「よかった、春先生いた……」

吸い殻を携帯灰皿へ押し込んだ直後、ゆっくりとドアを開けて現れたのは榎本カンナだった。

似つかわしくない神妙な面持ち、覇気のない声。それらが意味するものは、なんとなく察しがついた。

「どうしました?」
「……芙由と仲直りするにはどうしたらいいと思う?」
「喧嘩したんですか?」
「うん。ウチが悪いんだけどね」

対面していた榎本カンナが、らしくない笑顔を残して視線を下げる。

「……中学のときね、嫌がらせされてんのを誰にも言えなくてさ。でも気づいた芙由がやめろって、堂々と庇ってくれたんだ。だからウチも、芙由がしんどいときは絶対助けたい、けど……バカすぎて上手くできなかった」

再びこちらを見上げた榎本カンナは、寂しそうに笑った。

生徒からの相談なんて、適当にそれらしいことを返しておけばいい。仲介役なんて柄じゃない。
――でも、この笑顔にそっくりな(ツラ)が、脳裏を過ってしまった。

「では明日のお昼、この屋上に集合しましょうか。椎名さんは責任持って連れてきますよ」

榎本カンナと別れると、さっそく目当ての人物に電話をかける。
無機質なコール音は、4回目が鳴り終える前に途切れた。

「なあ、親友に求めることってなに?」
『……は? いきなりなんなの?』

学生時代、晴士は事ある毎にあの笑い方をした。当時は気づかないフリをしていたが、助言を求めるとしたら、コイツ以外いない。

『あのさ、俺にとってのそういうポジ(●●●●●●)ってイットだし、本人に言うの小っ恥ずかしいんだけど』

晴士の言い回しに、だよな、と無言の相槌をうつ。応えを待つ間に2本目のタバコを咥えたとき、スマホの奥で一際大きな吐息が聞こえた。

『イットに絞って話すなら、お前がお前らしくあることだよ。イットらしくいるために俺が必要なら嬉しいし、必要ない場合はそれでいい。お前が荒れてた時期もずっとそう思ってたけど? これでいい?』

不機嫌な声のせいで込み上げてきた笑いを、紫煙に混ぜて吐き出す。

晴士に『お前』と呼ばれたのはいつぶりだろうか。

親の仕事の関係で、晴士とは幼少から互いの家を行き来する仲だった。引っ越しを期に中学の途中から同じ学区になったが、クラスが被ったのは高校の2年間だけ。白と黒、もしくは明と暗と対照的に比喩され、なぜ仲がいいのか、よく疑問に思われていた。

「親友って何なんだろうな」
『んー。センセーってのも大変そうだね』

この腐れ縁は、晴士が手綱を握っているようなもんだ。だからこそ唯一無二と思える。でもアイツらが望んでいる“親友”は、相思相愛の類だろう。

――――しんゆう、か。

「なぁ、今日の夜ひま? 焼き鳥屋行かね?」
『18時には仕事終わるから、そのあとアトリエ向かうよ』
「悪いな」
『いいけど、キモチワルイ話は今回限りにしてよね。じゃまた後で!』

電話を切ると、改めて自分の立場を顧みる。

初めて椎名芙由に会ったとき、どこか自分と近いものを感じた。そして榎本カンナが今日、いつかの晴士と同じように笑った。それならば、教師という建前は関係なしに、首を突っ込む意味はあるのかもしれない――。



暗躍した夜が明けて、計画当日。2人の和解を見届けたものの、同時に、自分の愚かさを突きつけられてフェンスにもたれた。