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「空野くん空野くん、ちょっと不思議なのよ〜! いや、ちょっとどころじゃない。とーっても不思議なの!」
こもれびの杜に戻ってくるなり、筒原さんがそうまくし立ててきた。
「どうしたんすか」
ガークは俺をここまで送り届けたあと、「じゃあ、また」と言って集落に帰っていったから、事務所の中には一人で戻ったことになる。
「ほら、この事務所内。電気もガスも水道も使えるのよ! それにパソコンやスマホも。……でも、外に出ちゃうとスマホは圏外になるし、いったいどういうことかしらね」
「だいたい俺たちがこんな目に遭ってること自体不思議なんです。いまさらなにが起こったって驚きやしませんよ」
「あら、空野くん、えらくクールね。若者は適応力が高いのねー」
皮肉を言っているのか、本当に感心しているのか、俺にはよくわからなかった。だいたい、ここに来たばかりのときに、お茶を沸かして飲んでいたじゃないか。俺がそれを指摘すると、「ほら、あのときはいつもの流れで、不思議とは思わずにやっちゃってたのよ」と言ったのだった。
「で、あなたのほうは、うまくいったの?」
「あー……いや」
「その様子だと、成果はあまり芳しくなかったようね」
「話し合いが難航して……ガークも手伝ってくれたんスけど……あっちが俺の話を聞こうともしてくれなくって」
「まあ、よくある話ね」
年寄りは頑固だ。いきものは歳をとるにつれていろいろな経験が増えるから、自分は若い人よりも知識と体験が多いという自負がうまれる。目の前でおこることや誰かからの提案を、自分の経験に照らし合わせてみて、違うと思ったらゆずれない。
アヴァリュートは、自分がおかしくなって仲間たちに危害を加える可能性があるのなら、それを防ぐために自ら幽閉されることが最善の方法だと、自分の中で決めた。
それが竜族の総意なら。心の中に秘めた願望を無視してでも、一度決めたことは全うしなければならないと考えたのだろう。
だからといって、竜族のみんなに啖呵をきって、俺がなんとかすると凄んだことを後悔するのはまだ早い。可能性の芽を摘まれたわけではない。時間の許すかぎり、俺は何度だって挑戦してやるのだ。
俺たちが衣食住には困らないことに気づいたのは、その夜のことだった。
「ひゃあっ!」と、筒原さんが、素っ頓狂な声をあげたので、「どうしたんすか」と様子を見に行くと、俺がよく使っているデスクに、段ボールが置かれていた。
「なにもない空間から突然降ってきた」と、筒原さんは言う。四隅がすこし凹んだその段ボールは、俺が頻繁に使う世界最大の通販サイト『ホライゾン』のロゴが入っていた。
「あれ? これ俺が頼んだやつかな」
そのとき、ポケットに突っ込んだまま今まで存在を忘れていたスマホが震えた。取り出して画面をタップすると、ホライゾンから「ご注文の商品の配達が完了しました」という通知がきていた。
伝票の住所は、こもれびの杜のものになっていて、宛名は「空野虎太朗」と書かれていた。
「とりあえず開けてみなさいよ」
筒原さんに促されて、段ボールの封を開けた。切れ込みを入れてから、中にやばいもんでも入っていたらどうしようと思ったが、箱は爆発もなにもしなかった。。
「ばあちゃんのリハビリパンツだ……」
昨日、頼んだやつだ。
「すごいじゃない! 空野くんが通販をした商品は、全部ここに届くことになってるんじゃない?」
「どういう仕組みなんすか……」
「ほら、スキルってやつよ、しらんけど」
筒原さんいわく、異世界小説でよくあるテンプレートな展開らしい。神のご加護かなにかで、突然違う世界にとばされた者たちは、その世界では滅多にみられない珍しい能力をあたえられるという。
環境が変わってもその能力を駆使すれば、生活をするのに困らないようにとの配慮だということだろうか。だったら——。
「俺、どうせなら魔法が使えるとか、無双する武闘家になるとか、そんなんが良かったっす」
「なーに言ってんのよ! 貴方の腕っぷしがいくら強くなったからといって、この世界で生きていける保証なんてないでしょ! こういうのは便利なほうがいいのよ」
ガークが言っていた。ウダイ国は竜族が統治しているから、いまは平和な国だと。だったら戦うこともないだろうし、たとえ争いが起きたとしても、俺なんかが戦線に立つよりも、ガークたちに任せておいたほうがいろいろと円滑に済みそうだ。
「戦争はいけませんよ、二度としてはいけません。ああコタロウくん、徴兵なんかされても、ちゃんと、いやだって言うんですよ」
いやだって言えば済むことでもないだろうが、俺は「わかったよ、ばあちゃん」と答えておいた。
俺はスマホを開いて、ホライゾンのアプリを立ち上げた。
「なんだこれ!?」
驚きすぎて、スマホを取り落としそうになり、慌ててキャッチする。見間違いかと思い、画面を二度見する。表示のバグかもしれないと思って、アプリをリセットして、再び立ち上げる。表示に変わりはない。
(いち、じゅう、ひゃく、せん、まん……にっ、におくっ!?)
それは、俺のアカウントが保有しているポイントの数だった。当たり前だけど、見たことのない単位だ。見たことがないどころか、単位がカンストして他の表示に被ってしまっている。
心臓がバクバクしている。宝くじに当たったようなものなのだ。ホライゾンでしか使えないポイントだろうけど、二億円分のポイントが俺のアカウントに付与されていることになる。
このポイントを使って、これからは買い物をしてくれということなのか。それにしても誰が……。働かずして(サイト限定とはいえ)二億円という大金……というかポイントを手に入れた俺は、ある意味ではチートといえるのかもしれない。
俺は調子に乗って、当面の生活に必要な日用品や食料、それに衣類なんかを三人分、手当たり次第にカートに突っ込んで決済をした。もちろんポイントで。
一気に五万ポイントくらい減ったけれど、残高をみれば痛くもかゆくもなかった。
購入したものはすべて当日中の配達と表示があったが、夜遅くに誰がどうやって届けにくるのだろうと思っていたら、約五分後に突如、何もない空間からホライゾンの段ボールが降ってきた。先ほどと同じように、デスクの上に積まれている。
これは便利なサービスだと、俺は胸を高鳴らせる。二億ポイントなんてそうそう使い切れるもんじゃないだろうし、こっちの世界の流通とうまく組み合わせれば、一生生活には困らないかもしれない。——こもれびの杜の建物が存続する限り……だけど。
通販で取り寄せた食材と調理器具で簡単に夕食を作って、三人で食べたあと、俺はばあちゃんの排泄介助をして、届いたばかりの布団を事務所の床に敷いた。
「床で寝るなんて、久しぶりですねえ。コタロウくんはベッドに寝るようにって、ずっとうるさかったもんですからね」
にこにこと笑いながらばあちゃんは促されるままに布団に潜り込んだ。筒原さんは風呂に入りたいとぼやいていたが、シャワーで我慢しろと言い切った。こもれびの杜には、職員が軽く汗を流せるようにシャワールームの設備があるのだ。
風呂については、明日、ガークに頼んでみようと思って、俺もばあちゃんの隣に敷いた布団に潜り込む。
俺とばあちゃんと筒原さん。
奇妙な関係で描いた川の字だったが、精神的にも肉体的にも疲れていたのだろう。俺は布団に溶けるように、あっという間に眠りこんでいった。
「空野くん空野くん、ちょっと不思議なのよ〜! いや、ちょっとどころじゃない。とーっても不思議なの!」
こもれびの杜に戻ってくるなり、筒原さんがそうまくし立ててきた。
「どうしたんすか」
ガークは俺をここまで送り届けたあと、「じゃあ、また」と言って集落に帰っていったから、事務所の中には一人で戻ったことになる。
「ほら、この事務所内。電気もガスも水道も使えるのよ! それにパソコンやスマホも。……でも、外に出ちゃうとスマホは圏外になるし、いったいどういうことかしらね」
「だいたい俺たちがこんな目に遭ってること自体不思議なんです。いまさらなにが起こったって驚きやしませんよ」
「あら、空野くん、えらくクールね。若者は適応力が高いのねー」
皮肉を言っているのか、本当に感心しているのか、俺にはよくわからなかった。だいたい、ここに来たばかりのときに、お茶を沸かして飲んでいたじゃないか。俺がそれを指摘すると、「ほら、あのときはいつもの流れで、不思議とは思わずにやっちゃってたのよ」と言ったのだった。
「で、あなたのほうは、うまくいったの?」
「あー……いや」
「その様子だと、成果はあまり芳しくなかったようね」
「話し合いが難航して……ガークも手伝ってくれたんスけど……あっちが俺の話を聞こうともしてくれなくって」
「まあ、よくある話ね」
年寄りは頑固だ。いきものは歳をとるにつれていろいろな経験が増えるから、自分は若い人よりも知識と体験が多いという自負がうまれる。目の前でおこることや誰かからの提案を、自分の経験に照らし合わせてみて、違うと思ったらゆずれない。
アヴァリュートは、自分がおかしくなって仲間たちに危害を加える可能性があるのなら、それを防ぐために自ら幽閉されることが最善の方法だと、自分の中で決めた。
それが竜族の総意なら。心の中に秘めた願望を無視してでも、一度決めたことは全うしなければならないと考えたのだろう。
だからといって、竜族のみんなに啖呵をきって、俺がなんとかすると凄んだことを後悔するのはまだ早い。可能性の芽を摘まれたわけではない。時間の許すかぎり、俺は何度だって挑戦してやるのだ。
俺たちが衣食住には困らないことに気づいたのは、その夜のことだった。
「ひゃあっ!」と、筒原さんが、素っ頓狂な声をあげたので、「どうしたんすか」と様子を見に行くと、俺がよく使っているデスクに、段ボールが置かれていた。
「なにもない空間から突然降ってきた」と、筒原さんは言う。四隅がすこし凹んだその段ボールは、俺が頻繁に使う世界最大の通販サイト『ホライゾン』のロゴが入っていた。
「あれ? これ俺が頼んだやつかな」
そのとき、ポケットに突っ込んだまま今まで存在を忘れていたスマホが震えた。取り出して画面をタップすると、ホライゾンから「ご注文の商品の配達が完了しました」という通知がきていた。
伝票の住所は、こもれびの杜のものになっていて、宛名は「空野虎太朗」と書かれていた。
「とりあえず開けてみなさいよ」
筒原さんに促されて、段ボールの封を開けた。切れ込みを入れてから、中にやばいもんでも入っていたらどうしようと思ったが、箱は爆発もなにもしなかった。。
「ばあちゃんのリハビリパンツだ……」
昨日、頼んだやつだ。
「すごいじゃない! 空野くんが通販をした商品は、全部ここに届くことになってるんじゃない?」
「どういう仕組みなんすか……」
「ほら、スキルってやつよ、しらんけど」
筒原さんいわく、異世界小説でよくあるテンプレートな展開らしい。神のご加護かなにかで、突然違う世界にとばされた者たちは、その世界では滅多にみられない珍しい能力をあたえられるという。
環境が変わってもその能力を駆使すれば、生活をするのに困らないようにとの配慮だということだろうか。だったら——。
「俺、どうせなら魔法が使えるとか、無双する武闘家になるとか、そんなんが良かったっす」
「なーに言ってんのよ! 貴方の腕っぷしがいくら強くなったからといって、この世界で生きていける保証なんてないでしょ! こういうのは便利なほうがいいのよ」
ガークが言っていた。ウダイ国は竜族が統治しているから、いまは平和な国だと。だったら戦うこともないだろうし、たとえ争いが起きたとしても、俺なんかが戦線に立つよりも、ガークたちに任せておいたほうがいろいろと円滑に済みそうだ。
「戦争はいけませんよ、二度としてはいけません。ああコタロウくん、徴兵なんかされても、ちゃんと、いやだって言うんですよ」
いやだって言えば済むことでもないだろうが、俺は「わかったよ、ばあちゃん」と答えておいた。
俺はスマホを開いて、ホライゾンのアプリを立ち上げた。
「なんだこれ!?」
驚きすぎて、スマホを取り落としそうになり、慌ててキャッチする。見間違いかと思い、画面を二度見する。表示のバグかもしれないと思って、アプリをリセットして、再び立ち上げる。表示に変わりはない。
(いち、じゅう、ひゃく、せん、まん……にっ、におくっ!?)
それは、俺のアカウントが保有しているポイントの数だった。当たり前だけど、見たことのない単位だ。見たことがないどころか、単位がカンストして他の表示に被ってしまっている。
心臓がバクバクしている。宝くじに当たったようなものなのだ。ホライゾンでしか使えないポイントだろうけど、二億円分のポイントが俺のアカウントに付与されていることになる。
このポイントを使って、これからは買い物をしてくれということなのか。それにしても誰が……。働かずして(サイト限定とはいえ)二億円という大金……というかポイントを手に入れた俺は、ある意味ではチートといえるのかもしれない。
俺は調子に乗って、当面の生活に必要な日用品や食料、それに衣類なんかを三人分、手当たり次第にカートに突っ込んで決済をした。もちろんポイントで。
一気に五万ポイントくらい減ったけれど、残高をみれば痛くもかゆくもなかった。
購入したものはすべて当日中の配達と表示があったが、夜遅くに誰がどうやって届けにくるのだろうと思っていたら、約五分後に突如、何もない空間からホライゾンの段ボールが降ってきた。先ほどと同じように、デスクの上に積まれている。
これは便利なサービスだと、俺は胸を高鳴らせる。二億ポイントなんてそうそう使い切れるもんじゃないだろうし、こっちの世界の流通とうまく組み合わせれば、一生生活には困らないかもしれない。——こもれびの杜の建物が存続する限り……だけど。
通販で取り寄せた食材と調理器具で簡単に夕食を作って、三人で食べたあと、俺はばあちゃんの排泄介助をして、届いたばかりの布団を事務所の床に敷いた。
「床で寝るなんて、久しぶりですねえ。コタロウくんはベッドに寝るようにって、ずっとうるさかったもんですからね」
にこにこと笑いながらばあちゃんは促されるままに布団に潜り込んだ。筒原さんは風呂に入りたいとぼやいていたが、シャワーで我慢しろと言い切った。こもれびの杜には、職員が軽く汗を流せるようにシャワールームの設備があるのだ。
風呂については、明日、ガークに頼んでみようと思って、俺もばあちゃんの隣に敷いた布団に潜り込む。
俺とばあちゃんと筒原さん。
奇妙な関係で描いた川の字だったが、精神的にも肉体的にも疲れていたのだろう。俺は布団に溶けるように、あっという間に眠りこんでいった。


