「待て、待ってくれ、カロン。どうして極東の小国・ゲルアード帝国ごときが大国ミュンゼルを滅ぼせるんだ。有り得ないだろ」

 ゲルアード帝国は決して大きな国ではない。公国を侵略できても、大国ミュンゼルを滅ぼす事は不可能だ。そもそも傀儡の()()()が飼い主を食い殺す事などできようはずがない。その様な戦力を飼い主が与えるわけがないのである。

「ゾール教ですよ、アデルさん」
「なッ……」

 ぞっとする宗教名をカロンが言った。それにはアデルも言葉を失くすしかなかった。
 ゾール教──それは、ワグナード帝国が国教とした、邪神ゾールを奉る宗教である。
 ゾール教に入信すると魂を乗っ取られるという逸話があり、主の為に死をも恐れぬ兵士となる。死を恐れぬ兵士が大軍で襲い掛かってくれば、数の利をひっくり返す事もある。そうして領土を広げていったのが、先のワグナード帝国だ。
 先の大戦が邪教戦争と名付けられたのも、これが理由だと言う。文字通り、邪教と戦う戦争だったのだ。

「ゲルアード帝国は禁止されていた邪教の教えを水面下でそっと広めていたんです。そして、教徒達は老帝に洗脳され、狂信的な信者となりました。恐怖を知らぬ狂戦士軍団の完成です」

 ゾール教は戦後、その布教と活動を禁じられたはずだった。
 だが、ゾール教は基本的に弱者の為の宗教であり、真なる自由の為には略奪や殺人をも良しとする。密かに信仰するものは多かったと噂には聞くが、まさかここに繋がってくるとは思わなかった。

「糞ッ垂れゲルアードは、もう一回邪教戦争をおっぱじめようって事かよ」

 アデルの問いに、カロンが「おそらく」と答えた。

「ただ、バルムス王国にはロレンス王と同じく大陸六英雄に数えられている〝海賊王〟バハヌスがいます。そこに、ミュンゼル王国のクルス=アッカードが加われば、そう簡単にやられるとは思えません」
「甘いぞ、カロン。大事な事を忘れてないか?」

 カロンがアデルの疑問に「何がですか?」と首を傾げる。
 アデルは溜め息を吐いて、その答えを用意した。

「クルスの父王アルセイム=アッカードも大陸六英雄の一人だったろ」

 アデルの言葉に、カロンは「あっ」と顔を青ざめさせた。
 クルス=アッカードの父王・アルセイム=アッカードもロレンス王やリーン王妃と同じく大陸六英雄の一人として数えられている英雄だ。もはや六英雄だから大丈夫、という問題でもないのである。
 それに、ゾール教の強いところは、その洗脳力だ。侵略した国々の国民を改宗させ、洗脳する。狂戦士はどんどん数を膨らませて、バルムス王国へと襲い掛かるのだ。〝海賊王〟バハヌスと言えども、負ける可能性もあるだろう。

「僕達、どうなってしまうんでしょうか……」
「さあな。それは俺達が考えたところでどうしようもない問題だろ。せいぜい大地母神が()()()()()()()()を祈るしかないさ」
「大地母神フーラ様はうんこなんて漏らしませんよ……」

 カロンが呆れた様子で笑って、嘆息した。
 実際に、これはアデル達がどうこうできる問題ではなかった。
 おそらく大小の王国が連合を組み、邪教戦争の時と同じ様な連合軍が出来上がるだろう。そして、ゲルアード帝国はワグナード帝国の時と同じく、連合軍によって滅ぼされる。同じ道を辿るだけだと思われた。
 いや、アデル達は、そう信じるしかなかったのである。