♢酔った半妖死神

 入浴後のビールを2杯くらい飲むと、エイトの顔は少し赤くなる。意外とお酒に弱い人のようだ。すごくリラックスした表情のエイトは楽しそうだが、少しさびしそうでもあった。今日は、半妖としての仕事もなく、締め切り間近でもないので、エイトは解放した気持ちになったらしい。

「風呂上がりのエイトの髪ってすごくいいにおいだよね」

「何、人の匂い、かいでるんだよ」

 困惑気味のエイト。

「だって、エイトの匂いは安心させる芳香剤だから」

「ったく、大人をからかうなって」

 私はエイトの困惑顔をみて楽しみながら、先程の件について意見をしてみる。

「愛沢さんっていい人だと思うんだよね」

「まぁな。あいつはいいやつだ」

「もし、好きになったら私に遠慮しないで交際考えてね」

「でも、まだ、そんな気持ちになれねーよ」

「お母さんのこと……?」

「結婚する前に死んだ女性がいたのに、その人を急に忘れるなんてできねーよ」

「私の保護者として一緒にいるのは、せめてもの償いなの?」

「もしかしたら、つながりがほしかったのかもしれないな。家族もいねーし、また一人ぼっちだろ?」

「チーム半妖がいるじゃない?」

「たしかにいるけれど、家族とはちがうからな」

「愛沢さんを家族にすれば、孤独じゃないでしょ」

「好きってそんなに簡単な問題じゃないだろう」

「そうだよね」

 ふらっと立ち上がったエイトは酔いが回っているみたいで、足元がふらついている。心配になった私は、エイトを支えようと一緒に立ち上がる。

「ちょっとミネラルウォーターとってくるだけだよ」

「そんなにふらふらしていたら、危ないから、私がとってくる」

「いいよ、大丈夫だって」

 二人で立ち上がると。エイトはふらつきながら歩き出す。私はそばで見守る。まるで私のほうが保護者みたいだ。

 その時、よろけたエイトが前のめりに転びそうになった。私はそれを支えようと前に立って抑えた。すると、エイトの転んだ勢いが思ったより激しく、私はそのまましりもちをついてしまった。しかも、おかしなことに、そのまま床の上で私たちは顔と顔が近い状態で座り込む。普通に見たら、カップルの男性が女性を襲う体制に近い。エイトは酔っているらしく、

「わりぃ」

 と言いながら、態勢を立て直して立ちあがろうとしたが、やっぱりよろけてしまい、そのまま私は床に押し倒される形になる。いくら、私たちは何の関係もないとしても、普通に見たら何かがはじまるような、恋人たちの距離であった。それはとても気まずい距離だったのだが、エイトは酔っているせいかさほど気に留めている様子もなく、そのまま押し倒された。

 私の心臓はばくばくして、これから何かがはじまったらお母さんに顔見世できないとか、ちゃんと恋人と最初はやりたかったとか、エイトを一人の男性として意識していた。そのまま、エイトの顔が私の顔に近づく。もしかして、エイト欲求不満? それとも私のことが好きとか? ちょっとうぬぼれた気持ちになったが、この態勢となればそう思うのは不思議じゃない。

 私が目を閉じてそのままにしていると、エイトはそこから動かない。少し、瞳を開けながら、私はエイトの様子を観察する。すると、エイトから寝息が聞こえた。

――寝ている!! この男、この態勢のまま眠っている。

 緊張していた私が馬鹿だった。この男、どこでもすぐ寝る。お酒も弱い。疲れているのもあるのだろうが、よりによって、私の体に重なりながら寝ないでよ。普通の人ならば、緊張するところでしょう。女子高生に重なりながら、何も感じないってどういうこと? 私は怒りすらこみ上げたが、女として見られていないという怒りはしまっておくことにした。そんな目で見られていたら家族としてやっていけない。そして、意外とまつげの長い切れ長の瞳を間近で観察する。やはりきれいな顔立ちだ。そして、エイトから放たれるシャンプーや石鹸のようないい香りが私を包んだ。

 そーっとエイトの下から抜け出して、リビングに寝かせる。枕と毛布を持ってこよう。私は2度目となるエイトの部屋に忍び込むことに。あいかわらず、物は少ないが、増えている写真があった。それは、私の写真だった。以前、スマホで何気なく撮ったものだと思う。プリントアウトして、お母さんの隣に写真立てが置かれている。家族として認識してくれているのかな。私は少しうれしくなった。エイトにとって私は大事な人に昇格したような気がしたからだ。そして、まくらと毛布を持ってリビングに戻ろうと思ったのだが、何を思ったのか、私はエイトのベッドに横になった。広くて大きいベッドは高級なものなのか、柔らかく寝心地が良かった。こんな姿を見られたら弁解できないが、今はベッドの主はリビングでグッスリ寝ている。

 すると、彼の枕からシャンプーのにおいが漂う。布団からも、香水の匂いだろうか、甘い香りがした。ちょっとドキドキしながらも、くつろいでいたが、ふと我に返り、私ってば何やっているの? においフェチってわけでもないんだけれど、などと自問自答して、本来の目的を思い出す。枕と毛布を持ちながら、彼が興味あることは何なのか、本棚を見たり、飾ってあるインテリアを見たりしている。

 私、他人のプライバシーをのぞき見する危ない人みたい。でも、こういった機会じゃなければ部屋に入ることもない。ネタ探しのようなものだ。好奇心の塊なのだと自分に言い聞かせる。

 そう感じた私は急いでリビングに行き、眠ったままのエイトに毛布を掛け、枕を頭の下に入れた。それでも起きない。ここは、皿を洗って、私も寝よう。そんなことを思いながら、外の景色を見るととてもきれいで、私はうっとりしてしまった。そして、無垢な表情で眠るエイトをみて、ほほえましく思う自分がいた。そして、大人の男性を見て、ほほえましく思ったのが初めてだと思うことに気づいた。年上なのに変な感じがして胸がくすぐったかった。