私の耳打ちに、キノハラさんも声を潜める。嬉しそうに緩んだ横顔には悪意がなく、純粋に可愛いと思えた。

「みんな、後ろ詰まってきてるよ! ペースあげよう!」

周囲を鼓舞しながら、キノハラさんが早足で進み出す。
駆け寄っていった裏ボス達は、揃って怪訝な表情をしていた。

満面の笑みで手を振るキノハラさんに同じ仕草で応えると、3人の背中がみるみる小さくなっていく。

ほぼ思惑通り、だがスッキリしない。数秒間のヒソヒソ話のあとに振り返った裏ボスは、厚い唇こそ引き伸ばされてはいたが、その目は笑っていないように見えた。

「今のは何ですか?」
「へ?」

すぐ耳元で聞こえた声に、反射的に視線を横へ向ける。そこには、瞳の中まで覗けそうな距離に先生の顔があり、びくっと後ろへたじろいでしまった。

……不覚。

「さっき何を話してたんですか?」

私の反応は意に介さずといった態度で、先生は屈めた姿勢を戻しながら質問を被せてくる。

これが大人の余裕というものだろうか。私だけ過剰に反応してバカみたいだ。
おまけに、この人と並ぶと身長差がありすぎて、見下(みくだ)されているようで余計に居心地が悪い。

「秘密です」

動揺する心臓を落ち着かせ、そのことを先生にも気づかれないように、静かな笑顔で応戦する。

「…………」
「…………」
「ちょっと! ウチの存在はシカトですかー」

不機嫌さを帯びたカンナの声が割って入った瞬間、視線をぶつけ合っていた私達は、互いに目を丸くした。

「だ、大丈夫、忘れてないよっ」

慌てて取り繕うと、先生が握り拳で口元を隠してクスクス笑う。

ダメだ。気にしたら負けだ。

「じゃあウチだけにさっきの教えて。なんの話してたの?」
「それは秘密」

ピシャリと言い切りながら前へ向き直り、2人より数歩先を行く。

「椎名さん、つれないですねぇ」
「ホントだよねー」

チクチクと攻撃されたところで、この2人に話す気はない。というか、言えない。

私は、この場から彼女達を引き離したかった。理由は単に、今より早いペースで歩きたくなかったから。

先生はクラスの最後尾を拠点とする守備兵であり、彼女達が先生から離れない限り、ずっと一緒に進む羽目になる。どう考えても、一糸先生プラス3人組という最悪なメンツよりは、一糸先生単体のほうがいくらかマシだ。

先生に見られていたのは誤算だったが、こんな身勝手な企みを明かすわけにはいかない。

「芙由のケチ、教えてよ」
「僕も知りたいです」
「…………」

団結した2人に無言の返事を貫くと、話題は自然と次へと移る。
疲れ知らずな2人の会話が途切れたのは、クラスの最後尾として目的地へ到着した後だった。

点呼が終わるとクラス毎にお弁当が配られ、そのまま昼食休憩となる。――が、ここで小さな問題が発生した。