私がカフェオレの清涼感を楽しんでいる間に、モッさんはメガネをコンタクトに変え、髪を整えてから部屋へ戻ってきた。服装は変わっていない。
「一糸先生もそんなラフな格好で行くんですか?」
「休みだし、文化祭の準備に顔出すときもこんなもんだけど? あ、椎名さんは参加してないので知りませんよね」
モッさんの片鱗を残して、一糸先生が微笑む。
いっそのこと、学校中に本性がバレてしまえばいいのに。
喫煙姿も様になる一糸先生の一服が終わると、私達は大量のダンボールを車に積んで学校へ向かった。4階にある美術準備室と駐車場を何往復もしたのち、全ての荷物を運び入れるとすぐに、また荷解きが始まる。
「誰にも見られなくて良かったな」
「どういう意味ですか」
薄ら笑う顔を一瞥し、ダンボールの口に貼られたガムテープを勢いよく剥がす。
――――今すぐ本性バレろ!
心の声を悟られないように背を向け、次から次へとダンボールの封を開けていく。
ふと集中が切れたときには辺りは静かになっており、一糸先生の姿もなかった。
「全部のダンボール開けましたけどー」
「ああ、こっち」
聞こえてきた返事を辿り、扉続きになっている第1美術室を覗く。
一糸先生は誰もいない教室でひとり、黒板に向かっていた。
作業を押し付けて何をやっているのか。そう突っ込むつもりで肩を落としたものの、黒板の中央に記された文字を見て、嫌味はすべて飲み込んだ。
――新友、親友、信友、心友、真友。
「これ知ってる?」
「いえ」
「前にネットで見た。『新友は親友となり、信友になって心友となる。そして真友になっていく』ってやつ」
私が教卓を挟んで立つと、一糸先生は単語と単語の間に矢印を書いていく。
「新しい友が親しい友になり、信じ合える友となって、心通わせ合う友となる。そして真の友になってゆく」
「…………」
「前に榎本が言ってたよな、2人は“しんゆう”だって。お前達はどれだと思う?」
そんな事をいきなり訊かれてもわからない。私の中の“しんゆう”は、たった一つしかなかった。
「じゃあ逆に、お前の理想は?」
私の回答を待たずして、一糸先生はまた黒板に文字を連ねていく。
新たに書き足されたのは、【深友、進友、芯友】の3つだった。
「深い部分で繋がっている深友か、一緒に突き進んでいける進友か、決して揺らぐことのない芯友か」
「私は……」
白いチョークで綴られたいくつもの“しんゆう”を眺めていると、変幻自在に変わっていくカンナの姿が次々と浮んでくる。
大きく口を開けて笑う顔や、上目遣いのふざけた顔。そして強情な、真剣な眼差し――。
「ただの言葉遊びだけど、でも、こういうの好くない?」
チョークを戻した一糸先生が、力なく指先をはたく。
「自由に形を変化させて、一番しっくりくるものに創り変えることができる。そういう柔軟さってさ、優しい嘘に似てる」
優しい嘘……。私はカンナに隠し事をしたまま、どんな関係を望めるのだろうか。カンナは、私とどんな関係を築きたいだろうか。
「……まあいいや。ちょっと休憩したいから屋上行くけど、どうする?」
こちらへ向き直った一糸先生は、きっと全生徒が見知っている穏やかな雰囲気を醸し出していた。
「一糸先生もそんなラフな格好で行くんですか?」
「休みだし、文化祭の準備に顔出すときもこんなもんだけど? あ、椎名さんは参加してないので知りませんよね」
モッさんの片鱗を残して、一糸先生が微笑む。
いっそのこと、学校中に本性がバレてしまえばいいのに。
喫煙姿も様になる一糸先生の一服が終わると、私達は大量のダンボールを車に積んで学校へ向かった。4階にある美術準備室と駐車場を何往復もしたのち、全ての荷物を運び入れるとすぐに、また荷解きが始まる。
「誰にも見られなくて良かったな」
「どういう意味ですか」
薄ら笑う顔を一瞥し、ダンボールの口に貼られたガムテープを勢いよく剥がす。
――――今すぐ本性バレろ!
心の声を悟られないように背を向け、次から次へとダンボールの封を開けていく。
ふと集中が切れたときには辺りは静かになっており、一糸先生の姿もなかった。
「全部のダンボール開けましたけどー」
「ああ、こっち」
聞こえてきた返事を辿り、扉続きになっている第1美術室を覗く。
一糸先生は誰もいない教室でひとり、黒板に向かっていた。
作業を押し付けて何をやっているのか。そう突っ込むつもりで肩を落としたものの、黒板の中央に記された文字を見て、嫌味はすべて飲み込んだ。
――新友、親友、信友、心友、真友。
「これ知ってる?」
「いえ」
「前にネットで見た。『新友は親友となり、信友になって心友となる。そして真友になっていく』ってやつ」
私が教卓を挟んで立つと、一糸先生は単語と単語の間に矢印を書いていく。
「新しい友が親しい友になり、信じ合える友となって、心通わせ合う友となる。そして真の友になってゆく」
「…………」
「前に榎本が言ってたよな、2人は“しんゆう”だって。お前達はどれだと思う?」
そんな事をいきなり訊かれてもわからない。私の中の“しんゆう”は、たった一つしかなかった。
「じゃあ逆に、お前の理想は?」
私の回答を待たずして、一糸先生はまた黒板に文字を連ねていく。
新たに書き足されたのは、【深友、進友、芯友】の3つだった。
「深い部分で繋がっている深友か、一緒に突き進んでいける進友か、決して揺らぐことのない芯友か」
「私は……」
白いチョークで綴られたいくつもの“しんゆう”を眺めていると、変幻自在に変わっていくカンナの姿が次々と浮んでくる。
大きく口を開けて笑う顔や、上目遣いのふざけた顔。そして強情な、真剣な眼差し――。
「ただの言葉遊びだけど、でも、こういうの好くない?」
チョークを戻した一糸先生が、力なく指先をはたく。
「自由に形を変化させて、一番しっくりくるものに創り変えることができる。そういう柔軟さってさ、優しい嘘に似てる」
優しい嘘……。私はカンナに隠し事をしたまま、どんな関係を望めるのだろうか。カンナは、私とどんな関係を築きたいだろうか。
「……まあいいや。ちょっと休憩したいから屋上行くけど、どうする?」
こちらへ向き直った一糸先生は、きっと全生徒が見知っている穏やかな雰囲気を醸し出していた。