「なに今の! ホントにホントに別れたの?」
「うん。ほんとにほんと」

不審がるカンナを横目に、唐揚げを取り分ける。しかし、まだ食うな、と言わんばかりに肩に手を置かれた。

「じゃあ、やっぱあの話ってマジ?」

“あの話”が何を指すのか、全くわからない。

首を傾げた私に対し、カンナは苦い顔をした。たぶん、イイ噂ではないのだろう。

「……嫌いで別れたわけじゃないから、今は誰とも付き合う気はない」
「…………」
「卒業式の日、萩原が2年の子に言ってたんだって」

話が進むに連れて、徐々に大人しくなっていくカンナの声。それはまるで、触れてはいけない部分を手探りで確認しているかのようだった。

「へぇ。安定の人気だね」
「いやいや、コッチからしたら、は?だよ。別れたなんて知らないしさっ! 芙由がいるのに、何いっちょ前に告られてんだよって感じだし、そもそも別れたって何?って思うじゃん!」

私の受け答えが悪かったのか、はたまた、会話の途中でウーロン茶を飲んだのがいけなかったのか。一転してヒートアップし始めたカンナを落ち着かせるために、こちらはあえて飄々とした態度を貫く。

「あぁ、それで別れたことが広まっちゃったんだ?」

――――くだらない。

「言いたいのはそこじゃないよ! 嫌いじゃないのに別れるとかある!?」

――――なぜ別れたか、か。

そんなの、他人に話して何になる? 付き合うきっかけも、思い出すたびに顔がニヤける出来事も、別れる理由も。誰かに報告するのは共有したいからであって、私は他の誰とも共有したくない。……全部、自分だけのモノだ。

「芙由……おかわり頼む?」

そう尋ねたカンナの声はさきほどとは打って変わり、静かな囁きだった。

ハッとして、左手に掴んだままのグラスへ視線を落とす。
水滴で濡れた薄いガラス、角を失って縮こまる氷。そこに滲むダークブラウンは、テーブルと同じ色をしていた。

「あっ。……あ、メニューどこかな。ちょっと貰ってくる」

慌てて立ち上がると、脇目も振らずに出入り口へ向かう。

恥ずかしい。冷静に話していたつもりだったのに、全然できていなかった。平気なフリ(●●●●●)を見破られた気がして、とにかく、一刻も早くこの場から逃れたかった。


――大人っぽいよね。

――落ち着いてるね。

それが“椎名芙由”だ。私自身で作り上げてきた、全て。

カンナの良さは、末っ子ならではの爛漫さ。それから、ぱっちりとした二重を引き立てる長いまつげに、その黒々さが映える白い肌。大学生の姉はオシャレや美容の知識を与え、2歳上の兄は人脈を与えた。

カンナは気づいてないと思うが、私は彼女が隣にいても見劣りしないよう、違うタイプの魅力を演じてきた節がある。それを苦と思ったことはないが、見透かされたくはない――。


靴箱から履いてきたブーツを探し出すと、静かな場所を求めて座敷を出る。店内は客の波が一段落したばかりなのか、片付けが追いついていないテーブルがちらほらあった。

焼き場の横を通りかかった時、捻りハチマキを着けた“ザ・焼き鳥屋の店主”と目が合い、流れで挨拶を交わす。

「芙由、ご飯は足りてるか?」
「みんな話に夢中だから食べ物は十分だよ」