♢いざなと凛空の真実

 怪奇集めの掲示板に書き込みがあった。
 母が葬儀屋に勤めています。ハンドルネームは真実《まみ》です。
 葬儀屋では、時々見えるはずのない人が見えたという話や死者が生きていた時同様に存在しているのを目撃したという話はよくあるそうです。

 特に、小さな子供は存在していない誰にも見えていない人間が見える確率が高いようです。母自身、誰も鳴らしてもいないおりんがちりんと鳴った現場に居合わせたこともあるそうです。

 でも、本当に怖いのは、いるはずのない人間が見えることではないと思うのです。これは、私が体験した怖い話です。誰かに聞いてほしかったのでここに記しました。私がたとえ消えたとしても文字として残しておきたいという気持ちでこの掲示板に辿り着きました。この場所を与えてくれた開設主に感謝です。

♢♢♢
 線香の香りは人の心をある意味落ち着かせる。あの世への道筋を煙と香の香りが導いてくれるような気がする。 

 葬儀屋は、死と向き合う仕事だ。あの世に行く人に一番近い場所。母は葬儀屋の社員をしていた。葬式というのはいつあるかわからないため、不規則で急に仕事が入る。母は家にほとんどいなかった。働いても働いても暮らしは豊かにはならなかった。

 私は母のおかげでなんとか高校に入学はできたが、勉強もできず友達もできなかった。できないづくしの私は学校に行けなくなっていた。

「君の心の傷も芸術だよ。他者にはない哀愁を漂わせている。しかも、作り物ではないから、傷の位置も配置も自然な色合いだ。悲しみと苦しみを表現した写真を撮りたい。もちろん、腕や肩だけでいいよ。表現も芸術も自由なんだ。全てが芸術になるんだよ。俺は人間の心の傷も体の傷も美しいと思っている」

 友達も彼氏もいない私に初めて優しい声をかけてくれたのが目の前の幼馴染。
 とりあえず活動のない部活と思い入部した天文部に彼も入部した。
 久しぶりに話すと、子供の頃より格段に大人になっていた。
 ずっと恥ずかしくてこちらからは接していなかった。

「心のケアが必要な人間がたくさんいる。それは、カウンセラーではできない領域だと俺は思っているよ。それは、恋愛だ。脳にドーパミン、セロトニンが一気に出ると人は幸せホルモンに包まれる。つまり、幸せだと感じられるんだ。辛い過去を忘れられるんだよ」

 凛空は優しくてかっこいい。服装もおしゃれでかっこよくて一言で言って素敵だ。
 そんな彼と夜の星空観察会や部活動で接点が増えていった。
 でも、その人は他の人には見えていなかった。
 それを知ったのは部活動の名簿を見た時だった。
「凛空っていう男子生徒の名前が載っていませんよ」
 周囲はその名前を聞いて驚いていた。
 見える人には見えるらしいという噂があったらしい。
 凛空は、少し前に事故で亡くなった生徒の名前だった。
 それ以来、死んだ人だということを受け入れることができず、今も凛空とは仲良くしている。

♢♢♢


「凛空っていう男、俺みたいにイケメンだったのかな。どんな顔してたんだろうね」
 にこりとする。自分でイケメンと自覚しているあたり、ちょっとムカつく。

「どんな顔って……きっと童顔で目がまあるくて、鼻は高くて、小顔で顎はシャープ。笑顔がかわいいんだよ。髪の毛はサラサラでいい香りを放っているんだよ。男性であんなにいい香りの人っていないと思うよ」

「へぇ、なんで、そんなに細かいことを知ってるの? 見た目以外に香りまで知っているんだね」

 この真実《まみ》っていう人……もしかして、私のこと?
 私の名前は真奈だけれど、ハンドルネームは自分の名前に近いものにした。 
 この書き込みをしたのは私だった?
 一瞬思考が停止した。
 私は何を考えていた?
 凛空が言った台詞はどういう意味?

 傷が疼く。心の傷も体の傷も思い出も痛い。

 真実《しんじつ》は一体何?
 考えているといざなが現れた。突然だったので驚く。

 いざなが現れ、気持ちを元に戻す。何を思っていたんだろう。
 私は真奈で、凛空という大切な彼氏がいるのに、なぜ、あんな可哀そうな書き込み主に同情し、感情移入してしまったのだろう。きっと名前が同じだからだ。冷静さを取り戻す。

 怪奇魂はだいぶ集まった。これをどの程度集めたら、呪いの病が治るのか、把握はしていない。いざなはそこまで詳細なことは教えてくれなかった。怪奇を集めて、本当に治るのかもわからない。暗黒の先の見えないトンネルの中にいるような気がした。

「いざなさん、怪奇魂はかなり集まりました。でも、もっと必要でしょうか。凛空の病はどの程度完治の可能性はありますか」

「ありがとうございます。ステキな怪奇魂がたくさんネックレスを通して私の所に集まっています。あなたは実に素晴らしい仕事をしてくれました。こんなに短期間にたくさんの情報を集めるなんて今までお願いした人間の中で、一番かもしれません」

「凛空、最近、少しばかり記憶を失っています。私はどうしたらいいのかわかりません」

 いざなは終始落ち着いており、目をつぶっていた。いざなの周辺、つまり全身にたくさんの色合いの怪奇魂が浮かぶ。まるで壊れない色のついたシャボン玉が散りばめられているかのようだ。

「あなたのおかげで彼女を助けることができそうです」

「彼女って?」

「ここだよ踏切の彼女ですよ。私にとって彼女は最も大切であり、助けたい存在なのです」

「凛空のことは助けられるよね?」

「凛空……? はて、そんな人はいましたかね」

「蒼野凛空は、私の一番大切な彼氏です。優しくて、カッコよくて、いつも面白いことを言って笑わせてくれるの。友達がいない私にもクラスで人気者の彼はいつも優しい。でも、呪いの病にかかってしまったから、あなたにすがったんじゃない!!」

「蒼野凛空なんて存在しませんよ。よーく思い出してみてください。彼は事故で亡くなっているはずです」

「でも、一緒に怪奇魂を集めたよ。怖がりなのに、いつも一緒に私たちは怪奇に立ち向かったんだから」

「凛空というのは、もしかして、あなたが創造した理想の男子像だったのかもしれませんね。スマホの連絡先に蒼野凛空なんてないはずですよ。写真にも写っていないはずです。あなたはずっと一人だったじゃないですか」

「何を言っているの?」

 慌てて、スマホの連絡先一覧を見る。蒼野は「あ」の段だから、すぐに出るはず。友達のいない私の連絡先一覧は家族や店の番号しか入っていない。でも、「あ」がつく名前の人物は連絡先にいない。写真を見ると、凛空の姿は写っていなかった。いつも私一人が写っている。自撮りしている姿。凛空を撮ったつもりが、風景しか写っていない。これって、もしかして、本当に凛空はいなかった?

「あなたが凛空を消してしまったんでしょ!!」
 強く問い詰める。

「まさか、そんなことはしません。ただ、真面目に怪奇魂を見つけてくれる人間を探し、あなたに辿り着いた、それだけです。ずっとあなたは一人で死んだはずの人物と一緒に活動していた、それだけです」

「あなたの目的は何?」

「ここだよ踏切にいた女性を呪縛から解くために怪奇魂が必要でした。でも、なかなか集められる人間はいない。そこで、集めなければいけないという設定が必要だった。それが、呪いの病です。もちろん、対人嫌悪症という病はでっちあげです」

「でも、医師に告げられたって」

「あなたは実際に医師に会っていないはずですよ」

 たしかに、医師に会ってはいない。つまり凛空の話を鵜呑みにしていたということだ。

「担任の先生は覚えていてくれたよ」

「二人に対して話していましたか? あなた一人に対して話していたのではないですか? ネットや電話の場合も同様です。ネットや通話越しに相手の顔は見えない。だから、会わずして怪奇を集めてもらったのです。あなたが一人だと極力ばれないように」

「じゃあ、私はずっと一人だったということ?」

「あなたは後にも先にもずっと一人でした。ただ、周囲の人からは、最近独り言が増えたと認識されてしまったようですがね」

 あぁ、そうか。納得した。ずっと友達がほしかったんだ。空想の物語では幼馴染みでかっこいい少年がいて、両思いになる。そんな漫画ばかり読んだり書いたりしていた。お互い言わずとも両思いで、浮気することもなくずっと一緒だという設定が定番だ。憧れていたんだ。でも、女の子の友達すらなかなかできずにいた。そんな私が勝手に想像していただけ? でも、実際に怪奇を集めた記憶はある。凛空は幼馴染という事実も確かだ。でも、事故のことは覚えていない。

 でも、今思えばみんななぜか凛空をスルーしていた。気のせいではなかったんだ。そして、体調が悪いという理由で来ないときもあったので、結果的に一人で話を聞きに行った時もあった。小学校の村山先生も、凛空とは一言も会話していない。会話していたのは――今思えば私だけだった。

「でも、実際に私は色々な人と接触して怪奇を集めた。それは事実だよ。それに、あなたも幻なの? いざな」

「いいえ、私は幻ではありません。空想力の強いあなたを選ばせていただき、利用させていただきました。ここだよ踏切の彼女は私の大切な人なのです。でも、あの世にもこの世にも来ることができない状態で助けを呼んでいます。だから、私の所に呼んでずっと一緒にあの駅で過ごすつもりです。次の駅長が来れば、私たちは別の駅で一緒に暮らすでしょう。それには、怪奇魂の力が必要でした。でも、人間が集めたものしか効力がないとわかったのです。普通の人間で、集めてくれる人を色々選別した結果、時間と空想力のあるあなたを選ばせていただきました。あまり他人と接点がない女性を探していました。接点があると、私たちのことが色々と知られてしまうので。最後に、あなたからネックレスと私たちにまつわる記憶をいただきます。これが一番大きな怪奇魂となるでしょう。あなたはたくさんの経験をし、怪奇に触れましたから」

「じゃあ、大学教授っていうのは?」

「バケルの仕業かもしれませんね。既に腕輪自体ないのではないでしょうか?」

 気づくと身に着けていたはずの腕輪がない。

「バケルは存在するの? あなたの仲間?」

「そんなところですが、それをあなたが知る必要性は皆無です」

 いざなが私に向かい、手のひらを広げ何か光を放つ。それの勢いが激しくて、私は思わずしりもちをついた。その瞬間目の前にあった何者かは消失しており、今となっては確かめることができなくなっていた。

 一瞬真っ白い世界に閉じ込められたと思ったけれど、気づくと自分の部屋だった。ただ、想像していた幼馴染と怪奇体験をするという自作の漫画を描こうと思っていたネタ帳だけが机の上に置かれていた。ホラーとラブコメが融合した漫画だ。

 でも、現実は不登校になっており、人間に触れることが怖くなっていた。
 将来も怖い。本当に怖いのは道を外れてしまった人間かもしれない。自分はちゃんと学校に行くとか就職するとかそういう道からはずれている。しかし、もっと怖いのはそういう人間に対する人間の憐みとなかったことにされる目だ。どんどん学校での辛い出来事を思い出す。コミュニケーション力がない人間は疎外されてしまう。勉強もついていけない状態になり、人よりできることは何一つない。


 カンカンカンカン――踏切の音が鳴り響く。たしか、ここだよって警告音が鳴り響く踏切で有名だった人気のない暗い踏切だ。でも、今日はなぜか普通の警告音に戻っている。修理したのだろうか。でも、何度修理しても直らない踏切で有名だった気がする。長年変な音がすることで有名でテレビでも取り上げられていたと聞いた。地元でも有名だったあの声――。

「ここだよ、ここだよ、ここだよ、ここだよ」
 女性の悲鳴のような声は今日は聞こえない。
 なんだか安心した。
 彼女はいざなと仲良くしているだろう。

 凛空は幻想だった?
 でも、彼はたしかに生きていた人間で存在していた人間だ。
 きっと彼の魂はさまよっているのだろう。
 もう、今は凛空が見えなくなってしまった。
 ネットの書き込みは自分だ。現実の世界に戻されてからは、悲しみしか残らなかった。
 もう死んでしまった凛空。

 前方から歩いてくる男性が見える。
 凛空そっくりな男性だ。

「凛空なの?」
 つい、声をかけてしまう。
「もしかして、弟の知り合い?」
「生きてるんだよね?」
 その言葉に男性は戸惑った顔をする。
「ちゃんと生きてるよ。顔は似てるけど俺は実の兄の(かい)だよ」
 よく見ると凛空よりも少しヤンチャそうで目は少しばかり細い。
 年齢が違うのであまり接点がなかったけど、凛空に兄がいたのは覚えている。
 顔のパーツや雰囲気は凛空と同じなのに違う人間だ。
「弟のこと、知ってるなら聞かせてよ」
「実は……」
 今までのことを話してみた。
「じゃあ、おまえとつながっていたら、弟に会えるかもな。連絡先交換よろしく」
 海はさっぱりした性格で、口は悪いけど性格は良さそうな人だった。
「嫌なら、無理にとは言わない。でも、確かに見えてたんだろ。これは、きっと凛空がつなげてくれた縁だからさ」
「連絡先は交換してもいいよ」
「あ」の段に名前が増える。

「どこの学校に通ってるの?」
「おまえと同じ高校だよ。すぐに不登校になって俺のことは知らないだろうけど」
 拗ねたような顔をする。
 凛空がいなかったら海のことも気づくこともなかったのかもしれない。
 新しい友達ができた。
 一つ年上の怪奇やオカルトが好きな蒼野海だ。
 怪奇集めをすることで、私は成長できたのかもしれない。
 引きこもっていた私を外に連れ出してくれたのは死んだはずの凛空だった。
 容姿や学力や運動神経やコミュニケーション力で優劣がつく世界。
 私は何も秀でていないから、生きることを休みたくなっていた。 
 この残酷な世界で私は生きていかなければいけない。
 生きたくても生きられない人もいる。
 凛空はきっと生きたかったんだと思う。
 その想いを受け継いで私は一歩踏み出す。

 登校時刻になると海が待っていてくれる。
 海は顔に似合わず、不登校の私を心配してくれているようだった。
「おはよう」
 今日も残酷な一日がはじまる。
 でも、何とか今日も生きている。