八重は浅黄と彼の父母、祖父に連れられて、宮森の屋敷にたどり着いた。玄関を潜ると、浅黄の母親は八重を客間へと案内した。

「ついに浅黄が心を決めてくれて! 本当に今日は良い日だこと」

にこにこと微笑む夫人に促されて、部屋へはいると、部屋の衣桁には斎藤家のお遣いでは見かけたことのなかった、空色の地に薄黄緑色の桜の模様の着物が掛かっていた。

「これは浅黄があなたの為に作らせたものですよ」

そう聞いて驚いてしまう。先日八重に贈った着物を受け取れなかったことを告げてしまったからだろうか。そのことを申し訳なく思っていると、夫人はいいのよ、と穏やかに言ってくれた。

「浅黄は今までお国の為に頑張って来ましたからね。少しくらい贅沢を言っても、罰は当たりません。それに、男たるもの、女性の為にお金を使えずどうしますか。八重さんには浅黄と共に幸せになる権利があります。義務と言い換えても良いでしょう」

「ぎ、義務だなんて、奥さま……!」

蒼白して八重が言うと、夫人は片目をぱちんと閉じて見せた。

「浅黄がどんなご令嬢との見合いも断るものだから、私もほとほと困っていたのですよ。聞けばあの子の初恋だそうじゃない。八重さんには浅黄を惑わした罪を償ってもらわねばなりません。……というのは冗談ですけど、お会いして分かりました。あなたの目は本当に素直。八重さんが浅黄のお嫁さんになって下さったら、私も本当にうれしいわ」

夫人の言葉にぽかんとしていると、さあ、着替えましょう、と夫人が八重の手を取った。

「浅黄はあなたがこの着物を着てくれるのを、心待ちにしていました。斎藤の家から出たあなたは、もう立派な浅黄の婚約者です。堂々と、この着物を纏っていいのですよ」

そう言って、八重の体に鬱金桜の着物をあててくれる夫人の目を見つめる。目を細くして微笑む夫人に、八重は頷いた。