♢【たまご酒】はじめての看病


 エイトが珍しく風邪で寝込んでいた。私は看病を献身的にしようと思った。たった一人の家族の苦しみを少しでも和らげたい気持ちがあったからだ。

「半妖でも風邪ひくんだ」

「バカは風邪ひかないという感覚で半妖を使うな」

 合併号の後で、少し時間があるときで良かった。と思いつつ、エイトのためにできることを考える。

「食欲ないから、何も作らなくていいぞ」

「飲み物は飲んでね。水分は大切よ」

「わかったからゆっくりさせてくれ」
 
 そういうと、エイトは自分の部屋で眠ってしまった。彼のスケジュールは知れば知るほど過酷だ。いくら若くて半妖でも体力が普通の人間よりあるとは言っても働き方を改革しなければいけないのではないのでは? そんな疑念がよぎる。

 人気漫画家というだけでも忙しいのだが、アニメ化のほうの監修やグッズの件、映画化の打ち合わせ、原案、忙しいのはよくわかる。居酒屋の経営もやって、半妖としてのお役目も果たすというのは彼には過酷な現状だ。それで、私のような家族を養うというのだから、本当に幅広い分野で役割を担っている。チーム半妖のリーダーとしても彼の存在は大きい。彼は、私にとっても大きな存在だ。この場所が自分の家だと感じられるくらい最近は馴染んできた。不思議と距離を感じないエイト。年が近いからだろうか。だからこそ、彼を失ってしまったら。この世からいなくなってしまったら怖い。一番怖いことがエイトを失うことになっている自分がいた。

「たまご酒作ってみたの。栄養あるし、しょうがも入れたから体温まるよ」

 彼が起きたころにそっとベッドの横でささやいてみる。

「ああ、ありがと。少し寝たらよくなってきたよ」

「私、エイトがいなくなったら怖いから、いなくならないで」

「はぁ? 何言ってんだよ?」

「私、これ以上大事な人を失いたくないの。だから、過労で倒れるようなことはしないで、もっと手を抜いていいから、長生きしてよ」

「これでも、半妖なんだ。普通の人よりは長生きするさ。しかも死神の血が入っているんだ」

 そんなエイトに不意打ちのスプーンを口元に持っていく。

「はじめてのあーん」

「なんだよ、自分で飲むから、あっちにいってろ」

 そんなエイトの顔を見ながら私は少し元気になった様子がうれしかった。

「エイトに私の初めてをあげるっていったでしょ。今日はあーんだったのに」

「はじめては俺にやらなくていいから」

「じゃあ、壱弥くんにでも」

「あいつはだめだ、おまえというより、俺のことが好きだろ。そんな男はだめだな」

「本当に独占欲が強いんだから。やきもちやきだね」

「か、からかうなっ。俺は保護者目線の意見だから、やきもちじゃない」

 必死で否定するエイトは子供みたいだ。

「これ、おいしいな」

 たまご酒をひとくちのんだエイトの顔色が少し良くなってきたように感じた。

「エイトの部屋に入るのまだ数回だけだなぁ」

「前に入ったのか?」

 少し焦るエイト。

「寝落ちしてたでしょ。過去に2回、毛布とりにきたの」

「まぁ、見られて困るものもないし、構わねーけど」

「私が独立して、結婚したらもう、こんなことはなくなっちゃうね。私は旦那様のものになっちゃうしさ。エイトの老後の世話もできるかどうか……」

「あのなー、老後って俺、半妖だから結構若い時代が長いし、寿命も長いんだって」

「でも、不死身じゃないんだよね。エイトがいなくなったら寂しいから、死なないでよ」

「お前には将来、ちゃんと旦那がいるから寂しくないだろ。子どもだって生まれて幸せになって……」

「エイトっておじいちゃんポジション?」

 私がからかうと、エイトがうつむき加減で目頭に指を当てている。どうしたのだろう? もしかして、目がかゆいとか? 頭痛がひどいのかな? 私が心配になって覗き込むと……泣いている? なんで?

「どうしたの?」

 からかいモードを辞めて聞いてみる。

「おまえが嫁に行くのを想像したら、泣けてきた。最近歳とって涙もろくなったのかも」

 白目が赤く充血している。真面目に泣いているの?? 私が驚きながら、エイトを真剣に見つめてしまう。

「もう、ナナがここにはいなくなって、誰かの嫁になるって思ったらさ。幸せを祝福したいけれど、父親みたいな寂しい心境になっちまった」

 エイトは見かけによらず純粋だ。だから、子供にも人気がある漫画を描けるのかもしれない。もしかしたら、弱っているからこそ、涙腺も弱っている可能性もある。

「まあ、今は父親代わりだからね。感謝してるよ」

 私は何と言っていいのか複雑な気持ちになった。

「泣かないでよ。ずっとそばにいるし、どこにもいかないから」

「そんなことしたら、嫁に行き遅れるぞ」

「私はずっと独身でもいいよ、エイトと一緒に住んでチーム半妖と一緒に仲良くしていきたいの」

「どうしても、嫁の貰い手がなかったら……」

 そこで、エイトが黙る。この流れだと俺がもらってやるとかそういった台詞を期待してしまうのだが――

 ここで抱擁? ベッドの上だよ。ちょっとまずいよね。ここはエイトの部屋だし。私は黙って、エイトの体を抱きしめる。――熱い!! 高熱だ。もしかしてエイト意識ないんじゃないの? 眠っているとか。

 エイトの表情を確認すると、眠っている。というか熱にうなされているようで、意識がはっきりしていない感じだ。

「氷枕取り替えないと、さっき薬は飲ませたし」

 ゆっくり休ませようとエイトを静かに寝かせた。リビングに戻った私はあのセリフの続きが気になってしまう。「嫁の貰い手がなかったら……」の続きのことだ。でも、こちらから聞くきっかけもないだろうし。

 多分、嫁の貰い手がなかったら俺の家に住んでもかまわねーぞ、とか男を紹介してやるとかそういった話だったんじゃないかな。でも、私の未来を考えて涙を流すなんて、熱でどうにかしていたのかもしれない。あの涙は保護者としての自我が芽生えたのだろう、と私は1人で納得していた。

 当の本人ですら、保護者としての涙以外あるわけないと思っていたのだから。しかし、保護者以外の涙だとしたら、好きな女性を取られてしまう寂しさの涙だなんていうことがあるわけがない。