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「びっくりしたわよ空野くん! いきなり怒ったように『介護はこもれびの杜でやってやる』なんて意気込んじゃうんだから」
「すんません、でも俺……」
「あなたの無鉄砲ぶりなんて今に始まったことじゃないから別にいいけれど、ドラゴンなんてどう介護すればいいのよ」
筒原さんは俺の肩をポンポンと叩いて、ため息をついた。
「筒原さんいつも言ってるじゃないっすか。介護ってのはやってみなきゃわかんないって」
それは筒原さんがしょっちゅう口にしている口癖のような言葉だった。他の事業所だと断るような困難そうなケースを、筒原さんは時折受けることがある。俺たちヘルパーも人間だから、感情があって、めんどくさいことは極力避けたいと思ってしまう。ヘルパーのおばちゃんたちの中には、筒原さんがとってきた案件に露骨に嫌な顔をする人たちもいた。そういうわけで、困難事例は大体俺が対応する結果になるのだけれど、筒原さんはおばちゃんヘルパーたちにも口を酸っぱくして言っていた。
「そりゃあ、私だって正直こんな案件、めんどくさいって思うわよ。でも、利用者さんやケアマネさんたちは、私たちが受け入れてくれるだろうって信じて、話を持ちかけてくれてるの。私たちが断っちゃったら、利用者さんは路頭に迷うかもしれない。じゃあ誰がその人に手を差し伸べるの? 困っている人を放っておくなんて、私にはできない」
大丈夫、筒原さん。あなたのその考えは、俺にもちゃんと伝わっています。
「そうだけど、ねえ、ドラゴン……」
筒原さんはもう一度大きなため息をつく。きっと彼女が今まで読んできた色々な小説の中に、認知症になったドラゴンなんて設定の生き物は登場してこなかったのだろう。
「ちょっとちょっとお嬢さん」
ばあちゃんが目を丸くして近寄ってきた。「どらごん、どらごんと連呼していらっしゃいますけど、コミックの読みすぎじゃあありませんか? 正気を保ってくださいな」
俺は笑いを噛み殺した。
「ごめんなさいね、恭子さん。あなたのお孫さん、とんでもない案件を引き受けちゃったみたいだから、ちょっと頭が混乱しちゃって」
「あらあらいいんですよ。わたしなんて四六時中頭がおかしくなっていますから。今もほら、どこにいるのかわかりゃしません。早く家に帰りたいですよ」
ばあちゃん、できることなら俺も家に帰りたいよ。でも、そんなわけにはいかない。俺たちはもう、このべリュージオンとかいう世界で生きていかないといけないんだ。
「コタロウくんがいるから、安心ですけどね」
「いいお孫さんを持ってよかったですね」
俺はその言葉を聞いて、ふいに胸が熱くなった。心の準備をしないときに突然褒められると、リアクションに困る。ばあちゃんは社交辞令ではなく、本心からそう言ってくれているのだろう。
何はともあれ、ばあちゃんが引っ掻き回してくれたので、筒原さんの追求はうやむやになった。
「じゃあ俺、ガークと一緒にもう一度長老に会いに行ってきますから」
筒原さんがなにかを言いたげに口を開いたが、俺は気づかないふりをしてそそくさとこもれびの杜を出た。
「コタロー、なんだか面倒なことになってしまってすまない」
ガークが口を開いたのは、森の中を二人で並んで歩いていたときだった。俺が筒原さんと話をしているあいだ、こもれびの杜の前で待ってくれていたガークだったが、俺と合流をしても、ぺこりと会釈をしただけで、口を開くことはなかった。怒っているのかなと思っていたが、どうやら向こうも同じことを考えていたようだ。ガークが詫びてきたときの口調は、随分と低姿勢だった。
「もう少し円滑に話が進むものと思っていた。折角コタローがオレたちを助けてくれようとしているのに……」
「気にすんなって。デリケートな問題だ。それに突然、俺みたいな奴がのこのこ現れて、突拍子もないことを言うんだ。誰だって懐疑的にもなるさ」
「……でもオマエ、怒っているだろう」
ガークはそう言って俺の顔を覗き込むように見てきた。俺はふるふると首を横に振る。
「お前たちの何に怒るって言うんだよ。不甲斐ない気持ちは俺だって同じだ」
いかに自分が申し訳なく思っているかを二人で比べるかのように、俺たちは互いに様子を探り合った。
長老が幽閉されている洞穴に行く崖は、またガークの背中にしがみついて降りることになった。突然彼が発狂して、俺を崖の下に突き落としたらどうしようという思いがよぎったが、まずそんなことは起こり得なかった。
『また来たのか、ロイメン』
長老のもとに二人がたどり着いたとき、薄暗い洞穴に長老の声が反響した。
「また来てやったぞ、長老さん」
胸を張る。長老の目が俺をとらえる。はじめにここに来たときはおっかなかったけれど、今はなんとも思わない。
「じいちゃん……」
ひたひたと足音を立てて、ガークが長老のそばによった。洞窟の岩場は湿っていて、どこからかピチョン、ピチョン、と規則正しい水音が聞こえてくる。
湿度が高く、蒸し暑いなと思った。
「お願いがあるんだ」
ガークは、後継者としての立場ではなく、孫として長老におねだりをするかのような口調で話を切り出した。「ここから出て、もう一度オレと一緒に暮らしてくれないか」
長老が絶句したのが、雰囲気でもわかった。俺はごくりと唾を飲み込んで成り行きを見守る。
『正気か、ガーク。お前は今、自分が何を言っているのか自覚しているのか』
「してるよ。でもオレ」
ガークが言葉を続けようとしたときだった。彼の発言を阻止するかのように、凄まじい風が吹いた。俺の足元がふわりと舞い上がり、よろめきそうになるほどの風圧だった。
目の前を、一瞬にしてガークの体が横切ったかと思うと、次の瞬間には、彼は洞穴の岩の壁に全身を叩きつけられていた。
「ガーク! ……おいジジイ! おまえ、自分の孫に何やってんだよっ!!」
頭にカッと血が昇る。ガークは胸の前で腕をクロスさせ、咄嗟に防御の体勢をとったようだった。だが、岩壁に体がめり込み、ゲホゲホと苦しそうに咳き込んでいる。
「ぐっ……、コタロー、オレは大丈夫だ……」
ガークは小さな声で言った。ガラガラと瓦礫を地面に落下させながら立ち上がる。ガークの体のかたちにめり込んだ岩肌。俺だったらタダではすまなかったかもしれない。
『それでも儂の後継者か。自らの私情を優先させ、一度取り決めた決まりごとに異を唱えようとするなど、罪深き行為だと知れ!』
長老は片翼を振り、風圧でガークを攻撃したのだと分かった。戒めの鉄槌代わりというわけか。ガークほどに体を鍛えたガタイのいい男でも、耐えきれずに簡単に吹き飛ぶのだ。翼のひと振りだけでも、それが無慈悲に振り回されれば、周りに甚大な危険が及ぶことは容易に想像がついた。
『ロイメン、唆したのは、己だな』
長老の矛先が俺に代わる。さっき悪態をついたせいか。一度やると決めた以上、俺も後には引けない。介護の鉄則のひとつに、「本人の意思を尊重する」というものがあるが、それは竜族の場合でも同じことだ。俺たちが長老の生活を良くするためには、まずは彼自身に納得してもらうのが先決だ。
「待て! 待ってくれ! じいちゃん! コタローは関係ない!」
ガークは慌てふためいてそう言ったが、関係ないことはないだろう。俺は心の中でツッコミを入れる。
ガークばかりに背負わせるわけにはいかないと、俺も覚悟を決めた。
「ガーク、長老の名前は?」
「え?」
なんで今そんなことを聞くんだと言いたげな視線が向けられる。
「いいから。教えてくれよ」
「アヴァリュートだ」
「ありがとう!」
名は体を表すという言葉がある。それにしても随分と大仰な響きだなあと思いながら、ガークから聞いた長老の名を、頭の中で反芻していた。
俺は長老に向き直る。ガークがそうされたように、俺も長老の片翼の一振りを食らって壁に叩きつけられるかもしれないなと思った。だがここで怖気づいていては、何も始まらない。介護する側とされる側の信頼関係を築くためにも、まずは俺が長老に歩み寄る姿勢を見せるんだ。
長老——アヴァリュートは再び翼を振った。風圧だ。今度は俺にもわかった。咄嗟に横っ飛びでそれをかわす。だが、次の瞬間に俺は地面に足を取られ、転んでしまった。
なんだ? と足元を見る。地面がぬかるんでいたのだ。地面の湿気が高い。
そうか、長老が風で起こす気流は、この洞穴の中を満たしている空気の流れを乱し、小さな水溜まりやぬかるみを生み出していたのだ。洞窟内に湿度の高さを感じたのもそのためだろう。
俺はすっ転んで岩肌に頭を打ちつけてしまい、目の前にチカチカと星が飛ぶような錯覚をおぼえた。だがここで倒れるわけにはいかない。すぐに立ち上がり、アヴァリュートに向かって駆け出す。
俺の突飛な行動に面食らったのか、アヴァリュートは一拍、動作が遅れる。
——いける!
俺は長老の懐に飛び込もうとした。だが次の瞬間には、俺の体は洞穴の壁に向かって吹き飛んでいた。先ほどガークにしたのと同じように、今度は俺が壁に打ちつけられたのだ。
「がっはっ……」
何が起こったのかわからなかった。次第に意識がはっきりしてきて、そのときにわかったことは、先ほどと同じような攻撃を受けたはずなのに、痛みが全然違っていたことだ。
吹き飛ばされた俺の体は大きく弧を描いて舞い上がり、背中から地面に落ちる。肺の中の空気が全て押し出されてしまいそうになるほどの衝撃だった。
今度ばかりは、俺はすぐには立ち上がれなかった。痛みと息苦しさで意識が朦朧とする。
長老がまたも翼をひと振りすると、今度は俺の体がふわりと浮き上がった。そして次の瞬間には、俺は洞穴の壁に叩きつけられていた。岩肌のザラザラとした表面に背中を強く打ちつけ、一瞬息ができなくなる。
なんだこれ……。こんな攻撃を食らっていたら命がいくつあっても足りねえよ。
だけどここで諦めるわけにはいかないのだ。俺が諦めたら、途端に彼らの歩もうとしている世界が閉ざされてしまう。
「コタロー! もういいっ!」
ガークの叫び声が遠くから聞こえた。俺は声のするほうを、地面に這いつくばったまま見つめる。
「じいちゃんは本当はこんなことしたいわけじゃない!」
『ガーク! 口を挟むな!』
アヴァリュートは激昂してまたも翼を振った。その拍子に俺の体がふわっと浮き上がると、今度は地面ではなく木の幹に背中から激突した。肺の中の空気が全て押し出され、再び呼吸が止まるほどの衝撃が走る。
「コタロー!!」
ガークの悲痛な叫び声が洞穴に響き渡る。俺はまたしても岩肌に背中から叩きつけられた。
「ぐああっ……」
何度も何度も繰り返されるこの攻撃に、俺の体はもう限界を迎えていた。体の骨が折れていないのが不思議なくらいだった。
「やめてくれ! じいちゃん!」
ガークは俺のもとに駆け寄ろうとするが、長老のひと睨みによってそれは阻止された。
俺は満身創痍だった。全身が悲鳴をあげている。ガークはピンピンしているのに、肉体の構造が根本的に違うのかもしれない。
やっとの思いで顔をあげると、そこには、哀しげな顔をしてこちらを見つめるガークの顔があった。それは、今まで見たことがないような悲痛な表情だった。俺をここまで連れて来なければよかったとでも思っているのだろうか。俺にしてみればこれは自分の意思で来たわけだし、後悔などしていないのだが、本当は心優しいガークが責任を感じているとなると心が痛んだ。
無理なのだろうか。俺が選んだ道は。後先考えずに、ヤケクソになって引き受けた選択肢は……。竜族の文化に人間が首を突っ込むのは、間違っていたのだろうか。
いや、何を言っているんだ俺は。まだ何も始まっていないじゃないか。こんな初期の段階で諦めていたら、この世界で渡り合うことはできないぞ。
元いた世界での、介護の事例に当てはめる。
俺たち訪問介護事業所のヘルパーは、介護支援専門員、通称ケアマネジャーという専門職の依頼を受けて、利用者の介護を担うことになる。
依頼があったときは、はじめに『アセスメント』という業務を行う。これは、要介護者である利用者のからだやこころの状態や本人の悩み、希望、それに家族の思い、家の中や、住んでいる場所の環境などについて情報を収集し、評価や分析をすることで、本人に必要なサービスは何なのかを検討することだ。そうすることによって、本人の心身の能力だけじゃなく、価値観や考え方、生活習慣、環境なんかにも着目して、本人の人間像全体を把握することが大切だといわれている。こもれびの杜では、最初のアセスメントを行うのは大体筒原さんだけど、最近では彼女の手が空いていないときは、俺に役割がまわってくることもあった。
筒原さんは、どうやら俺を自分の後継者として育てたかったらしい。——後継者。俺もガークと同じじゃないか。
俺はいま、アヴァリュートのアセスメントをするために、彼の住処に訪問している。依頼者は孫のガークだ(半ば強引に話をすすめたのは俺だけど……)。それを前提にして、俺なりに分析をしてみる。
アヴァリュートは最近、もの忘れや見当識障害といったような、認知症の症状と思われる行動をすることがあり、元々暮らしていた竜族の集落にいたままだと、他の人たちに危険が及ぶ可能性があるため、一族で話し合った結果、本人も納得のうえで集落から徒歩十分ほどの崖っぷちにある奥まった洞穴に幽閉されて暮らしている。
本人が納得しているとはいえ、これは身体拘束にあたる行為であり、このまま継続すれば、心身機能の著しい低下が見込まれる。また、湿度の高い薄暗い洞穴は、住環境が良好とはいえず、孫以外の他者との交流は殆どないことから閉じこもりがちになり、これも認知機能の低下を助長させる要因になり得る。
孫のガークは、アヴァリュート本人と一緒に暮らすことを密かに望んでいたが、他者との兼ね合いなどからそれを提案することを躊躇っていた経緯がある。また、集落に暮らす他の住民たちの半数近くがこの提案には消極的であり、本人もいまの住処から出ることを望んでいない様子で、話をもちかけると不穏になり、闇雲に暴れ出してしまった。
アヴァリュートの生活を改善するには、本人や集落の住民たちと話し合いを行い、納得してもらう必要がある。
——といったところだろうか。
ここに「話し合いが頓挫した際、担当の介護福祉士が感情的になり、強引に介護サービスを提供すると主張した」なんて文言をつけ加えられたら、元いた世界では大問題になりそうだ。
「ガーク、今日は引き上げよう」
「え?」
「このままアヴァリュートさんを説得したところで、話は平行線をたどるばかりだろうし、さっきみたいなことをされたら、俺たちの身がもたない。時間はたっぷりあるんだ。また明日も一緒に来てくれると助かる」
「……ああ、わかった」
返事をする前に間があいた。ガークは納得していないんだろうなと感じた。
俺はとくにそれを追求することはせず、節々が痛む体を奮い立たせ、なんとか立ち上がった。時間はたっぷりあると言ったのは、ガークをむりやり納得させるための方便だ。この状況を改善するのに早いに越したことはない。
「だ、大丈夫か、コタロー!」
ガークは、足取りがおぼつかない俺のそばに寄って、体を支えてくれた。すまないと、つぶやくように詫びる。
『ロイメン、二度と、貴様のその面を見せるでない。命を奪わなかっただけ、有り難いと思うがいい』
アヴァリュートの悪態を背に浴びながら、俺たちは洞穴を後にした。
「コタロー、ほんとうに大丈夫なのか?」
こもれびの杜に帰る途中、またしてもガークが尋ねてきた。ただし今度の「大丈夫なのか?」は、俺の体を心配するニュアンスではない。ガークとアヴァリュート、それに竜族の行く末と、俺のメンツを憂いての疑問だった。
「一度でガツンと決められなくて、すまなかった」
ガークは俺の体を心配してか、洞穴からずっと俺を背負ってくれている。背中越しに詫びると、ガークはああ、と頷いた。
「デリケートな問題なんだ。個人のパーソナルスペースにズカズカと踏み込んでいって、本人の考え方を変えようと説得するのはな」
「そうなのか」
空返事。ガークはたぶん、意味がわかっていない。
「強引にことを進めるわけにもいかないし」
「コタロー、ぱーそなるすぺーす、というのはなんだ?」
やっぱりわかっていなかった。カマをかけて話を先に進めると、ガークは耳慣れない言葉をたどたどしく口にした。
「ガークは俺を初めて見たときに、すげえ警戒してただろ。いま、俺に対する態度とは大違いだった」
「ああ」
ガークが頷く。歩きながら話しているので、彼の息づかいが言葉に混じった。
「そのとき、どう思った? 『どこから来たのか分からないロイメンが、オレたちの集落に侵入しやがって』みたいな感じで俺のことを警戒したんじゃないか?」
「集落に仇なす者が現れたかもしれない……と思って、いつでもオマエを排除できるよう、警戒したまでだ」
そっぽを向いて言う。俺は背中越しにいるから目が合うことはないのだけれど、彼にとっては気まずかったのだろう。
ガークが地面に落ちていた木の枝を踏み折る音が森に響く。虫の鳴き声が止まり、頭上ではバサバサと、なにか羽根をもったいきものが飛び立つ音がした。日が暮れて、辺りは暗くなり、なにがどこにあるのか全く分からない。元いた世界では、町には街灯があり、夜になっても辺りは明るく、特別不自由することはなかったから、暗闇のなかを彷徨うのは右も左も分からない世界に放り込まれたようで不安な気持ちになる。
いまはガークが俺を運んでくれているからいいものの、これが一人だったら、俺は果たして迷わずにこもれびの杜まで帰れただろうか。
「それと似たようなもんさ」と、俺は話を続けた。「いきものの心にも縄張りがあって、誰だって知らない奴になれなれしく近づいてこられたら警戒する。べつになれなれしくなくても、仲良くもない他人に自分のことを色々と指摘されたら嫌な気分になるだろ」
「それが、ぱーそなる、すぺーすということか?」
「本人が、他人に近寄られるのが嫌な距離……って感じだな。その距離は本人の性格とか性別や国籍、相手とどれだけ仲良しかってのが関係してくる」
初対面のときはあれだけ俺を警戒して、喋り方まで違っていたガークは、今は俺を受け入れ、背中に背負って運んでくれている。それは彼が俺とのパーソナルスペースを随分と縮めてくれたという、なによりの証拠だろう。
「じいちゃんはコタローを警戒していた。だから、コタローの話もまともにきいてくれなかったということか」
「アヴァリュートさんと俺のパーソナルスペースを縮めることにより、俺の話ももしかしたら聞き入れてもらいやすくなるかもな」
「だとしたら、どうしたらいいんだ?」
「地道に……俺がアヴァリュートさんと会うしかないな」
「では、オレもコタローに付き合うぞ」
ああ助かるよと、俺は頷いた。付き合って貰わにゃ困る。俺の脚力じゃ、あの洞穴には行けないからな。
「びっくりしたわよ空野くん! いきなり怒ったように『介護はこもれびの杜でやってやる』なんて意気込んじゃうんだから」
「すんません、でも俺……」
「あなたの無鉄砲ぶりなんて今に始まったことじゃないから別にいいけれど、ドラゴンなんてどう介護すればいいのよ」
筒原さんは俺の肩をポンポンと叩いて、ため息をついた。
「筒原さんいつも言ってるじゃないっすか。介護ってのはやってみなきゃわかんないって」
それは筒原さんがしょっちゅう口にしている口癖のような言葉だった。他の事業所だと断るような困難そうなケースを、筒原さんは時折受けることがある。俺たちヘルパーも人間だから、感情があって、めんどくさいことは極力避けたいと思ってしまう。ヘルパーのおばちゃんたちの中には、筒原さんがとってきた案件に露骨に嫌な顔をする人たちもいた。そういうわけで、困難事例は大体俺が対応する結果になるのだけれど、筒原さんはおばちゃんヘルパーたちにも口を酸っぱくして言っていた。
「そりゃあ、私だって正直こんな案件、めんどくさいって思うわよ。でも、利用者さんやケアマネさんたちは、私たちが受け入れてくれるだろうって信じて、話を持ちかけてくれてるの。私たちが断っちゃったら、利用者さんは路頭に迷うかもしれない。じゃあ誰がその人に手を差し伸べるの? 困っている人を放っておくなんて、私にはできない」
大丈夫、筒原さん。あなたのその考えは、俺にもちゃんと伝わっています。
「そうだけど、ねえ、ドラゴン……」
筒原さんはもう一度大きなため息をつく。きっと彼女が今まで読んできた色々な小説の中に、認知症になったドラゴンなんて設定の生き物は登場してこなかったのだろう。
「ちょっとちょっとお嬢さん」
ばあちゃんが目を丸くして近寄ってきた。「どらごん、どらごんと連呼していらっしゃいますけど、コミックの読みすぎじゃあありませんか? 正気を保ってくださいな」
俺は笑いを噛み殺した。
「ごめんなさいね、恭子さん。あなたのお孫さん、とんでもない案件を引き受けちゃったみたいだから、ちょっと頭が混乱しちゃって」
「あらあらいいんですよ。わたしなんて四六時中頭がおかしくなっていますから。今もほら、どこにいるのかわかりゃしません。早く家に帰りたいですよ」
ばあちゃん、できることなら俺も家に帰りたいよ。でも、そんなわけにはいかない。俺たちはもう、このべリュージオンとかいう世界で生きていかないといけないんだ。
「コタロウくんがいるから、安心ですけどね」
「いいお孫さんを持ってよかったですね」
俺はその言葉を聞いて、ふいに胸が熱くなった。心の準備をしないときに突然褒められると、リアクションに困る。ばあちゃんは社交辞令ではなく、本心からそう言ってくれているのだろう。
何はともあれ、ばあちゃんが引っ掻き回してくれたので、筒原さんの追求はうやむやになった。
「じゃあ俺、ガークと一緒にもう一度長老に会いに行ってきますから」
筒原さんがなにかを言いたげに口を開いたが、俺は気づかないふりをしてそそくさとこもれびの杜を出た。
「コタロー、なんだか面倒なことになってしまってすまない」
ガークが口を開いたのは、森の中を二人で並んで歩いていたときだった。俺が筒原さんと話をしているあいだ、こもれびの杜の前で待ってくれていたガークだったが、俺と合流をしても、ぺこりと会釈をしただけで、口を開くことはなかった。怒っているのかなと思っていたが、どうやら向こうも同じことを考えていたようだ。ガークが詫びてきたときの口調は、随分と低姿勢だった。
「もう少し円滑に話が進むものと思っていた。折角コタローがオレたちを助けてくれようとしているのに……」
「気にすんなって。デリケートな問題だ。それに突然、俺みたいな奴がのこのこ現れて、突拍子もないことを言うんだ。誰だって懐疑的にもなるさ」
「……でもオマエ、怒っているだろう」
ガークはそう言って俺の顔を覗き込むように見てきた。俺はふるふると首を横に振る。
「お前たちの何に怒るって言うんだよ。不甲斐ない気持ちは俺だって同じだ」
いかに自分が申し訳なく思っているかを二人で比べるかのように、俺たちは互いに様子を探り合った。
長老が幽閉されている洞穴に行く崖は、またガークの背中にしがみついて降りることになった。突然彼が発狂して、俺を崖の下に突き落としたらどうしようという思いがよぎったが、まずそんなことは起こり得なかった。
『また来たのか、ロイメン』
長老のもとに二人がたどり着いたとき、薄暗い洞穴に長老の声が反響した。
「また来てやったぞ、長老さん」
胸を張る。長老の目が俺をとらえる。はじめにここに来たときはおっかなかったけれど、今はなんとも思わない。
「じいちゃん……」
ひたひたと足音を立てて、ガークが長老のそばによった。洞窟の岩場は湿っていて、どこからかピチョン、ピチョン、と規則正しい水音が聞こえてくる。
湿度が高く、蒸し暑いなと思った。
「お願いがあるんだ」
ガークは、後継者としての立場ではなく、孫として長老におねだりをするかのような口調で話を切り出した。「ここから出て、もう一度オレと一緒に暮らしてくれないか」
長老が絶句したのが、雰囲気でもわかった。俺はごくりと唾を飲み込んで成り行きを見守る。
『正気か、ガーク。お前は今、自分が何を言っているのか自覚しているのか』
「してるよ。でもオレ」
ガークが言葉を続けようとしたときだった。彼の発言を阻止するかのように、凄まじい風が吹いた。俺の足元がふわりと舞い上がり、よろめきそうになるほどの風圧だった。
目の前を、一瞬にしてガークの体が横切ったかと思うと、次の瞬間には、彼は洞穴の岩の壁に全身を叩きつけられていた。
「ガーク! ……おいジジイ! おまえ、自分の孫に何やってんだよっ!!」
頭にカッと血が昇る。ガークは胸の前で腕をクロスさせ、咄嗟に防御の体勢をとったようだった。だが、岩壁に体がめり込み、ゲホゲホと苦しそうに咳き込んでいる。
「ぐっ……、コタロー、オレは大丈夫だ……」
ガークは小さな声で言った。ガラガラと瓦礫を地面に落下させながら立ち上がる。ガークの体のかたちにめり込んだ岩肌。俺だったらタダではすまなかったかもしれない。
『それでも儂の後継者か。自らの私情を優先させ、一度取り決めた決まりごとに異を唱えようとするなど、罪深き行為だと知れ!』
長老は片翼を振り、風圧でガークを攻撃したのだと分かった。戒めの鉄槌代わりというわけか。ガークほどに体を鍛えたガタイのいい男でも、耐えきれずに簡単に吹き飛ぶのだ。翼のひと振りだけでも、それが無慈悲に振り回されれば、周りに甚大な危険が及ぶことは容易に想像がついた。
『ロイメン、唆したのは、己だな』
長老の矛先が俺に代わる。さっき悪態をついたせいか。一度やると決めた以上、俺も後には引けない。介護の鉄則のひとつに、「本人の意思を尊重する」というものがあるが、それは竜族の場合でも同じことだ。俺たちが長老の生活を良くするためには、まずは彼自身に納得してもらうのが先決だ。
「待て! 待ってくれ! じいちゃん! コタローは関係ない!」
ガークは慌てふためいてそう言ったが、関係ないことはないだろう。俺は心の中でツッコミを入れる。
ガークばかりに背負わせるわけにはいかないと、俺も覚悟を決めた。
「ガーク、長老の名前は?」
「え?」
なんで今そんなことを聞くんだと言いたげな視線が向けられる。
「いいから。教えてくれよ」
「アヴァリュートだ」
「ありがとう!」
名は体を表すという言葉がある。それにしても随分と大仰な響きだなあと思いながら、ガークから聞いた長老の名を、頭の中で反芻していた。
俺は長老に向き直る。ガークがそうされたように、俺も長老の片翼の一振りを食らって壁に叩きつけられるかもしれないなと思った。だがここで怖気づいていては、何も始まらない。介護する側とされる側の信頼関係を築くためにも、まずは俺が長老に歩み寄る姿勢を見せるんだ。
長老——アヴァリュートは再び翼を振った。風圧だ。今度は俺にもわかった。咄嗟に横っ飛びでそれをかわす。だが、次の瞬間に俺は地面に足を取られ、転んでしまった。
なんだ? と足元を見る。地面がぬかるんでいたのだ。地面の湿気が高い。
そうか、長老が風で起こす気流は、この洞穴の中を満たしている空気の流れを乱し、小さな水溜まりやぬかるみを生み出していたのだ。洞窟内に湿度の高さを感じたのもそのためだろう。
俺はすっ転んで岩肌に頭を打ちつけてしまい、目の前にチカチカと星が飛ぶような錯覚をおぼえた。だがここで倒れるわけにはいかない。すぐに立ち上がり、アヴァリュートに向かって駆け出す。
俺の突飛な行動に面食らったのか、アヴァリュートは一拍、動作が遅れる。
——いける!
俺は長老の懐に飛び込もうとした。だが次の瞬間には、俺の体は洞穴の壁に向かって吹き飛んでいた。先ほどガークにしたのと同じように、今度は俺が壁に打ちつけられたのだ。
「がっはっ……」
何が起こったのかわからなかった。次第に意識がはっきりしてきて、そのときにわかったことは、先ほどと同じような攻撃を受けたはずなのに、痛みが全然違っていたことだ。
吹き飛ばされた俺の体は大きく弧を描いて舞い上がり、背中から地面に落ちる。肺の中の空気が全て押し出されてしまいそうになるほどの衝撃だった。
今度ばかりは、俺はすぐには立ち上がれなかった。痛みと息苦しさで意識が朦朧とする。
長老がまたも翼をひと振りすると、今度は俺の体がふわりと浮き上がった。そして次の瞬間には、俺は洞穴の壁に叩きつけられていた。岩肌のザラザラとした表面に背中を強く打ちつけ、一瞬息ができなくなる。
なんだこれ……。こんな攻撃を食らっていたら命がいくつあっても足りねえよ。
だけどここで諦めるわけにはいかないのだ。俺が諦めたら、途端に彼らの歩もうとしている世界が閉ざされてしまう。
「コタロー! もういいっ!」
ガークの叫び声が遠くから聞こえた。俺は声のするほうを、地面に這いつくばったまま見つめる。
「じいちゃんは本当はこんなことしたいわけじゃない!」
『ガーク! 口を挟むな!』
アヴァリュートは激昂してまたも翼を振った。その拍子に俺の体がふわっと浮き上がると、今度は地面ではなく木の幹に背中から激突した。肺の中の空気が全て押し出され、再び呼吸が止まるほどの衝撃が走る。
「コタロー!!」
ガークの悲痛な叫び声が洞穴に響き渡る。俺はまたしても岩肌に背中から叩きつけられた。
「ぐああっ……」
何度も何度も繰り返されるこの攻撃に、俺の体はもう限界を迎えていた。体の骨が折れていないのが不思議なくらいだった。
「やめてくれ! じいちゃん!」
ガークは俺のもとに駆け寄ろうとするが、長老のひと睨みによってそれは阻止された。
俺は満身創痍だった。全身が悲鳴をあげている。ガークはピンピンしているのに、肉体の構造が根本的に違うのかもしれない。
やっとの思いで顔をあげると、そこには、哀しげな顔をしてこちらを見つめるガークの顔があった。それは、今まで見たことがないような悲痛な表情だった。俺をここまで連れて来なければよかったとでも思っているのだろうか。俺にしてみればこれは自分の意思で来たわけだし、後悔などしていないのだが、本当は心優しいガークが責任を感じているとなると心が痛んだ。
無理なのだろうか。俺が選んだ道は。後先考えずに、ヤケクソになって引き受けた選択肢は……。竜族の文化に人間が首を突っ込むのは、間違っていたのだろうか。
いや、何を言っているんだ俺は。まだ何も始まっていないじゃないか。こんな初期の段階で諦めていたら、この世界で渡り合うことはできないぞ。
元いた世界での、介護の事例に当てはめる。
俺たち訪問介護事業所のヘルパーは、介護支援専門員、通称ケアマネジャーという専門職の依頼を受けて、利用者の介護を担うことになる。
依頼があったときは、はじめに『アセスメント』という業務を行う。これは、要介護者である利用者のからだやこころの状態や本人の悩み、希望、それに家族の思い、家の中や、住んでいる場所の環境などについて情報を収集し、評価や分析をすることで、本人に必要なサービスは何なのかを検討することだ。そうすることによって、本人の心身の能力だけじゃなく、価値観や考え方、生活習慣、環境なんかにも着目して、本人の人間像全体を把握することが大切だといわれている。こもれびの杜では、最初のアセスメントを行うのは大体筒原さんだけど、最近では彼女の手が空いていないときは、俺に役割がまわってくることもあった。
筒原さんは、どうやら俺を自分の後継者として育てたかったらしい。——後継者。俺もガークと同じじゃないか。
俺はいま、アヴァリュートのアセスメントをするために、彼の住処に訪問している。依頼者は孫のガークだ(半ば強引に話をすすめたのは俺だけど……)。それを前提にして、俺なりに分析をしてみる。
アヴァリュートは最近、もの忘れや見当識障害といったような、認知症の症状と思われる行動をすることがあり、元々暮らしていた竜族の集落にいたままだと、他の人たちに危険が及ぶ可能性があるため、一族で話し合った結果、本人も納得のうえで集落から徒歩十分ほどの崖っぷちにある奥まった洞穴に幽閉されて暮らしている。
本人が納得しているとはいえ、これは身体拘束にあたる行為であり、このまま継続すれば、心身機能の著しい低下が見込まれる。また、湿度の高い薄暗い洞穴は、住環境が良好とはいえず、孫以外の他者との交流は殆どないことから閉じこもりがちになり、これも認知機能の低下を助長させる要因になり得る。
孫のガークは、アヴァリュート本人と一緒に暮らすことを密かに望んでいたが、他者との兼ね合いなどからそれを提案することを躊躇っていた経緯がある。また、集落に暮らす他の住民たちの半数近くがこの提案には消極的であり、本人もいまの住処から出ることを望んでいない様子で、話をもちかけると不穏になり、闇雲に暴れ出してしまった。
アヴァリュートの生活を改善するには、本人や集落の住民たちと話し合いを行い、納得してもらう必要がある。
——といったところだろうか。
ここに「話し合いが頓挫した際、担当の介護福祉士が感情的になり、強引に介護サービスを提供すると主張した」なんて文言をつけ加えられたら、元いた世界では大問題になりそうだ。
「ガーク、今日は引き上げよう」
「え?」
「このままアヴァリュートさんを説得したところで、話は平行線をたどるばかりだろうし、さっきみたいなことをされたら、俺たちの身がもたない。時間はたっぷりあるんだ。また明日も一緒に来てくれると助かる」
「……ああ、わかった」
返事をする前に間があいた。ガークは納得していないんだろうなと感じた。
俺はとくにそれを追求することはせず、節々が痛む体を奮い立たせ、なんとか立ち上がった。時間はたっぷりあると言ったのは、ガークをむりやり納得させるための方便だ。この状況を改善するのに早いに越したことはない。
「だ、大丈夫か、コタロー!」
ガークは、足取りがおぼつかない俺のそばに寄って、体を支えてくれた。すまないと、つぶやくように詫びる。
『ロイメン、二度と、貴様のその面を見せるでない。命を奪わなかっただけ、有り難いと思うがいい』
アヴァリュートの悪態を背に浴びながら、俺たちは洞穴を後にした。
「コタロー、ほんとうに大丈夫なのか?」
こもれびの杜に帰る途中、またしてもガークが尋ねてきた。ただし今度の「大丈夫なのか?」は、俺の体を心配するニュアンスではない。ガークとアヴァリュート、それに竜族の行く末と、俺のメンツを憂いての疑問だった。
「一度でガツンと決められなくて、すまなかった」
ガークは俺の体を心配してか、洞穴からずっと俺を背負ってくれている。背中越しに詫びると、ガークはああ、と頷いた。
「デリケートな問題なんだ。個人のパーソナルスペースにズカズカと踏み込んでいって、本人の考え方を変えようと説得するのはな」
「そうなのか」
空返事。ガークはたぶん、意味がわかっていない。
「強引にことを進めるわけにもいかないし」
「コタロー、ぱーそなるすぺーす、というのはなんだ?」
やっぱりわかっていなかった。カマをかけて話を先に進めると、ガークは耳慣れない言葉をたどたどしく口にした。
「ガークは俺を初めて見たときに、すげえ警戒してただろ。いま、俺に対する態度とは大違いだった」
「ああ」
ガークが頷く。歩きながら話しているので、彼の息づかいが言葉に混じった。
「そのとき、どう思った? 『どこから来たのか分からないロイメンが、オレたちの集落に侵入しやがって』みたいな感じで俺のことを警戒したんじゃないか?」
「集落に仇なす者が現れたかもしれない……と思って、いつでもオマエを排除できるよう、警戒したまでだ」
そっぽを向いて言う。俺は背中越しにいるから目が合うことはないのだけれど、彼にとっては気まずかったのだろう。
ガークが地面に落ちていた木の枝を踏み折る音が森に響く。虫の鳴き声が止まり、頭上ではバサバサと、なにか羽根をもったいきものが飛び立つ音がした。日が暮れて、辺りは暗くなり、なにがどこにあるのか全く分からない。元いた世界では、町には街灯があり、夜になっても辺りは明るく、特別不自由することはなかったから、暗闇のなかを彷徨うのは右も左も分からない世界に放り込まれたようで不安な気持ちになる。
いまはガークが俺を運んでくれているからいいものの、これが一人だったら、俺は果たして迷わずにこもれびの杜まで帰れただろうか。
「それと似たようなもんさ」と、俺は話を続けた。「いきものの心にも縄張りがあって、誰だって知らない奴になれなれしく近づいてこられたら警戒する。べつになれなれしくなくても、仲良くもない他人に自分のことを色々と指摘されたら嫌な気分になるだろ」
「それが、ぱーそなる、すぺーすということか?」
「本人が、他人に近寄られるのが嫌な距離……って感じだな。その距離は本人の性格とか性別や国籍、相手とどれだけ仲良しかってのが関係してくる」
初対面のときはあれだけ俺を警戒して、喋り方まで違っていたガークは、今は俺を受け入れ、背中に背負って運んでくれている。それは彼が俺とのパーソナルスペースを随分と縮めてくれたという、なによりの証拠だろう。
「じいちゃんはコタローを警戒していた。だから、コタローの話もまともにきいてくれなかったということか」
「アヴァリュートさんと俺のパーソナルスペースを縮めることにより、俺の話ももしかしたら聞き入れてもらいやすくなるかもな」
「だとしたら、どうしたらいいんだ?」
「地道に……俺がアヴァリュートさんと会うしかないな」
「では、オレもコタローに付き合うぞ」
ああ助かるよと、俺は頷いた。付き合って貰わにゃ困る。俺の脚力じゃ、あの洞穴には行けないからな。


