そして、グスタフは王妃を軟禁しているのを良い事に、自分の言葉は王妃の言葉と思え、と通達を出して、更に自らの発言権を強めた。実質、ヴェイユ王国はグスタフの独裁国家となっていたのだ。
 アーシャに限っては、まだ成人したばかりだからか、軟禁まではされていなかった。ここで国の宝である〝ヴェイユの聖女〟アーシャにまで手を出そうものなら、諸侯が黙っていないと踏んだのだろう。アーシャも実質的に母親を人質に囚われている様なものでもあるので、彼女としても何もできなかった。アーシャはただ、これまでと変わらず座学を勤しむ事しかできなかったのである。
 それでもアーシャは笑顔を絶やさず、王宮の者達に勇気と力を与えた。父の行方不明など物ともしていない様子で、その元気な姿を民の前に見せて、皆を勇気付けていたのである。
 ここで自分まで落ち込めば国民はもっと不安になってしまう──アーシャは、そう思ったようだ。彼女は微力ながらも、王家として、王女としての役割を必死に果たそうとしていたのである。
 しかし、彼女はまだ十五を過ぎたばかりの少女だ。父親は行方不明で、母親は軟禁状態。辛くないはずがない。彼女はいつも部屋でひとり、泣いて過ごしていた。
 この状況下では、アデルの力など無に等しかった。何の権力も持たぬただの王宮兵士では、何も変えられないのである。
 しかも、変な動きをすれば即座に捕らえられ、牢獄に放り込まれる。悪質な反逆と見なされれば、最悪は処刑されてしまう可能性すらあった。そうしてグスタフの言葉に逆らった兵士達は、皆彼の私兵によって殺されて行っていたのである。
 アデルとて、一度暴れてやろうと思った事はある。だが、彼にはアーシャとの約束があった。もし自分の身に何かあれば、アーシャのもしもに備えられる者が誰もいなくなるのだ。
 アデルには耐える事しかできなかった。
 民の血税を自らの快楽と贅沢の為に使う宰相の圧政を、ただ見る事しかできなかったのだ。時には、彼がグスタフに逆らった者を取り押さえた事もあった。それは彼にとっても辛い事だった。
 だが、グスタフに楯突いた者は、だれ一人として日の目を見なくなる。アデルは表向きだけでも、グスタフ宰相に従うしかなかったのだ。
 そうこうしているうちに、ヴェイユ王国はどんどん衰退していった。ヘブリニッジ戦役から半年経過した時には、国の治安は悪くなっていき、豊かさも消えていていた。為政者が変わるだけでこうも国は落ちぶれていくのか、とアデルも驚いた程だった。
 あれほど山賊達の自由を許さなかった治安部隊も今では殆どが機能せず、小さな村々を襲う賊が後を絶えない。治安部隊に予算が下りない事もあるが、主力兵士の大半をヘブリニッジ戦役で失ってしまい、治安部隊の数が戦役前に比べて圧倒的に少ないのである。
 アデル達王宮兵団も王都近郊であれば山賊討伐に打って出るが、あまりに人手が足りず、少し距離がある小さな村々での被害は、目を瞑るしかなかった。
 こうして、建国以来治安がよく、新興国でありながら大国で平和の象徴だったヴェイユ王国は、今や見る影もなくなっていたのである。