差し出されたカフェオレを、私は躊躇わず受け取った。このやり取り、これで何度目だろうか。

「……なんか、あの時と同じですね」
「今回は喚き散らさないのか?」
「何を喚けばいいのか、それすらわかりません」
「そっか」

ボソリと相槌を返した先生が、その場へ腰を下ろす。だが、手に持った黒い缶コーヒーは未開封のまま、タバコを吸い始める様子もない。おまけに喋りもしない。

「……カンナと喧嘩しました」

先生を見下ろしながら、でも、あくまで独り言として呟いてみる。

「って言っても、一方的な感じですけど」
「今まで喧嘩したことねぇの?」

こちらへ顔を向けた先生は目を細め、すぐさま視線を戻した。

「初めてです。先生は、晴士さんと喧嘩したことありますか?」
「あるよ。てか話したいなら座れ。眩しいし、パンツ見られたとか言われたくない」

ポンポン、とコンクリートを叩く先生に応じて腰を下ろす。失礼な憶測は、まあ今はいい。

「……私はカンナが好きです」
「だろうね」
「でも、何でも話すってのは違うと思うんです」

先生の返事は単調だが、それが逆に、私から言葉を引き出していく。

「先生は晴士さんに何でも話せますか?」
「話せるよ」
「やっぱり、何でも話してこその親友なんですよね」

自分で結論付けておきながら、気持ちが沈んでいくのがわかる。
カンナに引け目を感じている部分があるのは事実だし、見栄を張りたくなるときもある。それでも私は、親友であり続けたい。

「違うだろ」
「えっ?」
「何でも話すってのと、何でも話せるってのは違うだろ」

思わず先生の顔を凝視してしまったが、先生はどこを見るでもなく、ただ私の方だけは見ようとしなかった。

「それこそさ、榎本はお前の性格を理解してるだろうし。何でも話して欲しいわけじゃなくて、何でも話せる相手でいたいんじゃねーの?」

うまく言葉が出てこない。折り合いのつかなかった部分がほどけて、視界が潤んでいく。隣で澄ましている横顔が、風で揺らめくウェーブヘアが、キラキラと滲む。

私は一度目を閉じ、深く深く吸い込んだ熱気をゆっくりと吐き出した。

「カンナに酷いことしたと思いますか?」
「さあ。何があったのか知らないし、お前達の関係性をしっかり把握できてるわけでもないし、何とも言いようがない」

無責任なことは言えない、という意味だろうか。……私が知ってる“教師”って生き物は、そうじゃないんだけどなぁ。

「私達の関係性はたぶん、一糸先生と晴士さんに似てます」
「お前達と? 榎本が晴士?」
「そうです。似てませんか?」

何かが一糸先生の中でも合致したのか、すぐに表情がフッと緩んだ。

「私が一糸先生と同じ歳になったとき、2人みたいな関係でいたいです」

一糸先生のアトリエへ行った日、ほんの一時2人と同じ空間にいただけで、心を許し合っているのが伝わってきた。互いを理解しきっているような、繕う必要すらないような、特別な絆を感じた。

願望を口にするのに、躊躇いも恥ずかしさもない。これこそが本心なのだと思う。

「ふぅ」

――――え。