の婚約者になった。多分、その瞬間が今なのだろう。保護者から婚約者というおかしくもある関係性に自分でも少し独特な人生だとつっこむ。でも、目の前にいる人が半妖でもあるのに、相手も自分が好きならば、それは成立する事実だと思った。彼が私に対して、実は一生懸命我慢していたとかドキドキしていたとかそれを隠し通そうとしていた時期があったと想像しただけで、かわいいとすら思える自分がいた。

 初キスの感触なんて味わう間もなく、もう一度見つめた後、彼は二回目の深いキスをする。それは、唐突で長く深い時間が過ぎたような気がした。今まで彼が我慢していたという欲望が伝わるようなキスだった。エイトが男性だという、彼の隠れた部分が垣間見えたような気がした。

 キスについてこんなに分析している自分は冷静で少し変わっているかもしれない。でも、幸せという気持ちは本当だ。彼が私に向かってほほ笑む。私もほほ笑む。その時間が幸せだから。どうか、この時間がずっと続きますように。お母さん、わがままな私たちを見守っていてください。そして、私は最後にわだかまっていたことをエイトにお願いした。

「エイトにお願いがあるの。母親の怨みを晴らして!」

「まさか、半妖死神の力を使って怨み晴らしをするのか?」

「エイトは自分自身の怨みは晴らすことができないでしょ。でも、私の依頼ならば怨みを晴らすことができる」

「でも、怨みを晴らしたからと言って幸せになるとは限らないぞ。そして、怨みは己に帰ってくると言われている。それに、それ相応の刑罰は法律で課されているはずだ。美佐子さんの場合は、ひき逃げではないし、飲酒運転でもない。悪意のない殺人だ。寿命が半分になってもいいのか?」

 エイトは真剣なまなざしで問いかける。

「わかっている。自己満足でもいいし、もしも幸せになれなくてもいい。でも、不平等だよね。殺人犯だって、出所して楽しく生活している人間もいるんだし」

「そうだな、悪いことをしてものうのうと生きている奴だっている。この世の中は不平等でできているのかもしれない」

「正式に依頼します。ずっと迷っていたの。きっと母もそのほうが浮かばれるから」

「わかるよ。でも、死んだ人の気持ちなんて誰にもわからないはずなのに、生きている人が勝手に解釈して代弁することが多いんだよ。仇討ちは死んだ人のためじゃなくて自分のためだったりするんだよな」

「その通りだよ。私も実際自分の気持ちを納得させるために依頼しているのかもしれない。母のためというベールの下で私は勝手な思いをエイトに依頼しているのかもしれない。でも、道徳的に正しくなくてもいいの。私が後悔したくないから」

「わかったよ」

 思いを通じ合えたはずなのに、私とエイトは無言のまま重い空気を背負い、車で自宅に向かう。