先生が一礼すると、静かだった教室内が拍手で満たされていく。

綺麗にまとめられた自己紹介も、時折見せる笑顔も、物腰柔らかな話し方も、全て満点。一切好感が持てない、という方がおかしい。

――でも、誰だって最初はそうだ。

年齢が近いとか、顔がイイとか、フランクだとか。そんなフィルターのせいで、私達は簡単に騙される――。


「芙由ただいまーっ!」

芙由さん(●●●●)はどんだけ遠くにいるんだよ、と突っ込みたくなるほどの大声に、笑いを堪えて白けた視線を送る。

「ほらやるよー、っと」

プリントの束を両手で抱えていたカンナは、目一杯のつま先立ちでそれを教卓に乗せた。続けざまに入ってきた先生も、やはり大量のプリント……ではなく、2段重ねのダンボールを抱えていた。

「……はぁ」

気合いを入れる代わりに小さなため息を吐き、2人へ歩み寄る。

いつ現れるかわからないイケメンを待つより、眼の前のイケメンで妥協したカンナは正しい。こんな量の配布物を一人で捌こうなんて、控えめに言ってもアホだ。

榎本(エノモト)さんのおかげで助かりました、宿泊研修用の冊子が多くて。椎名さんも、手伝わせてすみません」

左耳へ髪を掛け直しながら、先生が眉を下げて微笑む。
――はいはい、綺麗なお顔ですね。

「……これ、机の上に置いていけばいいですか?」
「お願いします」

会話は最小限でいい。あくまでも私は、カンナに付き合っているだけ。

「ねぇねぇ芙由、先生ってもう生徒の名前覚えてんだよ! スゴくない?」
「このクラスだけですけどね」

温度差のある2人の笑顔に作り笑いを返し、ダンボールから【オリエンテーション宿泊研修】と書かれた冊子を適当に取る。

覚えていて当たり前、とは思わない。でも凄くもない。だって教師なんだから、名前を覚えるのも仕事のうちでしょ?

「榎本さんはこっちをお願いできますか?」
「ガッテンしょうち!」
「合点承知?」
「由美ちゃ――えっと、芙由のお母さんのマネだよ!」

重なった2つの笑い声をきっかけに、作業を進めながらもカンナは途切れることなく話題を振り、先生もその一つ一つに丁寧に返事をする。

仲よき事は美しき(かな)、ってやつだ。見ている分にはいい。私に害はない。

「そういえば、2人は同じ中学でしたよね」
「うん! でも、もっと昔から一緒だよ」
「幼少期から仲良かったんですか?」
「喧嘩もしたことないし、しんゆーっ!」

カンナがあまりにも嬉しそうに言うので、ダンボールから残りの冊子を取り出そうとしていた手が、思わず止まってしまった。

……親友。そう、親友。それは間違いない。でも私は心のどこかで、カンナと自分を比べて見てる。カンナはそんな事も知らずに、親友という役割を惜しげもなく与えてくれる。

「それは良いですね。僕にも同じような友人がいますが、いくつになっても、居てくれて良かったと思うときが多々ありますよ」

距離を縮めるためだけの白々しい同調なんて聞き流せばいい。でも、右から左へ流れていく間に、先生の穏やかな低音ボイスが感情を逆撫でする。

「……気になってたのですが、椎名さんはいつも口数が少ないタイプですか?」
「え――っあ!」