♢エイト視点 体を拭いてもらう話


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 そのあと、夢の中で俺はうなされる。それはナナが遠くに行ってしまう夢だった。自分の手が届かない場所にナナが行ってしまう。それは自分にはどうしようもない絶望の底に落とされた夢だった。暗く深い闇の中に俺は一人ぼっちで取り残されていた。いつも悪い夢の中に出てくる会ったこともない父親の姿が俺の前に立ちはだかる。それは半妖ではない本当の妖怪である死神だった。父は威厳に満ちていて、俺の前で追いかけることを邪魔する。力の差は歴然だ。どうしようもなく孤独で寂しい夢が俺の目の前に広がる。

「エイト、エイト」

 この心地いい声はナナだ。遠くに行っていなかったのか。俺は安堵の気持ちに満たされる。体を揺らされて、俺は目を覚ました。悪い夢をみただけだったのか。俺は目の前にいるナナを確認すると現実に引き戻された。

「エイト、すごい汗。悪夢でも見た? 体拭いて、着替えたほうがいいよ」

「わりい。熱のせいで悪夢を見たみたいだ」

「どんな夢だったの?」

 エイトは目を逸らして、本当のことは言えずにいた。

「忘れたけど、なんだか怖い寂しい夢だったような……」

「でも、少し熱下がったね。薬効いたんじゃない?」

 ナナが額に手を当てる。顔が近い。

「これ、着替えと体を拭くタオル準備してきたから手伝うよ」

「手伝うって?」

「上半身脱いで。私、背中拭いてあげる。手は届かないでしょ」

「自分でやるし」

「遠慮しないで、家族なんだから」

 ナナは丁寧に背中を拭こうとするため、病み上がりの俺は下手に抵抗する元気もなく、言われるがまま上半身裸になる。

「弱っているときに家族がいるといいもんだな」

 俺はしみじみとナナの手の感触を感じる。

「エイトのお父さん、どこかで生きているかもしれないんでしょ?」

「父親は妖怪だからな。俺とは違うし、一生会うこともないんじゃないか」

「でも、いつか会えるかもしれないし、一緒に住むことだってあるかもよ?」

 そんな会話をしていたが、俺はどうしても上半身裸になって体を拭いてもらっている事実が恥ずかしくなっていた。でも、それを悟られてしまったらナナを警戒させるだろうから、必死で平常心を保とうとしていた。ナナは恥ずかしくないのか? ベッドの上で上半身裸の俺の体を拭くなんて……。心が優しいナナにとって、病人の世話は普通の行動なのだろう。

「下半身はどうする?」

 なんだよそれ、介護だと思っているのか? 親子でも寝たきりじゃなかったら普通下半身を拭こうなんて思わないだろう?

「自分でやるよ」

「下半身はさすがに恥ずかしいよね。足くらいは私、拭くよ」

 そう言うと、ナナはふくらはぎから足先まで温かなタオルで丁寧に拭いてくれた。優しい人間なんだな。俺はナナのことを尊敬の念すら抱いていた。たまにはこういうのも悪くないのかもしれない。俺は、あの夢のごとく、ナナが離れていくのを怖いと感じていた。それが何かなんて気づいてもいなかったんだ。