知っているけど慣れない響きに、戸惑いとむずがゆさが同時に芽生えた。だが一糸先生の真っ直ぐな眼差しが、それを緊張へと書き換える。

「お前を大切に思ってくれてる人ほど、些細な変化に気づく。それが少しでも疑問に思えたら、心配だってする」

息をのみ、喉の奥がコクッと鳴った。

「話す話さないじゃなくて、貰った分は返したい、って思えるかどうかじゃないの? 貰ってばっかり、あげてばっかりじゃ、対等な関係で付き合い続けるのは無理だろ」

一糸先生の言葉に、いつものような刺々しさはない。でもその口調に合わせて、ゆっくりとした速度で胸に刺さった。

楓との一件を隠していると察してから、カンナはどれだけ心配してくれていただろうか。カンナが差し伸べようとしてくれた手を、私は何度突っぱねたのだろうか。

――言わない、という私の選択は、自分の為だけじゃなかったはずなのに。

「あ、あと一つだけ。相手を(おもんぱか)るのはいいけど、そればっかに囚われんなよ。前に榎本が言ってただろ。相手の気持ちをいくら察しようと、本人の口から聞かない限りは正解じゃないからな」

唇をキュッと結び、一回だけ頷く。一糸先生からの助言を、しっかりと自分の中に刻み込む。

「それと、お前はカフェオレ貰いすぎだから。たまには返せよ」

余計な一言に、つい笑いが零れてしまった。

苦々しく私の顔を見た一糸先生が、黙ってタバコを咥える。これはきっと、この話は終わり、という合図。


――今の私に必要なのは、カンナの気持ちを考えることじゃなくて、カンナの声を聞くことなのかもしれない。



一糸先生と別れて帰宅した後も、気がつくと、本当のことを打ち明けるべきかと何度も考えていた。

何日もかけて答えを出すほどの悩みではないのかもしれない。だがカンナと顔を合わせる勇気もなくて、文化祭準備の手伝いにすら行っていない。

一日はすごく長いのに、一週間経つのはあっという間だ。


「ねぇ芙由。夏休み暇ならさ、オオカワさんとこの焼き鳥屋でバイトしたら?」

それは、買い物帰りの母親からの唐突な提案だった。

リビングのソファでゴロゴロしていた私は、半時間は横たわったままの身体をのっそりと起こした。

「どゆこと?」
「さっきスーパーで奥さんに会ってね、お店忙しいからバイト募集しようかなって言ってたよ」

んん……。

「そうだね、行こうかな。詳しく聞いといてくれる?」
「合点承知! さっそく電話してみようか」

いそいそとスマホを取り出す母親をよそに、またソファへ寝転ぶ。

バイトがしたかったわけでも、お金が欲しいわけでもない。ただ、文化祭の準備に行っていない罪悪感を、何かで補いたかっただけ。

「芙由! ぜひ来て欲しいって言ってくれたよ、今日から」
「……きょう!?」

飛び起きて見上げた時計は、15時を過ぎていた。

キッチンへ疑いの目を向けると、コンビニに履歴書売ってるよ、と母は笑った。