連日、雨が降り続いた。

「えー、今日も雨ー? 4日連続じゃん」

 ぽつぽつと雨が降り始めた窓の外を見て、グラウンドでお弁当を食べようとしていたらしいクラスメイトが愚痴を呟く。

 温暖前線の接近に伴い、ずっと雨が降り続いているせいで、下校してからはずっと家に籠もっている。つまりあの告白をした日以来、僕は4日も宵に会っていなかった。

 宵は今頃なにをしているのだろう。

「でさあ、気づいたんだけど俺、ラナちゃんと共通点が多くて」

 頬杖をついて物思いに耽る僕の前で、イチが先月出会った隣の高校の女子との惚気を延々と話している。

「誕生月も一緒だし、好きなもんも一緒だし、家族構成まで一緒で。もうこれ運命なんじゃねって思ってさあ」

 ……そういえば、僕は宵のことをなにも知らなかったかもしれない。誕生日も好きなものも家族構成も、なにもかも。

「なあ。灯はどう思う?」

 不意に話を振られ、僕ははっとする。

「え、なに?」
「だから、俺とラナちゃんの相性の話だよ」
「相性……?」
「ちょっとお前、俺の話聞いてなかったの?」
「あ、ごめん……」
「灯、最近ぼーっとしすぎ。なんかあったん?」

 思わず沈黙する。
 この前宵にフラれたことは、なんとなく言いだしにくかった。イチに教えを請うておきながら、結果その教えに背いてしまったのだ。そのせいで見事に撃沈したわけで。

「なんでも、ない」
「ふーん?」

 宵が僕に話そうとしてくれていないのに宵のことを勝手に探るのは、彼女に悪い気がしていた。本当は宵が打ち明けてくれるまで、待っていようと思ったのだ。
 でもイチならなにか知っているかもしれない。だからこの状況を打破するなにかのきっかけがほしくて、僕はまたもイチに縋ることにしたのだ。

「なあ、イチ」
「ん?」
「イチってさ、高槻宵って知ってる?」
「え、なに急に」
「いや、なんか、知り合いの知り合いがその子のこと気になってるらしくてさ」

 我ながら苦しい言い訳だ。でもいい意味でも悪い意味でも人を疑うことを知らないイチは、頭の中の女子交友簿を広げ始めた。

「タカツキヨイ……」
「うん」
「ああ、高槻ちゃんね!」

 頭の中で、高槻宵の情報がヒットしたらしい。イチの表情がぴこんと閃く。

「知ってる知ってる。あの可愛い子な。写真持ってるぜ」

 イチはズボンのポケットからスマホを取り出すと、軽やかな手つきでスマホを操作しだす。そしてカメラフォルダの中から一枚の写真を見せてきた。

「同じクラスになったとき、勇気を出して写真撮ってもらったんだ。びっくりするくらい可愛いから緊張しちゃって、指先震えながら写真一緒に撮ってくださいって頼んだわ」

 縦長の画面の中にはたしかに、見慣れた制服姿で無邪気に笑っている宵と、緊張で笑顔を引き攣らせたイチが映っていた。

「でも高槻ちゃん、すっげえ気さくだったなあ。私でよければ何枚でも!ってさ。あんないい子、なかなかいないよな。可愛い上に性格もいいから、学校中の男子みんなが狙ってたよ」

 懐かしむように写真の中の宵を見つめるイチ。

「その子、今どこのクラスなの?」

 なるべく気があるような素振りは見せないようにしながら、探りを入れる。
 途端、イチの表情ががらりと変わり、僕の言葉を訝しむように眉を顰めた。

「どこのクラスって……お前、忘れたの?」
「え、なに……」

 戸惑う。漠然とした不穏な予感が背筋を這い上がる。
 そんな僕を見据えたまま、イチが静かに口を開く。そしてその唇から放たれた言葉は、そのたった一言で僕を暗澹とした混沌と闇の底に突き落とすほどの爆弾だった。

「高槻ちゃん、去年亡くなってるよ」

 ――時が止まった気がした。

「は……?」

 イチがなにを言っているのか全然わからない。言葉が頭の表面を滑って思考に馴染まない。
 それなのになぜか体はなにかを理解したかのように、僕を息苦しくさせる。

「そんなわけ、ないだろ……」

 締めつけてくる喉からかろうじて絞り出した声は、からからに掠れていた。
 笑えない冗談はやめてくれよ。そう軽くあしらってやりたいのに、頬がひくついて思い通りに動いてくれない。

 そんなわけない。有り得ない。イチがふざけているだけだ。
 だってついこの前も僕は宵に会ったんだ。たしかに宵は目の前にいて、触れることだってできた。宵は僕の世界に存在していたんだ。

 けれど無情にも、逃げ場をなくすかのように現実が並べられていく。

「去年の春に灯が巻き込まれたバス事故、あれに高槻ちゃんも乗ってたじゃん」
「え?」
「それで亡くなったんだよ」

 あのバスに、宵も乗っていた……?
 呆然とする僕を慰めるように、イチが僕の肩に手を置く。

「まあ灯は入院してたし、他クラスで接点もなかったもんな」

 けれどイチの声は、最早僕の耳には届かなかった。

『高槻ちゃん、去年亡くなってるよ』

 突然突きつけられたその言葉が、耳の奥でこだまする。そうして僕を果てのない絶望へと追い立てた。