「それより、何だか王宮が騒がしかったんだけど、一体何があったんだ?」

 アデルが声を潜めて訊くと、カロンも表情を真剣なものに変えた。その表情から察するに、あまり良い事ではなさそうだ。

「今ちょうど他の兵士達とのその事について話してたんですが……」

 カロンがそう言うと、部屋に戻ろう、と手で合図する。
 あまり大きな声で話す話題でもないのだろう。アデルはカロンの指示に従い、彼らの部屋へと戻った。
 部屋にはルーカスはいなかった。彼は今日は町の警備に当たっているらしい。

「それで? この王宮の話題を独り占めしてるのは、一体どこのどいつなんだ?」

 アデルが訊くと、カロンは呆れた様な溜め息を吐いた。

「話題になるのが王宮だけなら良かったんですけどね、いずれはこの国全体に及ぶかもしれない程、アレな話なんですよ」
「どういう事だ?」
「……ミュンゼル王国が滅ぼされました。ゲルアード帝国に」
「何だって!?」

 あまりにも適時な話題な事もあって、アデルも驚きを隠せなかった。
 ほんの一か月前、アーシャ王女からミュンゼル王国の王子の話を聞かされたばかりである。それどころか、ダニエタン伯爵の息子・エトムートもゲルアード帝国に祖国を滅ぼされて、ヴェイユ王国に亡命をしてきた身だ。
 アーシャと関係のある人間が、次々とゲルアード帝国によって人生を変えられている。

「王子はどうなった」
「王子?」
「ミュンゼル王国の王子だよ。ミュンゼルのクルス=アッカードと言えば、冒険者の俺の耳に入るくらいの逸材だろ。あいつもやられたのか?」
「ああ、物知りなんですね、アデルさん」

 カロンは少し感心した様子で続けた。

「クルス=アッカード王子は無事です。ただ、彼の父王アルセイム=アッカードは王都で……」
「亡くなったのか」
「はい。アルセイム王はクルス王子に全てを託して彼を同盟国バルムスに逃がし、自身は王都で最後まで帝国に抗った、との事です」

 クルス王子が無事ならば、アーシャが悲しむ事もないだろう。
 だが、今回のミュンゼル王国の滅亡は彼にとっても衝撃だった。ミュンゼル王国はアンセルム大陸の中では大国に分類されている。
 それに、クルス王子が逃げ込んだとされるバルムス王国が問題だ。バルムスは海洋国家……即ち、このヴェイユ島とも海で繋がっている国でもあるのだ。
 それによって、別の心配ごとがアデル達の脳裏に過ぎる。

「万が一、バルムス王国も陥落したら……」
「はい。帝国の矛先は、ここ、ヴェイユ島に向く可能性もあります」