♢元ホストの幼稚園園長



 死神でも半妖でも漫画家でもないエイトの素顔を介間見ることができる日が来た。半妖だということを明かしていない親友がいるらしい。

「一緒に俺の親友に会いに行かねーか?」

「何よ急に?」

 それは急な誘いだった。何故かエイトが珍しく私を誘ってきたのだ。締め切りが終わってひと段落したのもあるらしいが、親友に紹介したいということらしい。

「ナナはたった一人の家族だからよ。俺は親も親戚もいねーから」

「私とは血は繋がっていないけどね、まさか半妖?」

「人間だよ。俺はあいつより一足先に父親になったからな、自慢しねーと」

「なにそれ、本当に意味不明だよ。だいたい父親じゃないし」

 得意げなエイトに突っ込んでみる。

「今日会いに行く男は何でも器用にやりこなす男だ。俺の一番のライバルだからな」

「ライバルは同じ雑誌の漫画家じゃないの?」

「色んな意味でのライバルはレオ、あいつしかいねーよ」

「レオってどんな人?」

「百聞は一見にしかずだ。用意してでかけんぞ」

 私は、親友レオに会うために、一番お気に入りで自分がかわいく見えるような洋服を選んだ。やっぱりかわいいというのは最高の誉め言葉であり、レオという人に少しでもきれいな女性だと思われたいと思った。私は、エイトの家族として恥ずかしくない女になりたい、そう思っていたのだ。

 エイトは高級な外車を玄関前に持ってきた。地下の駐車場に停めていたらしい。きらきら輝くその車は、車に詳しくない私でも光り方や大きさなどからきっと高級なのだろうと容易に想像がつく。やはり、儲かっているのだろう。でも、普段忙しそうだから、この車の出番はあまりないのが本当の所だろう。あまり使用した形跡が感じられない。新車同様だ。しかも、ここに住み始めた私が初めてこの光輝く赤い車を見たのだから、たまにしか使われていない車だということだろう。

 エイトの車に乗るのは初めてだ。エイトの運転は結構うまいような気がする。毎日運転しているわけではないけれど、運転慣れしている。運転しているエイトの横顔はいつもと違う感じがする。つい、じっと見てしまったのだが、エイトはその視線に気づき、こちらを見た。私は慌てて、エイトから目を逸らした。

 私もエイトも親戚がいない。生涯孤独なもの同士、紹介する身内がいないので、人に紹介するのもされるのはチーム半妖以来だった。偽親子の初のお出かけとなる。アシスタントたちに家のことは任せて、私たちはそのまま出かけることにした。エイトは思い付きで生きているように思う。いつもそうだ。お母さんとの結婚のことだって、この人が思いつきで提案(プロポーズ)したのだろう。本当にいつも風の吹くまま生きている、そんな印象を受けた。

 成り行き任せのエイトの親友も破天荒なのだろうか。意外と地味な真面目な人かもしれないし、大金持ちのお坊ちゃんかもしれないし、どこかやさぐれた影のある男かもしれない。どちらにしても、正直ひとくせのある個性派というイメージしか湧かないのだが……。

「やっぱり親友って個性派なの?」

「まぁ俺が地味キャラだからなぁ」

「どこが地味なの? その金髪とチャラっとした感じを前面に出しているくせに」

「俺は私生活は地味だぞ、まじで」

 運転する横顔は普段あまり見ない真面目な感じで、いつもとは違う。そういうギャップに敏感な自分が不甲斐ない。

 運転する車のハンドルさばきが様になっていて、私は彼のハンドル操作に惚れ惚れしてしまった。運転する男って大人だなぁ。18歳を目前にした思春期の私は大人というものを勝手に想像していた。

 実際自分が免許を取るならば、やっぱり大学に合格して一人暮らしをしてからだよね。そう思っていた。お母さんの貯金は比較的ちゃんとあるので、大学に行くことには困らないだろう。安い賃貸アパートか学生寮に住んで、バイトをして、ちゃんと就職が決まれば、きっと大丈夫だろう。私は自立できる。自分でもおかしいと思うのだが、自立したいということに躍起になっている自分がいる。他人であるエイトに親代わりをさせてしまったことで焦っているのかもしれない。

「着いたぞ」

 どんな高級なマンション? 立派な会社? 豪邸? 様々な憶測が駆け巡る。私は周囲を凝視した。

「ここは……」

 エイトには最も不似合いな場所がそこには広がっていた。幼稚園の園庭だ。

「ここ、幼稚園じゃない?」

「ここがレオが経営する幼稚園だ。あいつは園長だからな」

 予想外だ。レオは幼稚園の園長ということは、とっても子供好きで優しい人? それとも、女性? めちゃくちゃ年上の親友? 半妖が経営する幼稚園? この人と一緒にいると想像力が磨かれるような気がする。意外なことがたくさんあって、退屈しない人生を送ることができそうな感じがする。

 園の裏側に回り、駐車場にとめると、エイトが電話をかけているようだった。園の中は基本は関係者のみ立ち入りができるので、親友とやらに許可をとっているようだ。

「じゃあ行くか」

 エイトが私の隣にあるドアを紳士的に開けてくれた。そういったことをされたことのない私は、少し戸惑いながらも喜びを感じていた。

 園の入り口には警備員はいないけれど、子供を迎えに来ているお母様方が立ち話に花を咲かせているようだった。普段夫以外の男性と接していないであろうお母様方にはエイトのような男は物珍しいのかもしれない。誰かのお父さん? みたいにこそこそ噂をしているように思える。たしかに、この男、普通にしていても目立つのに、幼稚園という場所ではものすごく目立つ。それに、私のような女子高校生が付き添いとなると、滅多にいない人間が2人もいるということだろう。女子高生が幼稚園にいることはかなり稀なケースだ。お母様方からは珍しいものを見るような刺さるような視線を感じてしまった。

 エイトは何度か訪れたことがある様子で慣れた足取りで園長室に向かった。1階にある園長室はかわいらしいアートがちりばめられた壁面の一番奥にあった。ラスボス感のあるドアをノックする。トントン。

「どうぞ」

 優しそうな若い男性の声だ。どんな人だろう?

 ドアを開けると、なんとも美しいきれいな顔の男性が笑顔で迎えてくれた。これは、お母様方メロメロに違いない。いや、園長目当てで入園させるかもしれない、そういった女性受けするオーラを放つ男性だった。歳はエイトと同じくらいだろう。

「なかよし幼稚園の園長をしている愛城《あいじょう》レオっていいます」

 手を差し伸べ、握手をする。笑顔が美しい男性だ。

「私、エイトさんと一緒に住んでいます、鈴宮ナナと申します」

 私はお辞儀を丁寧にした。失礼のないように第一印象は大事だから。

「JKの娘ができたとはマジだったんだな、でも、子持ちじゃ女がよりつかねーぞ」

 急にエイトとレオさんが談笑をはじめた。

「こいつ、歌舞伎町でホストをしていた男だから気ぃつけろよな」

 レオさんを指さしながらひょうきんな表情をするエイト。まさか、エイトの裏家業があんな残酷な仕事だなんて思えない。レオさんも意外だが、エイトは更に意外な裏家業をしていることはきっとこの人は知らないのだろう。意外なことは人は隠しているのかもしれない。表の顔と裏の顔、そういったものが誰にでもあるだろう。

「俺、こう見えても年上マダム好きだから、園長継いでるんですけど」

 レオさんは負けずにコントのようにボケる。

「ほんとおまえの熟女好きは変わらねーな」

 エイトの突っ込みが炸裂する。子どもではなく年上マダム好き? 熟女? 元歌舞伎町のホスト? やっぱり情報量が多くて脳が追い付かない。

「実は、俺の親父が最近倒れてさ。急遽園長に就任したばかりの新米園長です」

 甘いマスクの新米園長がいたずらな笑顔でほほ笑んだ。きっと何百人もの女性を瞬殺させた笑顔に違いない。

「最近まで歌舞伎町でホストしてたんだぞ、こいつ」

 少々あきれ顔のエイトは椅子に腰かけた。

「俺の場合、最近はホストの後輩の育成とか店の経営とかそっちメインだったけどな」

 それはそれで、リーダーシップが園長という仕事に結びついているのかと思うと私は、何とも反応ができないでいた。人生何が役に立つかわからない。

「一応、大学で幼稚園教諭免許取ってたから、よかったけどな」

 エイトは長い足を組んでくつろいだ姿勢だ。きっとこの人には気を許せる仲なのだろう。

「俺とレオは元々、大学で美術専攻だったんだけど、レオは親に言われて渋々免許取ってたって感じだしな」

 美術専攻してたんだ、こんな感じで大学生活送ってたのかな?
 なんだかエイトの大学生時代が想像できそうで、できない。

「エイトの場合は、アシスタントからすぐにデビューして大ヒット飛ばしたから、最短ルートかもしれないな。ほとんど遊びに誘っても断られたし、大学よりも漫画で、よく卒業できたよな」

 エイトの大学時代のエピソードも聞きたいかも。

「卒業できたのは、俺の要領と頭の良さってことだな」

 あまり、遊んでいなかったという言葉に安堵を覚えた。もしかして、実は結構彼女が何人もいたとかそういった女癖の悪い人だったらお母さんも悲しむと思ったから、安堵しただけだと自分に言い聞かせる。

「んで、あの計画はどうなった?」

 あの計画……?

「エイト料理が上手だから企画に参加してもらってるんだよな。実は俺たち子ども食堂をやろうって思っているんだ」

「子ども食堂?」

 私は、思ってもいない話題について質問した。

「子どもの貧困っていうのがあってさ、無料で料理を提供することにうちの幼稚園に協力依頼があって、NPOなんかと一緒に地元の商店街の力を借りて、食堂開くってこと」

 レオさんの話を聞くと、いいことをするってことなのか。ボランティア、なんだかすごい、その計画に私は身を乗り出して聞き入った。

「今度の土曜にはじめてやることになってさ、特別ゲストは水瀬エイト先生ってわけだ。今や子供に大人気の漫画家だからな」

「さらに、料理のアドバイザーも俺が一任することになった」

 腰に手を当て、得意げなエイトは子供のようだった。祭り好きの血が騒ぐ、そんな感じだ。