♢はじめてをあげてもいいよ
時折、寂しく辛くなる。それはたった一人の家族を失った喪失感が突如私の心臓を貫くような激しい痛みが走る。それは、ふと一人になった時に襲われる虚無感だ。辛い、私、どうすればいいの。
涙があふれる。何もしなくてもまぶたの内側から勝手に湧き水のほうに溢れて来る。私は誰にも見られていないことを確認して涙を流すようにしていた。それは、誰にも知られてはいけない秘密だ。いつも笑顔で明るい私でいたい。
「泣いているのか?」
不意打ちだ、まさか、エイトがいたとは。
「泣いてないよ」
「でも、涙……」
「これ、目薬を入れすぎちゃって」
私は持っていた目薬を差し出す。
「いつものからかいかよ」
よかったエイト単純だから騙されてくれた。
――すると思ってもみないことが起こる。エイトが私をきつく抱きしめた。
「一人で抱え込むな。俺がいる。辛いのは俺も一緒だ、だから、一緒に毎日お母さんに水と食べ物を供えて、手を合わせよう」
男の人に抱きしめられるのは初めてだった。以前も、抱き着かれたかと思ったら泥酔して眠っていたとかは、あったけれど、それもエイトだ。私のはじめてにはたくさんのエイトがいた。彼は毎日母のために手を合わせ、供えることを忘れない。愛情が深い義理堅いタイプだ。
「私、エイトにだったら、はじめて……あげてもいいよ」
私が彼を見上げる。
「はじめてって……どういうことだよ。大事なことは慎重に考えろ。その場の流れとか空気とかに流されるなよ」
またもや焦りつつ正論を言い出すエイト。
「はじめてって。こうやって男性に抱きしめられたのはじめてだから、エイトにはじめての抱擁をあげてもいいよってこと。もうあげちゃったね」
「わりい。つい、抱きしめたけど、これは、勇気づけたいというかそういった意味の抱擁であって、抱擁なんていうと誤解を生むな。励ましだ」
急いでいいわけを考えるエイト。なんだか年上なのに不器用だな。
「時々、涙が流れることはあるよ。でも、エイトと一緒にいると落ち着くんだ。私ずっとこの家にいようかな。なんだかここが私の家みたいに錯覚してきちゃう」
「ずっとって?」
「おばさんになって、おばあさんになってもここに住みたいかも」
「別に構わねーよ」
「でも、エイトにお嫁さんがいたら邪魔者になるよね」
「ナナは特別だから、嫁がいても文句は言わせないけどな」
「特別って? 婚約していた人の娘だから?」
「俺にもよくわかんねーけど、一緒にいると落ち着く、みたいな。本来俺は、人前で眠るようなタイプじゃないんだ」
「そうなの? 何回も私の前で寝てるじゃん」
少し困った表情のエイトに大胆発言をする。
「私のはじめてをあげちゃう」
「だから、はじめてはさっきの抱擁じゃなく、励ましの話だろ」
「違うよ」
「だから、はじめては大事な人のためにとっておけ!!」
目を背けるエイトに向かい私は懇願のまなざしでひとこと。
「手を出して」
「ん? こうか?」
エイトが差し出す手のひら。彼はこの手で人気漫画を生み出し、時には半妖としての仕事をする。力強い大きな掌を握る。
「なんだよ?」
「はじめての手つなぎ。さっき勘違いしていたでしょ。大事な人となんていってたけど」
「だから、手つなぎってのは大事な人とだな」
ばつの悪そうなエイト。
「エイトは大事な人だよ」
私は絶望の淵から救ってくれた恩人に笑顔を向ける。
エイトといえば、一瞬だけ私の顔を見たのだが、それ以来こっちを見ようともしない。きっと照れているのだろう。これは私の精一杯の感謝の気持ちだ。リビングのソファーに座りながら私たちはその手をしばらくつないでいた。長くも感じるけれど、きっと短い時間だったのかもしれない。はたからみたら恋愛関係としか思えないだろう。でも、私たちには共通の愛する人がいてその人を失ってしまった同士という関係だ。だからこそ、手を取り合ってお互いを慰めている、そんな関係としておさまっているのだろう。私たちはそれ以上でもそれ以下でもない関係なのだ。
「この前、体拭いてくれただろ。そのとき、家族っていいなって思ったんだ」
「実はあのとき、私結構緊張してたんだよ。エイトって意外と華奢なのに筋肉質だし、きれいな肌をしているなぁって」
「……」
エイトが沈黙する。
「俺も、人に体を拭いてもらったことなかったらめちゃくちゃ緊張したんだぞ。今度から自分で拭くから。でも、うまいな、拭き方も丁寧だったし」
「弱っているときはお互い様だよ。だって、本当に汗かいていて、うなされていたから。このままじゃかわいそうだし。善意で拭いただけだよ」
私は、手をつないだままエイトの肩にもたれかかる。エイトは拒否せずそのまま何も言わない。そんな二人だけの静かな時間は緊張と安らぎの時間だ。これは一度味わったら忘れられないやみつきの味だ。
「今度の日曜は墓参りに行こう」
そのとき、お母さんのことが頭をよぎり、私はやっぱりもたれかかるのをやめた。やめざるおえない気持ちになったのだ。
時折、寂しく辛くなる。それはたった一人の家族を失った喪失感が突如私の心臓を貫くような激しい痛みが走る。それは、ふと一人になった時に襲われる虚無感だ。辛い、私、どうすればいいの。
涙があふれる。何もしなくてもまぶたの内側から勝手に湧き水のほうに溢れて来る。私は誰にも見られていないことを確認して涙を流すようにしていた。それは、誰にも知られてはいけない秘密だ。いつも笑顔で明るい私でいたい。
「泣いているのか?」
不意打ちだ、まさか、エイトがいたとは。
「泣いてないよ」
「でも、涙……」
「これ、目薬を入れすぎちゃって」
私は持っていた目薬を差し出す。
「いつものからかいかよ」
よかったエイト単純だから騙されてくれた。
――すると思ってもみないことが起こる。エイトが私をきつく抱きしめた。
「一人で抱え込むな。俺がいる。辛いのは俺も一緒だ、だから、一緒に毎日お母さんに水と食べ物を供えて、手を合わせよう」
男の人に抱きしめられるのは初めてだった。以前も、抱き着かれたかと思ったら泥酔して眠っていたとかは、あったけれど、それもエイトだ。私のはじめてにはたくさんのエイトがいた。彼は毎日母のために手を合わせ、供えることを忘れない。愛情が深い義理堅いタイプだ。
「私、エイトにだったら、はじめて……あげてもいいよ」
私が彼を見上げる。
「はじめてって……どういうことだよ。大事なことは慎重に考えろ。その場の流れとか空気とかに流されるなよ」
またもや焦りつつ正論を言い出すエイト。
「はじめてって。こうやって男性に抱きしめられたのはじめてだから、エイトにはじめての抱擁をあげてもいいよってこと。もうあげちゃったね」
「わりい。つい、抱きしめたけど、これは、勇気づけたいというかそういった意味の抱擁であって、抱擁なんていうと誤解を生むな。励ましだ」
急いでいいわけを考えるエイト。なんだか年上なのに不器用だな。
「時々、涙が流れることはあるよ。でも、エイトと一緒にいると落ち着くんだ。私ずっとこの家にいようかな。なんだかここが私の家みたいに錯覚してきちゃう」
「ずっとって?」
「おばさんになって、おばあさんになってもここに住みたいかも」
「別に構わねーよ」
「でも、エイトにお嫁さんがいたら邪魔者になるよね」
「ナナは特別だから、嫁がいても文句は言わせないけどな」
「特別って? 婚約していた人の娘だから?」
「俺にもよくわかんねーけど、一緒にいると落ち着く、みたいな。本来俺は、人前で眠るようなタイプじゃないんだ」
「そうなの? 何回も私の前で寝てるじゃん」
少し困った表情のエイトに大胆発言をする。
「私のはじめてをあげちゃう」
「だから、はじめてはさっきの抱擁じゃなく、励ましの話だろ」
「違うよ」
「だから、はじめては大事な人のためにとっておけ!!」
目を背けるエイトに向かい私は懇願のまなざしでひとこと。
「手を出して」
「ん? こうか?」
エイトが差し出す手のひら。彼はこの手で人気漫画を生み出し、時には半妖としての仕事をする。力強い大きな掌を握る。
「なんだよ?」
「はじめての手つなぎ。さっき勘違いしていたでしょ。大事な人となんていってたけど」
「だから、手つなぎってのは大事な人とだな」
ばつの悪そうなエイト。
「エイトは大事な人だよ」
私は絶望の淵から救ってくれた恩人に笑顔を向ける。
エイトといえば、一瞬だけ私の顔を見たのだが、それ以来こっちを見ようともしない。きっと照れているのだろう。これは私の精一杯の感謝の気持ちだ。リビングのソファーに座りながら私たちはその手をしばらくつないでいた。長くも感じるけれど、きっと短い時間だったのかもしれない。はたからみたら恋愛関係としか思えないだろう。でも、私たちには共通の愛する人がいてその人を失ってしまった同士という関係だ。だからこそ、手を取り合ってお互いを慰めている、そんな関係としておさまっているのだろう。私たちはそれ以上でもそれ以下でもない関係なのだ。
「この前、体拭いてくれただろ。そのとき、家族っていいなって思ったんだ」
「実はあのとき、私結構緊張してたんだよ。エイトって意外と華奢なのに筋肉質だし、きれいな肌をしているなぁって」
「……」
エイトが沈黙する。
「俺も、人に体を拭いてもらったことなかったらめちゃくちゃ緊張したんだぞ。今度から自分で拭くから。でも、うまいな、拭き方も丁寧だったし」
「弱っているときはお互い様だよ。だって、本当に汗かいていて、うなされていたから。このままじゃかわいそうだし。善意で拭いただけだよ」
私は、手をつないだままエイトの肩にもたれかかる。エイトは拒否せずそのまま何も言わない。そんな二人だけの静かな時間は緊張と安らぎの時間だ。これは一度味わったら忘れられないやみつきの味だ。
「今度の日曜は墓参りに行こう」
そのとき、お母さんのことが頭をよぎり、私はやっぱりもたれかかるのをやめた。やめざるおえない気持ちになったのだ。